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6-2 砦の裏の空き地

 砦の裏手は、ちょっとした荒れ地だった。

 石壁の影になって日が当たりづらいせいか、草はまばらで、踏みしめられた土だけがむき出しになっている。


(……ここなら、声出しても前線には聞こえないか)


 太郎はぐるりと一周して、荷車が通れる幅や足場の固さを確かめた。

 ぬかるみも穴もない。転んでも、大怪我にはならなさそうだ。


「ちょうどいいな。派手な魔法さえ撃たなければ、怒られないはず」


 小さくつぶやいたところで、背後から足音がした。


「太郎さん?」


 振り返ると、ミラがウルダを伴って立っていた。

 ミラは空き地と太郎を交互に見て、目を細める。


「朝から裏手で何をしているのかと思えば……視察、ですか?」

「はい。さっき隊長と話した前線準備訓練の場所にいいかなと思って」


 ウルダがぱっと表情を明るくした。


「ここで、ですか? 安全そうです」

「安全そうくらいが、ちょうどいいんですよ」


 太郎は空き地の中央まで歩き、土の上にしゃがみ込む。


「まずは、退く練習をここでやります」


「退く練習」


 ミラが言葉を繰り返す。

 太郎は指先で、石壁と並行に一本の線を引いた。


「ここを、仮の退く線にします。

 前線のつもりでここより前に出て、危ないと判断したら全員ここまで下がる。

 どんな状況でも、ここまで下がればいいって線を、最初に決めておきたいんです」


 ウルダがその線を覗き込みながら、そっと聞いた。


「今までは……そういう線、なかったんですよね」


「ええ。

 行けるところまで行けだと、真面目な人ほど限界を越えてしまいますから」


 太郎は線から三歩ほど下がり、円を描くように足で土を削った。


「で、ここを荷車の位置ってことにする。

 退くときは必ず、この円の外には荷車を出さない。

 今日みたいな戦い方だと、荷車が動き回るとそれだけで危ないので」


 ミラがふっと笑う。


「自分で言えるくらいには、危なかった自覚があるんですね」

「正直、何度か自分で邪魔だと思いました」


 太郎も苦笑しながら続ける。


「だから、最初から荷車はここ下がるのはここって決めて、体で覚えてもらいたいんです。

 細かい魔法や剣の振り方は、俺より得意な人がいくらでもいますから」


 ミラは引かれた線をじっと見つめ、やがて自分の足で、その少し前に別の線を刻んだ。


「では、ここを踏ん張る線にしましょう」

「踏ん張る線?」


「はい。隊長と、前線を任された者だけが一時的に立つ場所。

 全員が退くのではなく、ここから前は時間を稼ぐ役目、

 ここから後ろは生かして戻す役目と分けたほうが分かりやすいと思います」


 ウルダが顔を上げた。


「じゃあ、私はどこにいればいいですか?」


 太郎は二本の線の間を、足で軽くなぞった。


「基本は、この間ですね。

 前からけが人が下がってきたら、ここで受ける。

 薬や水を渡して、さらに後ろへ送る。

 前にも後ろにも、すぐ動ける位置です」


 ウルダは、その場所に一歩踏み出してみる。


「……たしかに、落ち着いて周りを見られそうです」

「戦えない人ほど、全体を見てほしい場所ですから」


 太郎は立ち上がり、空き地全体を眺めた。


「今日は、ここで線の感覚を体に入れてもらうだけにします。

 走る、下がる、荷車を避ける。

 それを一度やっておくだけでも、本番で足がすくみにくくなるはずです」


「言葉だけじゃなく、動きで覚えさせるわけですね」


 ミラの声には、納得とわずかな期待が混じっていた。


「それと、昨日話した短い声かけも、ここで試したいです」


「五分トーク、ですね」


「はい。出る前に全員に同じ言葉を聞かせて、

 ここではその通りに動いてもらう。

 うまくいけば、本番のときあのときと同じだって思ってもらえるかもしれません」


 ウルダが小さく笑った。


「なんだか、ちょっと楽しみになってきました。

 ……怖いですけど」


「怖いままで大丈夫ですよ」


 太郎は静かに言う。


「怖いままでも動けるように、ここで準備するんですから」


 そのとき、砦の上から号令の声が降ってきた。


「第一小隊、新人・若手、小隊裏手に集合!

 前線準備訓練、これより開始!」


「早いですね、隊長」


 太郎は苦笑しながら、土の上の二本の線をもう一度見下ろした。


(この線の内側に、何人立つことになるんだろう)


 頭の上で角が、かすかに揺れた。

 それに触れず、太郎は顔を上げる。


「じゃあ、迎えに行きましょうか。

 今日からここが、“生きて帰るための最初の場所”ってことで」


 ミラとウルダがうなずく。

 三人は砦の裏手の出口へ向かって歩き出した。

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