2.保健室の女神。
ダムダムダム。
キュッ、キュッ、キュッ。
バスケットボールが跳ねる音。
体育館の床にバッシュがこすれる音。
あぁ、この音。
たまらん!
試験勉強期間から1週間以上お預けを食らっていた雅は、興奮の中にいた。
「アップ終了。試合も近い!
今日は、試合形式で進める。
チーム分けはこれだ!」
キャプテンがホワイトボードを叩く。
「おーやったぞ!試合!試合!」
雅は嬉しそうに、涼に言う。
「俺は出れないしな〜。」
「す、すまん。」
「バカ、すぐ追いついてやるよ!」
「そうだな。涼と試合出たら楽しいだろうなー!」
雅は、目を閉じて想像する。
「おい!雅!早くコート入れ!」
「は、はい!」
想像に引き込まれていた雅は、キャプテンに呼ばれ、急いで配置に付く。
ピー。
笛の音と共に、コートの真ん中でボールが投げられる。
バスッ。
「よし!専攻はこっちだ!」
同じチームの部員がボールを取ったのを見ると、雅は走る。
「雅ー!」
雅にパスが渡り、ゴール前での一対一。
雅は、先輩部員を前に、ドリブルで抜きにかかる様に見せ、揺さぶられた先輩部員を前に、高く飛び上がる。
パシュッ。
雅の放ったシュートは、正解にゴールをとらえ、ネットの音だけを鳴らした。
「よっしゃー!」
「くっそー!」
先輩部員は悔しそうにボールを手に取る。
一軍と二軍の試合は、もちろん雅のいる一軍優勢で進んでいた。
「ん?池下?」
雅の視界の端。
体育館の開いた窓の向こうに、花蓮の姿が写る。
「帰ったんじゃなかったのか?」
「雅ー!」
ドスッ。
バタン。
一瞬気を抜いてよそ見した雅の顔面に高速パスが直撃する。
雅は、衝撃で顔から倒れ込んだ。
「雅!大丈夫か?」
パスを出したキャプテンが駆け寄る。
「だ、大丈夫です!すいません!」
「・・・大丈夫じゃないな。」
「えっ?」
雅は、ヒリヒリと痛むおでこを触る。
「血だ。」
「血だ、じゃねーよ。何でよそ見してたんだ?」
「すいません。」
「まぁ、いいわ。保健室行って来い。
お前は、大切な戦力なんだ、怪我は勘弁だぞ。」
「はい。すいません。
すぐ戻ります。」
雅は、仕方なく保健室へトボトボと歩く。
あー。せっかくの試合なのに。
なんで池下に気を取られてしまったんだろう。
雅は、俯き、反省しながら保健室のドアを開ける。
「失礼しまーす・・・誰?」
雅の視界の先には、長い髪を結い直そうとしている美人が立っていた。
「ちょ、ちょっと!大丈夫?」
美人は髪を結うのを中断して、長い綺麗な黒髪をゆらしながら、心配そうに駆け寄る。
「大丈夫、大丈夫。先生、バンソウコウ下さ〜い!」
雅は、美人はさておき、おでこから流れる血を止めたかった。
白いTシャツにも血が付いている。
「先生今いないの。す、座って!
と言うか、バンソウコウでなんとかなるのそれ?」
「なるだろ?早く試合に戻りたいし。」
「バカなの?今日は安静にしなさい。」
美人は、雅に呆れながらも椅子に座らせると、向かいの椅子に座り救急箱の中をあさる。
「見えない。メガネどこ置いたか分からないし。」
美人は小さい声で呟いている。
どうやら視力に難ありの様だ。
「それボケてんの?ツッコんだ方がいいやつか?」
美人の顔から救急箱までの距離、約5センチメートル。
雅は、美人を不思議そうに見つめる。
「ち、違うよ!あっ!あった。」
美人はお目当ての消毒液を見つけると、体を起こし、雅の顔に顔を近づける。
おでこの傷を見ている様だ。
「えっ?」
雅は驚いて少し離れた。
「ちょっと、手当できないでしょ?」
美人は何事もないように言う。
「い、いや、顔近すぎるって。」
「いいから。」
美人は、雅の腕を引き、顔を再び近づける。
「分かったよ。」
雅は、目を閉じて、黙って手当を受けた。
「よし!見かけより大したことなかったよ。血だらけで入ってくるからびっくりした。」
消毒をして、バンソウコウを貼り終えた美人は、安堵の表情を浮かべる。
「あ、ありがとう。君は?
タメ口でしゃべってたけど、上級生?」
・・・気付いてない?
メガネ無しの私の事覚えてないし、気付かないなんて、少しショックだな。
でも、バレたくないし、秘密にしよ。
「秘密。」
この美人、牛乳瓶では無く、メガネを取り、髪をほどいた花蓮だった。
「秘密って何だよ?教えろよ。」
雅は、不満気に花蓮を見るが、
花蓮の視界は顔が認識できない程ぼやけている。
「・・・試合、終わるよ?」
「あーー!!ヤバい!俺、行くわ!
ありがとう!」
雅は足早に保健室を後にした。
「まったく。バスケバカ。頑張れ。」
花蓮は、小さく呟いて立ち上がると、ゆっくりと歩いてメガネを探した。
「あったー!視界良好!」
花蓮は、髪を束ると、先生に任された保健委員の手伝いを再会するのだった。




