第70話 夢にまで見た結婚式、永遠の誓い
小鳥のさえずりが聞こえる朝だった。
白い光がレースのカーテンを透かして、部屋の中を優しく照らしている。
ずっと待ち望んだ日が、とうとうやって来た。
今日は――私、有動未春と桐生尚也さんの、結婚式の日。
といっても、盛大な式ではない。
家族とごく近しい人たちだけの、小さな式。
尚也さんと二人で相談して決めたんだ。
社長夫妻に盛大な式をするよう言われたが、尚也さんと二人で断った。
――華やかさよりも、「感謝」を伝えるための場所にしたかった。
式場は小高い丘の上のチャペル。
窓の外には青い空と、春の花が咲く庭園が広がっている。
控え室の化粧台の前。
そこに座る私は、少し天を仰ぎ、深呼吸をする。
鏡に映る純白のウエディングドレスに袖を通した自分を見つめると、胸がいっぱいになった。
(ここまで……本当に、いろんなことがあったな)
両親の死、どん底の生活、親友の激励、就職と初恋。
彼と親友からの裏切り、再びどん底、そして再生。
けれど、その度に支えてくれた人たちがいた。
そして、何より今――隣には、頼れる彼がいる。
チャペルの扉が開く。
その先に――尚也さんが立っていた。
凛とした純白のタキシード姿。
いつもより少し緊張した面持ちで、けれど、確かに微笑んでいた。
「……綺麗だ」
「……ありがとうございます」
短い言葉だけで、心が満たされていく。
誓いの言葉を交わす間、はっきりと思った。
――“この人と出会えて、この人と一緒になれて、本当に良かった”と。
◆◆◆
式が終わると、お色直しだけして衣装はそのままでみんなと再会する。
チャペルの外には家族と仲間たちが待っていた。
来てくれたみんなと談笑する。
しばらくして、紫色のドレスを着た麗華さんが私に近づいてくる。
「あなた、本当に綺麗よ。今日のあなたを見たら、誰も何も言えないわね」
「ありがとうございます……麗華さん」
莉子ちゃんが泣きながら手を振ってくる。
「未春師匠、最高ですーっ! もう、絶対幸せになってくださいね!」
「ふふ……ありがとう、莉子ちゃん」
そして持っているブーケをそっと彼女に渡す。
「し、師匠!」
「次はあなたが幸せになる番ね。我が弟子よ」
「ううっ……師匠、一生ついていきますっ!」
莉子ちゃんがうるっとして泣き出した。
そんな姿に、みんなで笑い合った。
桐生社長夫妻も微笑みながら頷いている。
「まるで、ルミナリエの光そのものだな」
「そうね、尚也も本当にいい相手を見つけて、よかったわね」
みんなの温かい言葉と笑顔が胸に染みていく。
“祝福”が輪のように広がっていくのがわかった。
◆◆◆
結婚式が終幕を迎えようとした時だった。
私は尚也さんとも離れ、一人になっていた。
突然、一人の女性が門の前に立っていた。
髪を振り乱し、息を切らせている。
「……未春!」
女性から声をかけられる。
その声は、懐かしさと共に心に響いた。
「か、伽耶なの?」
忘れもしない、私のたった一人の親友。
「何とか……間に合ったようね。遅くなってごめんなさい」
彼女は息を整えながら私の方を見た。
「来てくれたのね」
私の言葉に、彼女はこちらに歩きながら答える。
「ええ。直接……謝りたかったの」
「……伽耶」
彼女が私の前に立つ。
「未春、裏切ってごめんなさい。……許さなくていい。謝りたかったの」
彼女はそう言うと、その場に崩れ落ちた。
いつでも前向きで、頼りになる存在。
私を引っ張り、支え、守ってくれた。
「伽耶。顔を上げて」
私はそっと手を差し伸べた。
彼女が顔を上げ、大きな瞳で私を見る。
出してきた手を握り、立ち上がらせる。
「伽耶、来てくれてありがとう。謝ってくれて、ありがとう」
そう言うと、なぜか色々な思いが込み上げ、涙が自然と浮かんだ。
「未春……」
「伽耶。……これからも私の親友でいてくれる?」
私は半泣きを堪えながら言った。
「もちろんよ。約束する」
伽耶の目はまっすぐ私を見つめている。
抑えていた涙が堰を切ったように溢れ出た。
「伽耶ぁ!」
気が付けば彼女に抱きついていた。
涙がとめどなく溢れ、彼女の首筋を濡らした。
それは、今までの私の中にあった、彼女に対する悪い思いを洗い流した。
そして残ったのは、頼りになる大親友としての姿だった。
「未春、結婚おめでとう」
「……あ……ありがとう。……伽耶!」
――私たちの絆が、戻った瞬間だった。
こうして、私と尚也さんの結婚式は無事、幕を閉じたのだった。
◇ ◇ ◇
翌日の午後、私は尚也さんの車で二人、遠出した。
向かう先は――安曇野の墓地。
二時間後、私たちはその地へやって来た。
花束を手に、墓前に立つ。
風が優しく吹き抜け、花びらが舞い上がる。
「お父さん、お母さん。私たちは昨日、結婚しました」
声を出した瞬間、胸の奥が熱くなった。
「ずっと、見守ってくれてありがとう。……私、幸せです」
隣で尚也さんが膝をつき、花を供える。
「お父さん、お母さん。改めてお伝えします。この先、どんな時も彼女の隣で支え合い、共に愛し、生きていきます」
まっすぐで力強い言葉。
見ている私の目から涙が伝った。
吹き抜けるそよ風の中に、その言葉や思いが吸い込まれていった。
私は尚也さんの手をそっと握る。
そしてしっかりとその瞳を見つめ、答えた。
「尚也さん……ありがとう。これからも、よろしくお願いします」
「……ああ。これからも、ずっと」
そのまま、尚也さんが私をそっと抱き寄せる。
耳元で聞こえる心音が、静かに重なっていく。
花びらが風に乗り、私たちの周りを包んだ。
それはまるで、両親の祝福のようだった。
夕方、丘を降りる頃。
空は淡い橙色に染まり、雲がゆっくりと流れていた。
手をつなぎながら歩く帰り道。
尚也さんがふと、笑って言った。
「……この道を、何度も歩けるといいな」
私は微笑み、答えた。
「はい。あなたと一緒に」
風がそっと優しく吹き抜ける。
木々が揺れて、鳥が鳴いた。
私はそっと目を閉じた。
尚也さんが私の頭を引き寄せ、唇が触れあった。
しばしの時間の後、唇が離れる。
あの頃の私が見上げた空と、同じ色の空。
けれど、もう涙は流れない。
(――私は、もう一人じゃない)
隣には、同じ景色を並んで見てくれる、愛する人がいる。
これからも、ずっと一緒に、寄り添いながら歩いていくんだ。
◆◆◆
その夜、ベランダに出ると満天の星。
静かな夜風が、頬を撫でた。
「ねえ、お父さん、お母さん……」
夜空を見上げて、そっと微笑む。
「見てくれていた? 私ね、ちゃんと幸せになれたよ」
夜空の向こうから、柔らかな光が瞬いた。
まるで、二人が笑ってくれているように。
私は小さく手を胸に当て、目を閉じた。
――婚約者と親友から裏切られたあの日。
私にはもう生きる希望すら無くなってしまった。
けれど、たくさんの温かい存在と出会い、ここまで必死に歩んできた。
今度こそ、この幸せを噛みしめ、離さないんだ。
そして……。
――この心の中に芽吹く、幸せと愛がある限り、私たちの誓いも、永遠に続いていく……。
◆第五章 完◆




