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6-9 5分の当番

翌朝。裏手の空き地には、昨日より人数がいた。第一小隊の若手だけでなく、補給班、伝令役、治療班の見習いまで混じっている。鎧の金具が触れ合う音が、まだ冷たい空気に細く響いた。

 縄で描いた半円は、ミラが夜通し刻印を重ねたらしく、薄い青白さを帯びている。踏み込む足が触れるたび、砂粒が微かに光って沈んだ。

 ガルドが前に立ち、短く言う。

「五分だ。余計な説明は要らん」

 太郎は喉の奥を鳴らした。顔の並びの中に、昨日、森の縁で震えていた新人の顔がある。生きている。それだけで、胸の奥が少し重い。

 イルスが一歩前へ出た。普段より声が硬い。

「……俺が言います」

 太郎は小さく頷いた。ここから先は、太郎がいなくても回る形にしていく。ガルドの言う“型”だ。

 イルスは深く息を吸い、短い言葉を落とした。

「線まで下がる。線の後ろへ勝手に下がらない。合図が聞こえたら、止まって、見る」

 言い切ってから、もう一度、同じ速度で繰り返す。噛まない。息が乱れても言えるように整えた言い方だ。

 若手が口を動かし始め、音が揃う。揃い始めると、場のざわめきが薄くなった。

 ミラが手を挙げ、補足を一言だけ添える。

「線の内側は“戻る場所”。外側は“戻らせる場所”。役目を混ぜない」

 言葉が短いほど、頭に残る。太郎は自分の帳面の端を指で押さえた。書き足した図の上に、朝霧が落ちて湿っている。

 そのとき、空き地の外、石壁の上から見張りの笛が一つ鳴った。遠い森の方角で、魔力がふっとざらつく。誰かが術式を起こしたときの、空気が重くなる前触れ。

 新人たちの肩が揺れた。イルスは言葉を切り、視線だけで落ち着けと示す。

 ガルドが短く言う。

「今のうちに慣れろ。戦場は合図を待たん」

 太郎は息を飲み込み、手を叩いた。

「動きに入ります。最初は歩き。次は速歩き。最後だけ走る」

 合図の札を上げる。ミラが刻印を起動させ、訓練矢の光が石壁に反射した。光は痛いが死なない。それでも、痛みは痛みだ。

「前へ」

 隊列が動く。鎧の擦れる音が揃うと、ただの荒れ地が一瞬、戦場の縮図に変わる。

「退却」

 線まで下がる。半円の内側で足が止まる。止まった者が、横の仲間を見る。見る、が形になる。

 太郎は気づく。昨日までなら、誰かが“先に逃げる”ことで全体が崩れていた。今は、先に口が動く。

「遅れる!」

「右、空く!」

 短い声が飛び、列が生き物みたいに形を保った。

 ガルドが一度だけ頷いた。

「よし。もう一回だ。戦場みたいに、雑にやれ」

 雑に、が怖い。だが、怖い条件で練るのが“やり直し”の意味だ。太郎は縄の淡い光を見下ろし、心の中で同じ言葉を唱えた。

 線まで。線の後ろへ勝手に。止まって、見る。

 再開した二回目。ミラの訓練矢が三本、違う角度で走る。光が頬を撫で、皮膚がじわりと熱を持つ。反射で身を竦めた新人がいたが、足だけは線で止まった。

 その直後、森の縁から“本物”の音がした。甲高い破裂音。木の幹が割れる鈍い音。訓練矢の乾いた弾け方とは違う。

 見張りが叫ぶ声が、石壁の上を走った。

「小隊裏手、散発! 矢だ、伏せろ!」

 一瞬、空き地の空気が凍った。誰かが走り出そうとしたとき、イルスの声が先に落ちる。

「止まって、見る! 線まで!」

 新人たちは、半円の内側に沈むように身を落とした。盾を持つ者が前へ、荷車を扱う者が後ろへ。朝の五分の言葉が、そのまま動きになって出た。

 矢が一本、空き地の端へ突き刺さり、土が跳ねた。魔力を帯びた鏃が小さく唸り、周囲の砂が黒く焦げる。ミラが即座に手を伸ばし、封印の短呪を落とすと、鏃の唸りが紙を濡らしたように静まった。

 ガルドが低く唸る。

「訓練続行。今のが“本番”だ」

 誰も返事をしない。返事をする余裕がない。だが、列は崩れなかった。

 太郎は胸の奥が痛くなるのを感じながら、声を出した。

「今の、よく耐えた。次も同じ。線まで下がる。止まって、見る」

 新人の一人が、震えた息で言う。

「……声、出せました」

「出せたなら生きてる」

 太郎はそれだけ返し、合図札を上げ直した。

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