男装令嬢、婚約破棄したってよ
第五話です。
やっとタイトル回収がなされました。
ですがアネッサは今後も登場する予定です。
楽しんでいただければ幸いです。
わたくしが一生分の対人エネルギーを使い果たしたあのお見合いから、早くも三日が経ちました。
結局あの後アネッサさんとは特に何もなく、当たり障りのない話をしただけで終わってしまいました。
それよりも、メイジーとカイトさんが使用人談義に花を咲かせ、主人であるわたくし達よりもお見合いをエンジョイしてらっしゃったりしたのですが(お父様はキノコ人間と化し、ジメッとした空気を部屋の一角に作り出しておりました)。
それにしてもアネッサさん、素敵な方でしたねぇ。
話し方や表情が明るくフレンドリーで話しやすかったですし、わたくしが極度の人見知りであることを察されたのか、無闇矢鱈と突っ込んだ質問はされませんでしたし。
コミュニケーション能力と思いやりがものすごくある方、と表現したら良いでしょうか。
わたくしと足して二で割ったらちょうど良い気がします。
まぁ、全てもう終わったことです。
あちらがいくらエクリアナ家に興味を持っているとはいえ、わたくしと婚姻を結ぶことは絶対にできませんし。
多分もう関わることもほとんどないのではないでしょうか。
少し名残惜しいといえば、名残惜しいですけれど。
そんなことに思いを馳せていると、ドタバタと大きな音が部屋の外の廊下に鳴り響きました。
お父様はあんな歩き方されませんし、ここはわたくしの部屋。
わたくしの部屋は、本館とはいえ二階の隅に造られていますから、こんなところまで来るのは専属のメイドくらいしかおりません(部屋の場所に関しては、なるべく人が来ないところというところでお父様に相談いたしました)。
と、いうことは___。
「___メイジーったら。はしたないですねぇ……」
そう、わたくしの親友兼使用人のメイジーです。
わたくしよりもマナーにうるさいメイジーがこんなに足音を立てて歩くだなんて、何かあったのでしょうか。
小さな声で思わず呟いてしまいます。
数秒後、突然足音がわたくしの部屋の前で立ち止まったかと思うと、「失礼します!」の威勢の良い宣言とともにバタンと勢いよくドアが開かれました。
「ひぇっ」
心臓が止まるほどびっくりいたしましたが、そこには、やはりわたくしの予想通りの姿が。
慣れ親しんだ相手とわかったら、心臓のバクバクも多少はおさまりました。
「メイジー!どうされたんですか?」
今日も今日とて良い天気、それに比例してすこぶる機嫌が良いわたくしはニコニコ顔でメイジーに問いました。
が、彼女の方はそうでないらしく、カツカツとブーツの底を鳴らし、すさまじい剣幕でわたくしに詰め寄ってきます。
目線の圧が強いので、正直少し怖いです。
気迫がものすごいですよ、メイジー!
本当にどうされたんですかっ!?
「ちょっ、ちょっ、落ち着いてください……」
わたくしの制止もむなしく、メイジーはわたくしの前で立ち止まると、カッと目を見開いて叫びました。
「落ち着いてなんていられるものですか!まさかとは思いますけれどヘレナ様、まだお聞きになってないんですか!?」
「え、えぇ?ちょっとメイジー、何のことですか……」
同い年のはずなのに、わたくしの方が身長は高いはずなのにっ!
どうして、どうしてこんなに圧を感じるんですかぁ!?
本気で怖いですよ、メイジー!!
わたくしが心の中で叫んでいると、メイジーは手に持った封筒から一枚の紙を取り出し、わたくしの眼前にピッと突きつけました。
「お読みくださいっ!」
息も荒くメイジーが言うので、わたくしは慌ててその文字の羅列を目で追い始めました。
文字が小さい上ところどころが異国の言葉で印刷してあり、読みにくい事この上ないです。
それでもなんとか目を凝らしつつ、わたくしはそれを声に出して読み上げました。
「えぇーと……『次の書は、永遠の契りを誓うものである。一つ、裏切り行為にあたることをしないこと。一つ、互いを思い合うこと。一つ、不誠実な対応をしないこと。一つ、常に思いやりの気持ちを持つこと』なんですかこれ、長ったらしいですね……えーと、『以上をもって、永遠を誓い合うことができるなら、この欄に署名すること』何だか、嫌な予感がしますよ……えぇっと?『こちらの書は、婚約書として制約をもつぅぅぅぅ!?』」
わたくしは一番最後の文に衝撃を受け、思い切り目を見開き叫びます!
先ほどメイジーが取り乱してらした理由が分かりました!!
確かにこれは、落ち着いてなんていられませんね!!
「こっ、こっ、婚約書ぉぉぉ!?これっ、まさかとは思いますけれど、アネッサさんからじゃないでしょうね!!?」
メイジーはぶんぶんと首を振り、紙の下の方を指さしました。
「そのまさかですよぉ!署名の欄を見てくださいっ!!」
そこには、大変几帳面な文字で書かれた「アネッサ・ベル」の名前が!!
これっ、あちらがご自分で書かれたんですよね!?
そんな強引な事するタイプには、到底見えませんでしたのに……よっぽど、わたくしの家に興味があるんですね!!?
「ちょっ、ちょっ、えぇぇぇぇ!?どういたしましょう、メイジー!!」
「私もわかりませんよっ!先ほどカイト様に電話いたしましたけど、『あははー』と笑って済まされましたし!!」
わたくしとメイジーがわぁわぁと騒いでいると、メイジーが手に持った封筒から、もう一枚の紙がひらりと落ちました。
「何か落ちましたよメイジー!」
「えっ!?なんですかぁっ!?」
メイジーは未だ取り乱しつつ床に目をやり、その紙を拾い上げました。
混乱のせいでその手には力が入り、拾い上げられた紙にもくしゃりとシワが寄ってしまっています。
でもわたくしもそんな事どうでもいいほど慌てているので、メイジーには何も言いませんでしたが。
メイジーはその紙に目を落とし、滔々と読み上げ始めました。
わたくしも、横から紙をのぞき込みます。
そこには、手書きの文字が整然と並んでいました。
どうやら手紙のようですね。
アネッサさんが書かれたんでしょうか。
「えぇーと?『ごきげんよう、ヘルドさん。お元気ですか?このような、急に手紙をお送りいたしましたのには、理由がございます。それはひとえに、私とヘルドさんの婚約のためです』」
この辺でメイジーの手にさらに力が入り、紙はくしゃりとと音を立てて丸まりました。
「あわわわ、メイジーッ!読めなくなってしまいますよっ!」
「……あっ。すみません、少し心が荒ぶっているもので」
メイジーはハッとし、いそいそと丸まった紙を広げ始めました。
紙はもう修復不可能なほどダメージを受けておりますが、わたくしがメイジーの立場でもそうなる自信はあるので、あまりとやかいことは言えません。
メイジーはコホンと咳払いをし、続きをまた読み始めました。
「『ヘルドさんはシャイでいらっしゃいますので、恐らくご了承はされないでしょう。えぇ、わかっております。なので私、そんな事もあろうかとこちらの方で先にヘルドさんとの婚約を結んでおきました』」
グシャリ。
またもやメイジーの手に力がこもり、人差し指が紙を突き破ってしまいます。
わたくしはメイジーを制しつつ、スッとしゃがんで手紙の破片を拾い上げました。
メイジーは再度咳払いをし、何事もなかったかのように読み進めました。
「……で、えーと……『了承していただけるといいのですけど。ヘルドさんとは積もる話もございますし、やはりあのお見合いの一回だけではつながりが薄く、また会える可能性は低いので、このように無理やりつながりを作らせていただきました』」
メイジーの親指が手紙に二つ目の穴を作ったので、わたくしは彼女の手からスッと紙を抜き取り、自分で目を落としました。
「えぇ……『ヘルドさんなら、良いお返事をいただけると信じております。国にお頼みして、またお見合いの席を設けましょうね。ヘルドさん。……いえ、今の関係でしたら、こう言ったらいいのですかね……また会いましょう、ダーリン。 では、ここらで一度筆を置かせていただきます。これから寒さが緩和されますが、まだまだ寒い日が続きます。ヘルドさん、どうぞご自愛ください。 アネッサ・ベル P.S. 実感が欲しいので、同封した婚約書(形式的なものではありますが)に署名をし、ベル家宛に送り返していただけると幸いです。』」
なんとか最後まで読み上げたわたくしの手にも力が入り、手紙に三つ目の穴が穿たれました。
「えっ、えっ……婚約、ですか!?無理やりに!?しかも、もう婚約が結ばれている、ということですか!!?」
そんな……。
アネッサさんは知りませんが、わたくしも女なのですよ!?
わたくしは婚約なんていたしません!
誰とも!!
確かにアネッサさんは良い人でしたが、婚約だなんて嫌です!!
人見知りにそんな、酷な話ですよ!!
わたくしは両手で手紙を掴み、ビリッと力の限りに引き裂きました。
「婚約なんて、無理ですよっ!!!アネッサさんには悪いですけど、破棄させていただきます!!!!!」
わたくしは叫び、わなわなと震えているメイジーと共に、婚約破棄を役所に伝えるべく電話をかけ始めました。
閲覧ありがとうございました。




