1話 曇天の空
——カラン と、乾いた音が耳の奥に響いた。
俺が動いたせいなのか、風が吹いたのかは分からない。
ゆっくりと目を開けると、俺の視界に曇天の空が映った。
体を起こして周りを見渡すと、そこには焼け焦げた大地と、無数の骨が散らばっていた。
さらに、骨だけでなく、西洋の中世期に見られるような剣と甲冑も転がっている。
「ここは…いったい… えッ、声が……」
ふいに口にしたその掠れたような声は、いつもの俺の声とはまるで違う、別人のような声だった。
俺は、慌てて喉と口元に手を当て、声帯の様子を確認しようとした。
カララッ カランッ
「うわッ!なんだこれは…?!」
触れた喉の手触りも、喉に感じる手の感触も—— 骨。
このカラカラと乾いた音も、俺自身から発せられている音だったのだ。
俺は、反射的に胸へ手を当てるが、そこに鼓動はない。
肉も皮も、呼吸も熱もない。
「まさか…俺、死んだのか?」
まだ現状を受けられない俺は、瓦礫の中に刺さっている大剣を見つけ、その場へと足早に移動する。
全身から乾いた骨の音を鳴らしながら、大剣の前に立つと、その血で汚れた刃が鏡面となって俺の全身を映し出した。
その姿は、漫画やゲームでもよく見る“スケルトン兵士”そのものだった。
周囲に転がっているものと同じデザインの甲冑を身に纏って、腰には剣の鞘だけ差していた。
甲冑には戦いの痕跡が生々しく残っており、左腕の骨に少しダメージを受けているが、大した痛みではなかった。
さらに、よく見てみると胸の中心あたりに小さく青い光が灯っていた。
これが俺の魂—— とでもいうのだろうか…。
こんなスカスカのボディでは、魂がほとんど剥き出し状態なわけで、非常に心もとない。
さて、しかしこれは一体どういうことなのか…。
思い返してみると、最近の俺は激務だった。
連日にわたる残業と休日出社に加え、取引先の無茶ぶりに対応し続け、満身創痍の状態で帰宅したんだ。
おかえりと言ってくれる家族も恋人もいない。
シン…と静まり返ったマンションの一室で、部屋着に着替え、すぐにパソコンデスクの前に腰を下ろした。
部屋の電気をあえて暗くして、パソコンの電源を付けると、モニターの光が顔を照らす。
いつものように“グレイト・ソウルズ”を起動してストレス発散タイムだ。
もう何年も前に発売されて人気を博したゲームだが、俺は未だにこのゲームをやり続けており、このゲームのおかげで俺の心のバランスを保てている。
やり慣れたゲームの世界で俺は、バッサバッサと敵をなぎ倒す、無敵の存在だ。
取引先の容姿にちょっと似ているモンスターを次々に蹴散らして、あっという間にラスボスの城へ辿り着いたその時——
「うッ…!」
過労のせいか、栄養不足のせいか、急に心臓を締め付けられるような痛みが襲った。
時間にして数分だったと思うが、俺は胸に手を当てながらドタバタとのたうち回っていた。
下の階の人すみません、騒音被害の苦情とか入れないでくださいね。
そう思った次の瞬間、胸の痛みがフッと薄れ、これまで出会った人たちの顔が脳裏に浮かび上がっては消えていく。
結局一度も親孝行してやれなかった両親の笑顔、俺が片思いをしていた同級生の佐藤さん、憎たらしい取引先の面々、小学生の頃に亡くした愛犬のゴン…。
ああ、これが走馬灯ってやつか——
そして、気が付いた時には動く骨格模型だったというわけだ。
「これって所謂、異世界転生ってやつ? だったら、なんで敵キャラなんだよ!」
改めて自分の両手を眺めると、深い絶望が押し寄せてくる。
それと同時に、現世でやり残した仕事があることや、もう二度とグレイト・ソウルズで遊べないことに落胆した。
「…ん、待てよ… グレイト・ソウルズ……?」
俺は顔を上げ、もう一度よく周りを見渡してみた。
曇天の空の下、辺り一面に広がる焼け野原、散らばった骨と甲冑、そしてこの瓦礫の配置と、奥に見える砦……
全部… 見覚えがある…!
俺は、瓦礫の壁にもたれ掛かっているスケルトン兵士に駆け寄った。
もし予想していることが正しければ、きっとあるはず…!
「…あ、あった!」
壁にもたれ掛かるスケルトン兵士の、頭蓋骨に大きな刀傷が付いている。
それは、このゲームのプロモーションビデオにも登場する敗れたスケルトン兵士で、印象的なシーンのひとつだ。
「やっぱり… 間違いないッ!」
俺の予想は、確信に変わった。
これは、俺がいつもやっていたゲーム…“グレイト・ソウルズ”の世界だ!
俺はこのゲームに登場する、おそらく下から数えても2~3番目くらいに弱い敵キャラの“スケルトン種族”……
そして、ここはゲームの序盤に登場する“北の砦”で、おそらく勇者一行が通過した直後のようだ。
ということは、このスケルトン部隊を率いる部隊長のカッツォは、まだこの辺りにうろついているはず……
「整列ーッ! 生き残りは前へ出ろ! ……あ、もともと骨だし生きてねぇか!」
あれだけやり込んだゲームだ。
メインストーリーはもちろんのこと、すべての隠しシナリオとその発生条件まで完璧に記憶している。
先程のカッツォの台詞は、ちょっと聞いたことないが……へぇ~、あの後こんな風に兵士たちを招集していたのか。
ちなみにカッツォは、この次に勇者一行が訪れる“北の灯台”で待ち伏せしていて、シリーズ初となるボス戦の相手だ。
同じスケルトン兵士だが他より体格も大きく、身に着けている鎧も頑丈で、攻守ともに優れており、このボス戦は序盤の最難関とも言える。
多くのプレイヤーが苦戦を強いられたことから、グレイト・ソウルズの“嫌いなボスアンケート”では上位にランクインしている。
それにしても……俺は、本当にゲームの世界の中に入ってしまったのか、あるいはゲームとそっくりの世界が実在していたとでもいうのか?
どちらにせよ、なぜ俺が勇者やその仲間でもなく、敵側の魔物としてこの世界に…?
「おい! そこのお前! 何をぼーっと突っ立ってる?! 早く並べぇッ!」
カッツォの怒号が俺の耳を劈いた。
正確に言えばもう、スケルトンである俺には耳どころか鼓膜もないわけで、音を聞き取ることはできないはずだが、耳の周りの骨に骨伝導で響いて聞こえているのだろうか?
それと同時に、俺の全身が身震いしていることに気が付いた。
——怖い
何度もゲームで倒した最初のボスキャラなのに、いざこうして目の前で見ると、心の奥底から途轍もない恐怖が押し寄せてくる。
いや…これは、単なる恐怖ではなく“畏怖の念”とでも言おうか、今の俺は階級の低いただのスケルトン兵士であり、おそらくこいつの部下である。
きっと魔物たちは、生まれながらにして上司にあたる魔物に対して、逆らうことができない闇の力のようなものが働いているのだろう……
俺は自分の意志とは関係なく、勝手に足が前へと出て、スケルトン兵士の隊列に加わっていた。
「ふ~む… たったこれだけか。 まぁいい… 進めェーッ!」
カッツォを先頭に、俺を含む生き残った10名のスケルトン兵士は、骨の音をカラカラと鳴らしながら歩を進めていく。
遅れて集合した俺は列の一番後ろについて歩いていた。
ふと、目の前に歩いていたスケルトン兵士に目をやると、何やら様子がおかしいことに気が付いた。
よく見ると、甲冑にはたくさんの傷跡が付いており、骨には無数の傷跡とひび割れが走っていた。
「お…おい 大丈夫か?」
俺は思わずそのスケルトン兵士に声をかけた。
すると、目の前のスケルトン兵士は、ふらふらとした足取りのまま、こちらに振り返りこう答えた。
「だ… だい… ダメかも…」
——ガラララーン!
どうやらすでに体力の限界を迎えていた彼は、乾いた音を響かせながら前のめりに倒れてしまった。
その音は最前列にいたカッツォの耳にも届き、すぐにこちらを振り返ってこう言い放った。
「くぉぉらぁあーー!! 誰が寝ていいと言った?!」
別に寝てるわけではなくて、戦いの負傷で限界だったんだと思うのだが……
このカッツォというボスキャラは、知能指数があまり高くないため、部下をただの捨て駒としか考えないタイプだ。
そして、使えない駒には容赦なく……
「むっ…? なんだ、お前はもう使い物にならないようだな… ならば一撃で…」
カッツォは、背中にぶら下げている“破壊のクラブ”のグリップを強く握りしめると、クラブの先端を天高く振りかざした。
そして、倒れて蹲っている先ほどのスケルトン兵士に向かって怒声を放った。
「即・骨粉!」
カッツォは破壊のクラブを大きく振りかぶって、一気に振り下ろした。
ゲームではこの隙だらけのモーションが弱点であり、この隙に3回は攻撃を与えることができる。
だが、この世界で直接目にするカッツォの攻撃モーションには一分の隙もなく、恐怖感も相まって俺には避けることすら叶わないと肌で感じる。
——ゴガァァンッ!!
勢いよく振り下ろされたクラブは、先ほどのスケルトン兵士の骨を、宣言通り一撃で粉砕してしまった……
彼の骨の破片が空中に飛散し、それが俺の目の前を通り過ぎていく。
残ったのは、粉々になった骨と、彼が身に着けていた甲冑、そして鞘に収まった剣だけだった。
「よぉ~し、隊列を組みなおせ~ 夕方までに城へ戻るぞ」
まだ生きている部下を粉砕しておきながら、何事もなかったような発言をしながら隊列の先頭へと戻っていくカッツォ。
しかし、カッツォはすぐにその歩みを止め、スケルトン兵士たちの顔を一人ずつ観察し始めた。
「…なんだ? 妙な気配を感じるぞ……」
ま、まさか……俺が転生者だと気づいたのか? こんなのゲームにはないシナリオだ…!
大体、ゲームでは主人公目線のストーリー進行であって、こんなシーンは描かれていない!
「ん~… お前じゃない… お前か?…いや、違うなぁ…」
まずい…カッツォが少しずつ確認を終え、最後尾の俺に近づいてくる……
そして、とうとう俺の目の前にやってきた——
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