表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/74

7-4 歪みの中で燃えるもの

歪みは引いた。


だが、消えてはいなかった。

境界の縁に残った揺らぎが、呼吸のたびに脈打つ。薄く引き伸ばされた空気が、元に戻ろうとしては戻りきらず、前線全体を覆う膜のように震えている。


「第二波、来るぞ」


ミラの声と同時に、森の奥が赤く瞬いた。

火だ。ただの火ではない。魔力で圧縮された炎が、地を滑るように走り、途中で枝分かれする。蛇の群れのようにうねりながら、線へ向かって迫ってくる。


「前、三歩! 間隔保て!」

ガルドの指示が落ちる。

誰も走らない。踏み出す距離は、朝から何度も身体に入れた分だけ。鎧の音が重なり、地面を噛む感触が揃う。

炎が線の外で爆ぜた。

熱風が頬を打ち、空気が一瞬で乾く。魔獣が低く唸ったが、太郎は手綱を引かない。引かないことも、合図だ。

「構え!」

イルスが盾を前へ出す。


盾縁に刻まれた紋が淡く光り、炎の先端が二つに裂ける。裂けた炎が左右へ逃げ、線の前で地面を焼いた。

だが、間髪入れず次が来る。

空からだ。境界の歪みを利用した落下術式。重い光が、雨粒のように降ってくる。


「止まって、見る!」

太郎の声が混じる。

若手が反射で肩をすくめるが、足は止まる。視線が上がり、落下点を捉える。


「左! 一歩寄せろ!」

イルスの合図する

隊列が滑るように動き、光弾が空いた位置に落ちて砕ける。破片が飛ぶが、致命傷には至らない。

太郎は荷車の脇で、魔石の残量を指で確かめた。

脈動が荒い。境界の歪みが、魔力の消費を引き上げている。


(長引かせる気だな)


人類側の術者が、前線を削る。

一気に崩すのではなく、線の有効性を試すように、角度と間隔を変えて撃ってくる。


「……来る」


地面が鳴った。

低く、鈍い音。次の瞬間、土が盛り上がり、骨のような白い杭が突き出す。地属性の拘束術だ。


「後ろ、半歩!」

ガルドの号令。

線は越えない。半歩だけ、全員が同じ距離で下がる。杭が空を切り、地面に突き刺さる。

ミラが即座に術式を展開した。

白い杭に絡みつくように、青い符が走り、拘束を弱める。


「今だ、削れ!」

ガルドが踏み込む。


剣圧が杭を砕き、その勢いで前線を押し返す。無理に追わない。一拍で戻る。

太郎はその隙に、矢束を前へ滑らせた。

渡す手、受け取る手。言葉はいらない。線の内側で完結する動き。

再び炎。

今度は色が違う。紫がかった火が、空気を腐らせる。


「吸っちゃだめ!」

ミラの警告。


太郎は即座に息を止め、布で口元を覆う。若手も倣う。訓練でやった通りだ。

紫炎が線の外で揺れ、やがて霧のように散る。

毒性を帯びた残滓が、境界の歪みに絡み取られて消えていく。


(線が……防いでる)


太郎ははっきりと理解した。

線は結界じゃない。だが、揃った動きが、魔法の狙いを狂わせている。

人類側の術者が一歩下がった。

宝珠の回転が早まる。負荷がかかっている証拠だ。


「押せるぞ」

ガルドの声は低いが、確信があった。

だが、押し切らない。線を越えない。

境界の歪みが、きしむ音を立てて縮む。

完全には消えないが、明らかに後退している。

太郎は胸の奥の痛みを無視して、次の箱に手をかけた。


ここで崩れなければ、今日も生きて帰れる。


異世界の戦場で、理屈ではなく形が勝ち始めている。

その実感が、炎と光の中で、確かに燃えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ