お見合いなんて無理ですが!? 〈1〉
続きました。第二話です。
楽しんでいただければ何よりです。
ちなみに分かりにくければの補足ですが、ヘレナが男装した際の偽名がヘルドです。
「ヘレナ……いや、ヘルドだったかな。今は」
「家ではどちらでも良いですよ、お父様。それで、なんでしょうか?」
朝も早くからお父様に呼び出されたわたくしは、ネグリジェの裾を引きずりつつ父の書斎を訪れました。
まだ首がカクカクしますし、目も意識もぼんやりしていますが、こんなに早くからお父様がわたくしを呼び出すなど、何か緊急を要する事態が起きたとしか思えません。
普段のお父様は、客観的に見ても娘であるわたくしに甘々で、滅多にわたくしの予定を早朝に入れることはございませんから、なおさらです。
だからといって、眠いことは変わりませんけれど。
わたくしは眠気覚ましに部屋の中をぐるりと見渡しました。
相変わらず本がお好きなんですね……、と壁一面の本棚を見ながらぼんやり思います。
わたくしは物語は好きですが、如何せん読むのが遅く、何度も読み返すうちに諦めてしまうことが多いので素直に尊敬します。
お父様も位の高い貴族でお忙しいでしょうに、どうやって読書の時間を捻出しているのかは未だに謎ですが。
眠気眼をこすりつつ背表紙の文字を目でなぞっていると、お父様が口を開きました。
「実は、お見合いの話が___」
「____いやいやいやいやいやいやダメですないですキャンセルでお願いします」
「早いな、反応が」
わたくしは勢いよく首を横に振り、ノンブレスで言い切りました。
ムリムリムリムリ、無理です!
本当にお見合いは、わたくしの人生の中で回避したいことランキングトップスリーにランクインするレベルで嫌です!!
お父様、わたくしが人見知りで人とのコミュニケーションが極端に下手なことくらい重々承知でしょうに!
なんて意地悪を仰るんですかっ!!
お父様は苦笑しながら話を続けました。
「まぁそう言うと思ったよ。ヘレナだしな。だけどな……」
はて。
だけど、とはどういうことでしょうか。
なんだか良からぬ気配を感じますよ、お父様っ!
これでろくもない内容でしたら、一週間お父様のご飯に酢の物を入れるよう料理長に頼みますからねっ!
そんなわたくしの心を知ってか知らずか、お父様は飄々と変わらぬ様子で告げました。
「先方が、異国のお嬢様で。その貴族も、相手国の要人でさ。断るわけにもいかないし。第一、相手がものすごいヘレナに……というかヘルドに、興味をもってるんだ。別に婚姻の話を受けなくてもいいから、行ってくるだけ行ってきてくれないか?」
「え……と、ハイ?」
えぇっと……ちょっと、お待ちください、お父様!
なんだか、ツッコミどころが多すぎてどこから言ったらいいのか分かりません!
というか、お見合いの話って、「ヘレナ・エクリアナ」でなく、「ヘルド・エクリアナ」にですか!?
いや、そりゃあヘレナの存在はほとんど外部に漏れていないわけですし、つい先日ヘルドとして表に出たのですから、考えてみれば当たり前と言えなくもないのですけれど。
でも、男装でお見合いをするなど本当に無理ですよ!?
ボロが出ても、逃げ場がないじゃございませんか!!
大体、わたくし、個室で一対一で(親御様もいらっしゃりますけれども)話せる自信ございませんよ!
ちょっとお父様ぁ!!
ついこの間まで「こんなに可愛い一人娘を、誰だか知らんどこだかの馬の骨の元にやれん!」とか言って、お見合いしたくないわたくしの意見に賛同してくれていたくせに、なんて手のひらの返しようでしょうか!!
「お父様!わたくし、ほんとに無理ですよ!?男装ってバレたらどうするんですかぁ!」
「大丈夫大丈夫。なんとかなるよー」
「軽い!軽すぎますよ!」
「まぁまぁ。でさー……この話、実は一週間前くらいに来たんだよね……それでさ、ずっと伝えるタイミング逃してて……」
「ハイ!?」
さらに、一週間前の話ですと?
それってつまり、お見合い自体が直近にあるということではないですか!!
まだ心の準備ができておりませんのに!!
お父様は再度口を開きました。
「……それでな、その、お見合いの会が……今日なんだ」
「今日!?」
しかも、今日!?
嘘ですよね、お父様っ!?
その顔を見るも、冗談を言っているようにはとても思えません。
わたくしは半ばパニックになりつつお父様に言いました。
「ちょっ……もっと早くいってくださいよ!いや、断れることなら断っていただきたかったですけれど!いくらなんでも、今日って!」
わたくしが一気にまくし立てると、お父様は心なしかシュンとしてもごもごと口を開きました。
「だって……ヘレナをお見合いに行かせられないし……断ろうと健闘はしたんだけど……というか___」
お父様は一度言葉を切り、ストンと目を閉じました。
ふぅ、と長い深呼吸が聞こえます。
なんでしょう、なんだか悪い予感がいたします。
数秒置いて、お父様はカッと目を見開かれました。
「___僕だってこんなに可愛い可愛い娘を何だかわからん異国の野郎のところに行かせたくないよ!だからギリギリまで渋ってたのに……女だからいいけど、これで男だったら先方の意向も国のあれこれも無視して断ってたから!大体目に入れても痛くないレベルなのに___あ、まだヘレナが小さい頃実際に入れようとしてみたら少し痛かったけど___嫁にやるとか考えただけでゾッとする!もうヘレナずっと家にいていいよ!お見合いとかいいから!どうしようもうこれでヘレナが公の場に出たことでこの可愛さが知れ渡ってしまったら……」
「アッ……」
わたくしは息をのみました。
たまにあるんですよね、こういうこと。
ふとした瞬間に愛娘(自分で言うのもなんですが)への愛があふれ出る時。
これ、こうなられたら数分間わたくしへの思いを一人で延々と語り続けられてしまうのてすよねぇ。
もう慣れてしまった自分が悲しいです。
わたくしはそっと書斎を出て、がちゃんと重い扉を閉めました。
「メイジィィィィ!どういたしましょう!!!!」
廊下に出たすぐそこで慣れ親しんだメイドの姿を見つけ、わたくしは半泣きで駆け寄りました。
……が、メイジーの様子がいつもとは違います。
はて。
何だか焦っているような、鬼気迫るような……。
と思ったら、今度はメイジーにがしりと肩をつかまれました。
「ひぇっ……」
思わず情けない声が口から漏れます。
それもそのはず、メイジーの気迫が尋常じゃありません。
瞳はカッと開き、わたくしの肩をつかむ手にはかつてないほどの力が込められています。
「メ、メイジー?あの、どうされたので……」
「ヘレナ様!旦那様からお聞きいたしました!」
はい?
旦那様って、お父様ですよね。
お父様から聞いたって、何を。
わたくしが問う前に、メイジーは早口でまくし立てました。
「本日お見合いなのでしょう!?貴女が望んでいるかは分かりませんが、お相手の方もかなりのお偉方だそうじゃありませんか!!こんなところをほっつき歩いている場合ではございませんよ!婚姻を結ばないにしても、失礼のないようにいたしませんと……」
メイジーは掴むのをわたくしの肩から腕にチェンジし、これまたものすごい力でぐいぐいと引っ張りました。
「こうしてはいられません!ヘレナ様!部屋に戻りますよ!お召し替えいたしましょう!!今日は髪結いも化粧も私がやりますからね!!」
「は、はい……」
その気迫に押され、思わず頷いてしまいました。
メイジーは満足したように頷くと、わたくしの「ちょっと待ってください、メイジィィィィ!」の叫びを完璧にスルーし、まっすぐに部屋へとわたくしを引っ張っていきます。
あぁぁ、どういたしましょう!!!
わたくしは心の中で嘆きました。
閲覧ありがとうございました。




