10話 揺らぐ心
俺とコパンが詰所に着いたのは、ちょうど食堂に兵士たちが集まり出す頃だった。
まだ中に入る前から、食欲をそそるいい匂いが漂ってきている。
コパンは詰所の玄関ドアを勢いよく開けると、「またなッ」と俺に一言だけ残し、急いで食堂に向かって走って行ってしまった。
そして、俺は久しぶりに一人きりとなった。
思えば、この世界に来てからずっとネルトとコパンが一緒にいたので、一人きりになったと思った瞬間、ものすごい不安が押し寄せてきた——
俺が務めていた会社でもそうだった。
お昼時になると、同僚たちは声を掛け合ってランチを食べに行く。
最初のうちは俺も誘われて一緒に付いて行ったこともあったが、場の空気に馴染めず会話に入っていけなかった。
誰かが気を使って話しかけてくれても、おどおどとして上手く返事もできない。
そのうち俺は、ランチに誘われるのが怖くなり、誘いを何度か断るうちに、誰からも誘われなくなっていた……
まさか、この世界に転生してからも?
こんな魔物の姿になってまでも、俺はそのうち一人きりになってしまうのか?
この恐怖、現世でも突如として俺に襲い掛かってきたやつだ。
ふとした瞬間、一気に心の奥に“闇”が広がり、俺をどこまでも深い谷底へと吸い込んでいく……
こうなったらもう……俺は……
「よっ、エイトくん! もう帰ってたんだね」
ふいに後ろから聞き慣れた声がし、振り返るとネルトの姿があった。
沈みかけていた俺の心が、一気に明るい気持ちになる。
普通のことかもしれないけど、これが“友達”って存在の大切さなのかもしれない。
俺はそんなことを考えながら、ネルトと一緒に食堂へと向かうことにした。
食堂に足を踏み入れると、もう多くのスケルトン兵士が着席して、朝食が続々と運ばれてきていた。
中央あたりの席には、ちゃっかりコパンが先に座っており、こちらに手を振っている。
そうか、うかうかしていると満席になって、二順目の朝食まで待たなくてはいけないんだった!
コパンの向かいには、ちょうど2席空いていたので、俺とネルトは急いでその席に駆け寄って腰かけた。
しかし結局、50~60名ほど座れそうな座席に、残り数席だけ空いた状態で全員が座り終えたようだ。
食事を摂らないスケルトン兵士もいるとのことだが、それにしたって前回よりも随分と減ってしまった。
やはり昨日の進軍で失った兵士の数はそれだけ多かったということか……
すると、またあのスケルトン女子が俺の席に朝食を運んできてくれた。
「あーやっぱり、エイトさんだ! てっきり死んじゃったかと思ってた!」
どうやら昨日の遠征でほとんどのスケルトン兵士がやられたのに、俺のような新人が生きて帰ってきたことに驚いているようだ。
ふと横を見ると、ネルトが黙ったまま下を向いている。
俺だって女性と話すのは苦手だから、同じように下を向きたい気分だったが、頑張って彼女に返事をする。
「いや……俺はソッ、何もしてなせス、ぐん、偶然生きてだけたで、です」
やや緊張でセリフを噛みそうになったが、持ち前の対応力で立て直すことができた。
しかし、なぜかスケルトン女子は笑いながら「面白い人ね」と言ってきた。解せない。
そして、彼女はさっさと席から離れて厨房のほうへ戻って行ってしまった。
全員の席に配膳が終わると、また奥の部屋から部隊長と司祭が出てきて、端のテーブルに腰掛ける。
しかしそこにカッツォの姿はなかった。おそらくまだ施療院で治療中なのだろう……
今日は人数も少ないため、皆が静かになるまで5分で済み、司祭は満足げに本を開いて朗読を始めた。
その後、食事中に司祭からの熱い視線を感じてはいたが、今回はとくに呼び出しを受けることもなく、無事に朝食を食べ終えることができた。
部屋の隅にある返却口に食器を置き、今日の仕事は何かネルトに聞いてみた。
「あっ、今日は僕ら、遠征明けだから休みだよ」
なるほど、スケルトン部隊にはそういうルールがあるのか。
それじゃあ、また町にでも出て散歩しようかな…と思った矢先、ネルトが俺にこう言った。
「そういえば、まだ詰所の中ちゃんと見てないよね? 僕が今から案内してあげるよ」
というわけで、俺はネルトに案内されながら、詰所の中を見て歩くことになった。
この食堂には、左右と奥にも扉があり、左の扉には狭い通路と兵士たちの寝台部屋とトイレが、右の扉は大きな厨房になっている。
ここまでは把握していたが、奥の扉には何があるのだろう?
食事の時、司祭と部隊長はあの扉から出てくるが、俺たち一般の兵士も出入りしていい部屋なのだろうか?
そんな心配をよそに、ネルトはお構いなしにその扉を開け、通路を進んでいく。
すると、新人歓迎会の時にいたスケルトンと通路ですれ違い、俺の顔を覚えていてくれて明るく挨拶してくれた。
一般の兵士も出入りしていい部屋に続いているようだ。
通路の突き当りにある扉を開くと、そこには食堂の半分ほどの広さの部屋が広がっていた。
中央のテーブルではカードゲームのような遊びを嗜むスケルトンが2名と、積み木ならぬ積み骨のようなもので遊ぶスケルトンたち。
壁際には本棚が設置されていて、その前に置かれた椅子で読書をしている兵士が数名いる。
「ここは娯楽室だよ。 ここにある物は全部、司祭が僕たちに提供してくれているんだ。 ありがたいよね~」
どうやら司祭と部隊長たちはいつも、朝食の準備が終わるまでこの部屋で待機しているらしい。
それにしても……これが娯楽だとは。
当然、この世界にはビデオゲームどころか、スマホもPCもない。
今はまだ転生してきたばかりで、物珍しさから暇はしていないが、そのうちきっと色々な物が恋しくなるのだろう……
ああ、俺の行きつけだった牛丼屋も、ラーメン屋も、この世界から抜け出せなければ一生行けないってことか?
でも、この世界の飯も美味いし、毎日SNSをチェックしてスマホ依存症な現代人には、こういう環境のほうが身体にいいのかもな……
そんなことを考えていたら、俺たちの背後から声がした。
「あなたたち、いつも一緒ね~」
その声は、食堂で話しかけてきたあのスケルトン女子だった。
先ほどまでのエプロン姿から、花柄のワンピースに着替えている。
それを見たネルトがまた、パッと下向き加減になってもじもじし始めた。
…おや? ひょっとしてネルトは……
「ネルトさんも、無事で良かったわ」
彼女は、そう言いながらネルトの両手を掴んだ。
ネルトはビク!と体をのけぞらせ、顔が真っ赤になりながらも言葉を返す。
「あッ、ありがとうっ」
いつもよりぎこちない喋り方だが、ネルトは何だかとても嬉しそうだ。
すると彼女は、俺とネルトの元を離れ、本棚のほうへ行って読書を始めた。
その様子を横目で見ながら、ネルトは俺に言った。
「……あの子、エリンちゃんっていうんだ。 可愛い…よね?」
なるほど、やはりネルトはあの子に惚れているようだ。
確かにあれは魔性の女……誰にでも嫌味なく優しくできて、男にモテる感じの子だな。
しかも、抜群に顔が可愛い!スケルトンになった今の俺には分かる。
「ああ、確かに美人だな。 ……ネルト、お前って面食いなのな」
ネルトは恥ずかしそうに顔を赤らめたが、面食いだと言われたことは否定しなかった。
そして、まだこの部屋に居たい様子のネルトに、俺はさほど興味はなかったカードゲームの遊び方を聞いてみた。
するとネルトは喜んで俺にカードゲームのルール説明を始めた。
それは、魔王と勇者のカードバトル。
シンプルにして奥の深い、誰でも楽しめるゲームなので、この世界で広く親しまれているらしい。
グレイト・ソウルズの世界には、こんなカードゲームなかったはずだが……
はじめに魔王と勇者のどちらかを選び、自陣の山から4枚ずつカードを引いて勝負する。
攻撃・魔法・アイテムなどのカードを駆使して、相手のHPを0にしたほうの勝ちだ。
俺はすぐにルールを理解し、早速ネルトと対戦を始めた。
「よし! エイトくん陣営に300のダメージ!」
「うわっ! ちょっとは手加減しろよネルト~」
カードゲームなんて生まれて初めてやってみたが、これが案外よくできていて面白く、俺は夢中になって遊んでいた。
いつも優しいネルトだが、このカードゲームでは初心者の俺にも容赦なく叩きのめしにかかってくる。
何戦目かを終え、お互いのカードを切り直していると、すぐ横に気配を感じた。
「ねえ、アタシにも教えてよ」
その突然の呼び掛けに、俺とネルトはびっくりして、二人同時に「ひぃあッ」と変な声が出た。
俺たちの横にいたのは、まるで音を消して歩く術でも体得してるのかと思うくらい、いつの間にかエリンちゃんが立っていた。
そしてネルトは、俺に教えていた時よりも丁寧に、且つ分かりやすく、楽しそうに教え始めた。
俺には教えてくれなかったプチ攻略法も、エリンちゃんには惜しみなく教えていた。
「わあ~っ! 勇者の盾を持ってたのかー!やられたー」
「おお~!ネルトに500の反射ダメージ! エリンちゃんの逆転勝利だー!」
「ワーーイ!やったー! アタシこのゲーム得意かも♪」
気が付くと俺たち三人は、夢中でカードゲームを楽しんでいた。
ネルトは終始、エリンちゃんのことを嬉しそうに見つめながら、エリンちゃんとの対戦ではわざと負けたりしているようにも見えた。俺には相変わらず容赦ないけど……
しばらくすると、次第にカードゲームにも飽きてきて、世間話に夢中になっていた。
「へぇ~、エリンちゃんは将来、お医者さんになりたいのかー それでいつも医学の本を読んでるんだね」
「うん、昔ね、ユードリア海岸に友達と遊びに行った時、モルゴスが一匹飛び出してきて、ちょうど…ほら、この左脚の脛骨を嚙まれて、腓骨にヒビが入ったんだよ!」
出たっ、また俺の知らないモルゴスっていう魔物の話だ……
骨の箇所の名前は初めて聞いたが、要するに“すね”を噛まれたってことか。
「わあ~、本当だ。 けっこう深く噛まれたんだね……」
「うん、でもスケルトンだから食べる肉もついてないし、モルゴスもすぐ諦めてどこかへ行ってくれたわ」
俺はまだこの世界に来たばかりで、どの話題にも付いていけない……
会社でランチに誘われたあの日のことを思い出し、ちょっと吐き気がしてきた。
「それでね、この町の施療院でお世話になって、すっかり良くなったの! その時、思ったんだ…… 私もお医者さんになって誰かの役に立ちたい、って」
「なるほどね~ あっ、でも今だって十分みんなの役に立ってるじゃん! いつも配膳してくれて僕たち感謝してるよ」
いつの間にかネルトは、エリンちゃんと普通に会話できるまで仲良くなっている。
おまけにちょっとエリンちゃんを持ち上げるような発言をして、好感を持たれようとしているようにも見えてきた。
まったく……ネルトも隅に置けないやつだなぁ。
それにしても“誰かの役に立てる仕事”……か。
俺は今まで一度もそんなこと考えもしなかったけど、もしかしてこの世界にいれば何か見つかるのかな?
いやいや、でも本当にこのままスケルトンとして生きるのか?
いつ勇者に殺されるかも分からないし、いつ謎の魔物モルゴスに嚙み殺されるかも分からないような世界で?
カードゲームなんてしてる暇があったら、早く現世に帰る方法とか探したほうがいいんじゃないか?
でも…… 今、こうして手に入れた“友達”と言える存在が、俺にとって“かけがえのないもの”になりつつある……
俺はもう、現世に帰りたいのか、この世界で一生暮らしたいのか、自分でも分からなくなってきていた——
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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