26.ご褒美。
雅達バスケ部は、春の大会とは違い、楽しそうに話しながら、体育館を出てきた。
「お疲れー!」
「お疲れ様。」
妃鞠と、花蓮は駆け寄りながら、労いの言葉をかける。
「おっ!うちのエース二人の彼女じゃん。」
キャプテンは、陽気に手を上げる。
「お疲れ様です!」
妃鞠と花蓮は、キャプテンも労う。
「ありがとよ!ほんとうちのエース二人は、羨ましいな〜。じゃあ、明日はオフ、またあさってから地獄の練習だ!」
キャプテンはそう言い放ち、他の部員達と歩いて行った。
「すごいじゃん!」
妃鞠は、飛びつきながら涼を褒める。
「ありがと。」
涼は、照れくさそうに、妃鞠がくっついた反対の手で頭をかいた。
「わぁー!」
花蓮は、珍しく興奮した様子で雅に抱きついた。
「お、おぃ、花蓮、人いっぱいいるんだぞ?」
満更でもなさそうに、雅は、片手を花蓮に回した。
「だって、ほんとに勝っちゃうんだもん!大興奮だよ!おめでとう!」
「まぁ、まだ一回戦を勝っただけだけどな。」
「全国大会行けるといいね!」
「おぅ。」
雅と花蓮は微笑み合った。
「じゃぁ、また!」
妃鞠は、涼にくっついたまま、花蓮と雅に手を振った。
「えっ?一緒に帰らないのか?」
「用事があるの〜。」
楽しく4人で帰るつもりだった雅は、少し寂しそうに手を振った。
「なぁ、用事って何だ?花蓮、聞いてるか?」
不思議そうに、雅は花蓮に聞いた。
「ご褒美あげるって言ってたな〜。」
「・・・それってまさか!?」
雅は口を手で口を押さえて、少し興奮している。
「まぁ、キスした報告は受けましたので、ご想像の通りかと。」
花蓮は、口を少し尖らせて不満気に言う。
「あらら〜、良かったな〜涼。」
雅は嬉しそうだ。
「私も、ご褒美あげる。」
「な、何だ?」
雅は期待に満ちた表情をした後、少し俯いた。
「急がなくていいよ。俺達は、俺達のペースでいい。涼に先越されたのは癪に障るけどな。」
「ふふっ。癪に障るんだ。」
「そうだな〜。癪に障る。」
「まぁ、先を越されるのは変わらないけど、明日、終業式が終わったら、保健室に来て。」
「・・・な、何?初めては保健室がいい的な?」
「そう言う性癖はありません。
ご褒美、楽しみにしてて。」
花蓮は、少し不安を含んだ様に俯きながらわらった。
「明日から夏休み、ハメを外し過ぎない様に、節度ある夏休みを過ごす様に。」
体育館、終業式で長い長い、校長先生の話が続く。
生徒達は、終わるのを今か、今かと待っている。
その中に一人、上の空の学生がいた。
「節度・・・もう、ハメを外しました〜。」
涼は、一人、上の空で呟く。
「おぃ、涼。お前、大丈夫か?」
隣りに立っていた雅は、涼の様子を見て声をかける。
「うん〜。大丈夫〜。」
「あ〜。昨日、あれだったんだもんな。
成る程な〜。」
「あぁ、花蓮ちゃんから聞いてる?」
「あぁ。」
「いゃ〜。幸せだなぁ〜。」
「ダメだこいつ。今日休みで良かったな。」
「うん〜。今日はバスケできないわ〜。」
「はぁ。」
雅は、明日には平常に戻ってくれる事を願いながら、頭を抱えた。
終業式が終わると、生徒達は、一斉に帰宅する。
終業式の日は、業者さんによる片付けや清掃などあがあり、部活も全て休みとなる。
生徒のいない、学校は静かな物だ。
涼と、妃鞠を見送り、雅は保健室に向かう。
「・・・ご褒美、何なんだろ。
何で保健室なのかも良く分からん。」
「失礼しま〜す。」
雅は、恐る恐る、小さな声で挨拶しながら保健室に入った。
「あれ?花蓮さん?」
保健室には、美人の姿の花蓮が立っている。
「なぁ、花蓮知らないか?保健室に来いって言われたんだけどな〜。」
雅は、保健室を見回し、保健室から出ようと入り口に向かおうとする。
「雅くん。」
花蓮に声をかけられ、振り向くと、
バサッ
「ちょ、ちょっと!花蓮さん!」
花蓮は雅に抱きついた。
雅は、花蓮の両肩を持ち、引き離そうとするが、花蓮はしがみついて離れない。
「いいじゃーん!」
花蓮は、しつこく絡みつく。
「離れろー!」
二人はしばらくの間、モミクシャになった。
「いい加減にしろ!」
雅は少し怒った表情で、花蓮を保健室のベッドに押し倒した。
「ハァハァ。」
あまりのしつこさに、雅は花蓮を引き離すのに息切れしている。
「ハァハァ。」
花蓮も疲れた様子で、乱れた髪を整えながら立ち上がる。
「美人に言い寄られても、気持ちは揺れないのね?ハァハァ。」
「当たり前だ。ハァハァ。こんな所を花蓮に見せたら、花蓮が悲しむだろ。ハァハァ。」
「合格。ハァハァ。」
「何が。ハァハァ。」
しばらく二人は距離を取りながら睨みあっている。
「ふぅ、ようやく落ち着いた。」
「ふぅ。じゃねーよ。」
雅は、美人の花蓮を睨む。
そして、まだ警戒を解かない。
「じゃあ、まず、私は雅くんに謝らないといけません。
・・・ごめんなさい。」
「あぁ、もうこんな事しないでくれよ?」
「・・・違う。違うよ。」
「何が?」
雅は訳が分からないと言わんばかりの顔で、美人の花蓮を見ている。
「ごめんなさいの理由は。」
花蓮は、保健室に置かれた机の前に行き、机の上に置いていたヘアゴムで、いつもの様に、髪を束ねた。
そして、机の上のメガネを手に取り、かける。
「こう言う事。」
花蓮は少し俯き加減に、雅を見つめる。
「・・・えっ?・・・花蓮さんが花蓮?花蓮が花蓮さん?
わぁー!!!」
驚きのあまり、雅は叫んだ。
「怒った?本当にごめん。
最初は素顔を見られたから、隠そうとしたんだけど、途中から色々ありすぎて、言い出せなくなりました。」
「別に・・・怒りはしないけどさ・・・そもそも名前同じの時点で何故気づかなかった?俺はバカなのか?」
雅は、美人の花蓮とのやり取りを思い出しながら、頭を抱えた。
「はい。申し訳ありませんがバカだと思いました。」
「ひっでーな。」
「はい、気づいてくれないから、悲しかったよ。」
「すまん。」
「これが、私の秘密の入り口です。」
「うん。花蓮。」
「何?」
「ありがとう。花蓮の顔を見られて嬉しい。」
「ありがとう。」
花蓮は、再び、髪をほどき、メガネを机に置いた。
「雅くん。」
花蓮は、雅に抱きついた。
「花蓮。」
雅も花蓮の背中に手を回し、抱きしめた。
「ふふっ、今度は振りほどかないんだね。」
「当たり前だろ?花蓮さんじゃなくて、花蓮なんだから。」
「良かったね〜。メガネの貧乳だと思ってた彼女が、実は美人で巨乳だったなんて、奇跡だよ?」
「ははっ。自分で言うかそれ?」
「うん。私は、雅くんとこうなれるまで、美人も巨乳も嫌だったから。」
「それが花蓮の過去の話からきた感情なんだな?」
「うん。」
「ちょっと座ろうか。」
雅は、花蓮を離すと、手当してもらった時の様に、椅子に向かい合って座った。
「さぁ、何から話しましょうか?」
「何からでも。あっ!そうそう、ふと思い出した時に気になっては聞くのを忘れていた。」
「私が雅くんと話した事あるって言ったこと?」
「そうだ。」
「私と雅くんの出会いの話ね。
じゃぁ、まずそこから。」
「うん。」
雅は真剣な顔をしている。
「私が、遠くの高校に通う為に、この高校の入試を受けに来た日の話なんだけど、その頃、髪はまだ束ねてなかったけど、コンタクトからメガネに変えた所で、メガネに慣れてなかったの。」
花蓮は思い出す様に、天井を見上げた。
「人多いー。」
中学生の花蓮は、入試のため、遠くの見知らぬ駅で電車をおり、不安にかられながら、スマホの地図を見ていた。
「えっと、あの建物がこれだから、地図はこう向きか。あー!画面クルクル回るなー!」
一人ブツブツと花蓮は呟く。
「キャッ。」
花蓮がスマホに集中していると、サラリーマンと思わしき男が、邪魔だとばかりにぶつかって歩いて行った。
「何よ!」
花蓮は、イライラしながら再びスマホを見るが、ボヤケて全く見えない。
「やだ!メガネ無い!」
花蓮は、ボヤケる視界の中、地面にしゃがみ込み、手探りでメガネを探す。
「もぅ〜、メガネ〜。入試遅刻しちゃうよ〜。」
花蓮は焦った様子でメガネを探している。
「はい。」
花蓮は、声のする方を見上げた。
ボヤケているが、誰かがメガネを差し出してくれている。
「あ、ありがとう。」
花蓮は、メガネをかけると、声の主を見た。
・・・か、かっこいぃ。
これは運命の出会い?
「ひでえよな〜?
見てたんだ。
あのサラリーマン、わざとぶつかったっぽいぞ?
しかも周りはみんな知らんぷりだし。
メガネ壊れてない?」
「大丈夫。」
そんな事はもう、どうでもいいです。
かっこいい上に、優しいんだね。
年は同じくらいかしら?
私、多分、一目惚れしました。
花蓮は目に、ハートが映っているのでは無いかというくらいに、雅を見つめる。
「まぁ、良かった。俺、今から試験だから行くわ!じゃあ!」
「あのっ!」
「何?」
「名前、教えて!」
「佐藤雅!じゃあ!」
雅は、試験のプレッシャーからか、余裕なさ気に走って行った。
「・・・佐藤雅くん。見返りも無く助けてくれたんだ。」
今から試験って事は、同じ学校かしら?
いつか一緒に通えたらいいな〜。
あっ!いけない!私も急がないと!
花蓮は、期待を胸に、試験会場へ向かった。
「と、言うのが私達の出会いだよ?」
「う〜ん?そんな事もあった様な、無かった様な。」
「あったの!」
花蓮は膨れている。
「すまん。試験のプレッシャーで、俺はあの日の事を全く覚えていない。」
「そう言う事なら仕方ない。」
少し不満気に花蓮は答える。
「もしかして、朝学校に早く来るのは、人混みでメガネを落とすかもしれないからなのか?」
「半分正解だよ。もうあんな目には合いたくないからね。」
「で、もう半分は?」
「最初の朝、早く学校に来たの。
私の苗字、あ行だから、窓際の席じゃない?窓から体育館が見えるから。
バスケのボールの音で体育館を見たら、雅くんがいたの!間違いなく運命だったわ。」
「えっ?花蓮さん、それはストーキングと言うやつですか?」
「はい。」
「あー、ずっと見られてた訳な?」
「はい。ずっと見てました。
・・・入試の日からずっと、ずっと、見てました。大好きでした。」
「ちょっと恐いけど、まぁ嬉しいよ。」
「なんだよ〜。嫌いになった?」
「ならないよ。」
雅は、花蓮の頭を優しく撫でた。
花蓮は嬉しそうに微笑む。
「でも、話しかけて来なかったよな?ずっと席隣りなのに。」
「平和に卒業したくて、誰とも話したく無かったというのもあったけど、緊張して話かけられなかった。
臆病で内気なのに加えて、私も、初めて人を好きになったから。」
「そっか。なんか嬉しいよ。」
雅と花蓮は微笑み合った。
「あら、池下さん来てたの?今日は生徒はもう帰らないと!」
保健室の先生が慌てふためいて入って来た。
「あら、どうしたの?」
保健室の先生は、雅を見て不思議そうにする。
「体調悪いの?」
「大丈夫です。もぅ、帰ります。」
保健室の先生、存在したんだ〜。
初めて見たな。
不思議そうにする雅を、不思議そうに保健室の先生は見た。
「早く出なさいよ〜。多分あなた達が最後よ〜。」
保健室の先生は、忙しそうに保健室を後にした。
「邪魔が入ったわね。」
花蓮は不満気だ。
「花蓮が保健室で話したかったのは、花蓮さんが花蓮だと言うためだろ?
俺が、外で合うと、花蓮を花蓮さんだと認識できない可能性を考えての。」
「うん。そうだよ?」
「なら、続きは家で話そう。」
雅は、立ち上がり、手を差し伸べる。
「あら、まさか、ベッドの上で聞いて、話が終わった途端に襲いかかる計画かしら?」
「俺が待ってたのは、花蓮が信頼してくれる所までだ。
過去も全部あってよかったってくらい、俺が愛してやる。
だから、帰った瞬間に玄関で襲うつもりだ。」
雅は真面目な顔をしている。
「素敵な事言ったのに、最後は最低ね。」
花蓮は目を細める。
「冗談じゃないぞ?今、もう、襲いかかってしまいそうだ。」
「・・・初めてが、玄関は嫌。」
花蓮は、本気で言っている様に見える雅に、可愛く訴える。
「じゃぁ、危険な発言は慎み給え〜。」
雅は、花蓮の手を握ると、歩き出した。
「待って!メガネ!」
「もう、いらないんだろ?
その方が可愛い。」
「う、うん。」
窓から吹き込む風が、カーテンを揺らす保健室の机。
花蓮を一年間守ったメガネは、太陽の光に照らされ、輝いていた。




