1-5 居住区
精査の間を出ると、ミラがふとこちらへ向き直った。
「太郎さん。
確認しますが……この世界に住む場所はありますか?」
「え……ありません。ここに来たのも、さっきで……」
ミラは小さく頷いた。
「やはり。柔角族は外地では暮らしにくい種族ですから、本部での保護が必要だと判断していました。」
(やっぱり柔角族扱いされてる……
でも住む場所がないのは否定できない……)
「というわけで、太郎さんの居住区をご案内しますね。」
「ありがとうございます……」
本当に助かるが、状況についていけているかと言われると完全に無理だった。
広い廊下を歩きながら、ミラが説明する。
「太郎さんは柔角族の特徴である“静寂適性”をお持ちのようなので、
静かに過ごせる“静寂棟”を用意しました。」
(静寂適性ってなんだ……?
ただ声が小さいだけなんだけど……)
疑問で顔が固まりかけたが、
ミラはそれを“柔角族らしい沈黙”と解釈したようだ。
「……言葉を慎重に選んでいらっしゃるんですね。
柔角族の方は、自分の角について多くは語らないと聞きます。」
(えっ、そんな設定あるの!?
知らなかったんだけど!?)
太郎が知らないだけなのに、
ミラは勝手に柔角族の文化として納得していた。
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少し歩くと、すれ違う兵士がひそひそ声を上げる。
「柔角族……?」
「本当にいたのか……」
「角の形、文献の通り……!」
(いや文献って……俺の角は千円の——いや言わないほうがいいなこれ)
太郎は沈黙した。結果として、その沈黙すら評価される。
「ほら、柔角族は角の話題に慎重だろ?」
「そうだな。彼は典型的だ……」
(違う! 違うけど否定できない!!)
そのまま歩いていると、別の兵士のぼそりとした声が聞こえる。
「今日も休憩取れなかった……」
「また新人が辞めたってよ……」
「報告書の書き方、誰も教えてくれないしな……」
(あれ……? なんか現代の職場と似た問題が……)
太郎は聞き耳を立てるつもりはないのに、自然と聞こえてしまう。
ミラが苦笑した。
「魔族本部は職務が多くて……人材が定着しにくいのです。
柔角族の方なら静かな環境を好むので、負担が少ない棟に案内しますね。」
(いや俺、柔角族じゃないんだけど……
でも確かに静かな場所は好きだけど……)
「こちらが太郎さんの部屋です。」
ミラが扉を開く。
ベッド、机、棚、魔石ランプ。
質素だが清潔で、落ち着く空間。
「太郎さんの角の形状は開示の角ですが、
それでも静寂環境との相性は良いと考えています。」
(開示の角ってなに?
どの資料に載ってるの?
俺ほんとに何も知らないんだけど!?)
太郎が何か言おうとすると、ミラはその反応すら肯定した。
「……柔角族の方は、自分の角について語りたがらないんですよね。
無理に説明しようとしなくていいんですよ。」
(いや言えないだけなんだけど……!)
「太郎、何かあれば俺の部隊を呼べ。
変な輩が来たら追い払う。」
ラグナが軽く肩を叩く。
「は、はい……」
「緊張して角が動きすぎたら、ゾルダに相談しろよ。
寝返りで痛めたりするからな。」
(寝返りで痛めるって……角、そういう実害あんの!?)
ゾルダも穏やかに言う。
「柔角族は繊細ですからね。
遠慮なく言ってください。」
(いや俺ほんとは繊細でもないし柔角族でもないんだけど……)
「今日は休んでください。
明日から改めて生活の説明に入ります。」
「……わかりました。ありがとうございます。」
扉が閉じると、
太郎はベッドに腰を下ろして深く息をついた。
(……角のこと全然知らないの、バレない……よな?
いや……そもそも知らないふりだと思われてるし……
なんだこの状況……)
そのとき――
ぴょん
(揺れるな!!!)
誰もいない部屋に、太郎の心の叫びが虚しく響いた。




