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12話 もう一つの旅

 この世界に帰還した喜びを噛みしめていたレイスだが、ふと、あることに気が付いた。


 身に付けている装備が、あの時と違っている……


 あの魔術師に飛ばされた日、レイスは頭から足元までフル装備だったはずが、今はただの布切れのような服を着ていた。


「武器……武器はどこだ?! それに、七聖宝は?!」


 慌てて足元を見ると、そこには当時使っていたロングソードと王家の短剣が落ちていた。

 レイスはそれらを手に取り、短剣は腰紐に差した。

 しかし、当時2つ手に入れていた七聖宝はどこにも見当たらなかった。


 レイスは、ロングソードの柄をグッと握り、ゆっくりと鞘から抜いてみると、錆もなく綺麗な刀身が姿を見せた。

 ふと、その剣の刃が鏡面となって自分の顔が映り込んでいることに気付いた。


「……なッ…?!」


 レイスは驚いた。

 そこに映っていたのは、確かにレイス自身ではあるが、記憶にある当時の自分の顔とは違っていたからだ。


 ——歳を取っている……?


 レイスがこの地で、あの魔術師によって異世界へと飛ばされたのが、まだ15歳を迎えたばかりの頃。

 その後、あの“日本”という国で“佐伯たつる”として暮らしたのが約10年……その年数分、歳を重ねた状態のレイスとして復活していたのだ。

 単純計算で、25歳くらいの年齢だとすると、まだまだ肉体的には若い身体ではあるが、明らかにあの当時の自分より身体が重く感じる……


 レイスは、黙ってその剣を鞘に仕舞い、背中に括り付けた。


 そして、目の前に両手を広げ、手の平をじっと見つめる。

 その手を、握っては開き、握っては開き……

 身体の感覚を確かめるように、簡単なリハビリのような動きを始めた。

 次に、その場でピョンピョンと飛び跳ね、背中に背負った鞘からロングソードを抜き、勢いよく一振りする。


 ビュォンッ!


 素早い太刀筋。下級の魔物なら今の一振りだけで真っ二つになるだろう。

 しかし、レイスは何か納得のいかない表情を見せている。


 レイスは剣を強く握り直し、かつて得意としていた“ハイ・スラッシュ”という剣技の構えをとる。

 左足を大きく後ろへ下げて低い態勢で構え、同時に右手に握った剣を左脇の下から背後へ回し、一気に前方の右斜め上へと斬り込むカウンター系の大技だ。


 ——ズバァッ


 悪くはない。決して悪くはない…が、あの頃よりも剣を振り抜く速度に衰えを感じた。

 10年振りに剣を握ったので、感覚が鈍っているだけと思いたかったが、きっと感覚を取り戻しても全盛期と同じ動きはできないと直感的に分かった。


 しかし、こうして舞い戻ってきたことは運命であり、自分が世界の救世主となる宿命を背負っている——レイスはこの時、そう確信した。


 忌まわしき魔物を殲滅し、魔王を討伐するためには、七聖宝を一から集め直さねばならない。

 レイスはまず、あの日行けなかったルミナス王国へと向かうことにした。


 しかし、険しい山道を進むレイスの前に、ゴブリンやグールなど、下級の魔物たちが次々と襲い掛かる。

 代わりに、この地域に古くから生息するリーフバットやゼノウルフなどの姿が見当たらなかった。

 レイスがこの世界を離れていた10年のうちに、生態系にまで変化があったのだろうか。


「ハッ! たーッ!」


 山道を囲む森や茂みの奥など、四方八方からレイスに飛び掛かる魔物たち。

 鈍った身体を鍛え直すのに丁度いいとでも言わんばかりに、レイスは魔物たちをバッサバッサと斬り伏せていく。

 だが、さすがのレイスもまだ本調子ではなく、スタミナにも限界が迫ってきた。


「……うッ!」


 背後の死角から攻撃を受け、レイスの左肩に強烈な痛みが走った。

 それは、ポイズンクローという名の鳥獣で、その尖った嘴の先にはその名の通り“毒”を有している。しかもただの毒ではなく“猛毒”だ。


 あいにく、レイスは布の服と剣のほかにアイテムは何も持っておらず、毒を治癒する方法がなかった。

 この近辺の森には毒を癒す野草も生えてはいない。

 レイスは、毒に耐えながらも剣を振り、近づく魔物たちを斬りながら一歩ずつ着実に歩を進めていく。


 視界の先に、大きな外壁に囲まれたルミナス王国が見えてきた。

 ルミナス王国の外壁は高くそびえ立ち、頑丈な石を積み上げて造られている。

 その奥には不落の城として名を轟かすルミナス城が……


 しかし、そこでレイスの意識がふっと途切れ、その場に倒れてしまった。

 そこへ容赦なく襲い来る魔物たち。


「う…ぐッ……やめ…ろ……」


 レイスはあっという間に魔物たちに囲まれ、身体じゅうを攻撃されながらも、全身に毒が回って身体が痺れ、抵抗することもできずにいた。


 徐々に、レイスの意識が遠ざかっていく……


 おいおい……嘘だろ……


 せっかく……また、この世界に、戻ってきたというのに……


 まさか、こんな形で、もう、終わる、のか……


 薄れゆく意識の中、レイスが最後に感じたのは、真っ白な光に包まれる感覚だった。


 ——ルミナス王国の王宮内


 レイスが目を覚ますと、そこは王宮にある客間のベッドだった。

 横には、レイスの身体に回復魔法を照射している20代くらいの若い男性僧侶がいた。


「うわあッ!」


 慌ててベッドから起き上がろうと上体を起こすレイス。

 しかし、それを制すように僧侶はグンッ!と力強くレイスの肩を抑えつけ、こう言った。


「あ、まだ寝ててください。 毒は抜きましたが、お怪我の治療はまだ終わってません」


 だいぶ強めにグンッされたが、この僧侶からは敵意を一切感じなかったので、レイスは彼に言われた通りにした。

 すると、僧侶はさらにこう続けた。


「ここは、ルミナス城の客間です。 魔物はいませんのでご安心ください」


 なんと、レイスは目的地だったルミナス王国の、それもルミナス城に到着していた。

 僧侶が言うには、彼が仲間の兵士たちと隣町から帰ってくる途中、魔物に襲われているレイスを目撃し、急いで魔物を追い払って回復魔法をかけてくれたらしい。

 あの時感じた真っ白な光は、まさに今こうしてレイスに照射されている回復魔法と同じ光だ。

 確かに、まだ傷や痣が残っており、完全に回復していない。あの魔物たちに相当ひどくやられていたようだ……


「レイス・グランシア様ですね? まさか、ご存命でいらしたとは……」


 レイスは驚いた。

 以前も身分を隠して旅をしていた頃、一度も正体を見抜かれたことはなかったというのに、なぜレイス・グランシアだと分かったのか。

 その上、10年も経って見た目もこんなに変化したというのに、なぜ見抜けたのか……


「その短剣……それはグランシア家の文様が入った“王家の短剣”ですね。

 失礼ながら先ほど勝手に拝借しまして、うちの王に見せびらかしていたところ

 それを持つ者はレイス様に間違いないとおっしゃっておりました故……」


 レイスが寝ているベッドの脇にはレイスのロングソードが立て掛けられており、その横にあるサイドテーブルの上には王家の短剣が置かれていた。

 なるほど、この短剣は確かにこの世に二つと存在しない、グランシア家を継ぐ者だけが手にする王家の証。

 ここまで手厚い看護を受けることができたのも、きっとレイスがこの短剣を持っていたおかげだろう。


 レイスは、改めて父と母、そして家臣たちへの感謝で胸がいっぱいになった。


 ——ルミナス城、王の間


 レイスは、僧侶の治療によってすっかり回復し、ルミナス王と謁見することになった。


 王の間へと足を踏み入れた瞬間、空気が一変した。

 厚く積まれた石壁は長い歳月を物語り、高い天井からは静かな威圧感を放っている。


 左右に並ぶ円柱には、歴代の王と、この国が輩出した勇者たちの名が深く刻まれている。

 高窓から差し込む光は、磨かれた床石に淡く反射し、王の間全体を優しく照らし出していた。


 この厳かな空間の最奥、数段高く設けられた玉座には、深紅の背布を纏った石の王座がある。

 そこに腰掛けるのが、ルミナス王国の国王——レオバルド・ルミナスである。


「おお…やはりそうだ! アルバート王の面影を感じる。 さあ、もっとこちらへ」


 レイスは、ルミナス王から少し離れた位置に膝を付いていたが、スッと立ち上がりルミナス王の顔を確認しながら玉座へと歩み寄る。

 やはり10年の歳月によってレイスの記憶より老けて見えるが、その優雅な出で立ちと、柔らかな印象は、紛れもなくレオバルド・ルミナス国王だ。

 そして、王の目の前までやってくると、また膝を付いて敬意を示す。


「ご無沙汰しております。 ルミナス王もお元気そうで何よりです」


 そして、レイスがこの城に来た理由を…つまり、勇者討伐を目指していることを説明すると、ルミナス王はしばしの沈黙を置いて独白を始めた。


「グランシア王国と、ここルミナス王国は、早馬をもってしても一日はかかる距離にある。

 あの日の襲撃を事前に察知できていれば、我らも加勢し、魔物どもを退けることができたはずだ……

 アルバート王とは、互いを盟友と呼び合う間柄だった。

 それにもかかわらず、あの時、彼とグランシア王国を救えなかったことを、私は今も悔いている」


 ルミナス王の目には、熱い涙が滲みだしていた。

 そして、何かを決心したようにレイスの目を見て力強くこう言った。


「我々は、かつて魔物どもから世界を取り戻すため、協定を結んだ同盟国家だ。

 たとえグランシア王国が失われた今であろうと、その盟約が失われることは決してない!

 同盟国として何ひとつ力になれなかった、その償いとして、どうか、遠慮なく望みを告げてほしい。

 カローネスの呼び笛、武器や防具、そして路銀も……必要とあらば、何グランでも用立てよう!」


 それを聞いたレイスは、即座に「じゃあ全部ください」と言い、1億グランを要求した。

 この世界の一般的な農民で平均年収が3~400万グランなので、その額がどの程度のものかお分かりいただけるだろう。

 多少は遠慮するかと思っていたルミナス王は、思わず「え、そんなに…」と声に出たが、レイスは更にもう一つルミナス王に申し出た。


「この世界に7か所——

 七聖宝と呼ばれるアイテムがあることをご存知ですよね?

 その一つが、このルミナス王国にあると耳にしたのですが……」


 するとルミナス王は、少し間をおいてから側近の兵士に耳打ちをした。

 兵士はその場から速足で離れ、しばらくすると何かを布に包んで持ってきた。

 ルミナス王はそれを受け取ると、その布をめくりながらこう言った。


「レイス殿、その七聖宝とは、この“暁闇の羅針石ぎょうあんのらしんせき”のことかな?」


 柔らかい光を纏う六角形の石……それは間違いなく七聖宝の一つ暁闇の羅針石だ。

 この石は魔王の力を弱めだけでなく、勇者が触ることで現在地から最も近くにある他の七聖宝の場所を指し示す力も秘めている。


「これは、我がルミナス王国に代々伝わる“国宝”で…「それもください」


 レイスは、まだルミナス王が喋ってる途中なのに、食い気味に七聖宝の譲渡を要求した。

 なんかもう怖い…とルミナス王は思った。レイスの目は血走ってるし、真顔だし、なんかもう怖かった。

 だが、さすがに国宝をあげるのはあれだったので、最終的に、魔王を討伐するまでの間だけ預かるという形で、レイスは“暁闇の羅針石”を受け取った。


 ——レイスは焦っていたのだ。

 あれから10年もの歳月が流れ、魔物たちがどんどん勢力を広げている。

 それなのに、自分の身体に衰えを感じているため、一秒でも早く魔王に挑まなければいけないと感じていた。

 このままでは父の仇を討つどころか、魔王が世界を牛耳ってしまうかもしれない……


「あ、それと、旅の仲間も欲しいんですが、さっき俺を治療してくれた青年って……」


 目をギンギンにしながら言ってくるレイスに対し、今度はルミナス王が食い気味に「いいよ、いいよ、連れてったげて!」と返した。

 レイスの怪我を治療してくれた先ほどの僧侶は、名を“ザハル・ユミノール”というらしい。今日は不在だが王妃イザベラの兄の子だそうで、まだ二十歳になったばかりの王侯貴族だ。

 王室育ちで世間知らずな一面があるそうだが、治癒魔法から補助魔法まで扱うことができ、僧侶としてはとても優秀である。


 こうしてレイスは、ルミナス城の皆に見送られながら、カローネスに跨ってルミナス王国を後にした。

 その背中には、ルミナス王国で最も鋭い切れ味を誇る“ルミナスソード”を携えて。


「お供できて光栄です、レイス様。 まずはどちらへ行かれますか?」


「おう、よろしくなザハル。 まずは南西にあるクローネ村へ向かおう。 会いたい人がいる」


 レイスは、転生前の旅でお世話になった人がいる村や町を訪れることにした。

 前回、単身での魔王討伐を目指していたが、あの魔導士のような強力な魔法を扱う魔物の存在や、一人では対処しきれない魔物の群れなどを考えると、回復役のザハルだけでなく、他にも強力な仲間を集める必要があると思ったからだ。


 こうして、レイスの新たな旅が始まった——

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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