第68話 綾乃さんへの報告、互いの思い
今日、綾乃さんへ直接結婚報告をする。
緊張の面持ちで会長室のドアをノックした。
「どうぞ。お入りになって」
「失礼いたします」
ドアを開け、深く一礼する。
綾乃会長はいつもの白い和服を着こなし、凛として私の前に座っている。
「おめでとう、未春ちゃん。結婚式の日取り、決まったのね」
「はい。ありがとうございます」
席に座ると、綾乃さんは目尻をふわりと緩めた。
「尚也は不器用だけれど、根は優しい子よ。あの子があなたを選んだのは、当然と言えば当然ね」
綾乃さんはそう言って微笑んだ。
「そ、そんな……。最初は大変でしたよ、本当に」
「そうだったのね。あの時の未春ちゃんは……可愛かったけれど、壊れそうでもあったものね」
ふっと綾乃さんの視線が柔らかくなる。
恋人のようで、母親のようで、でもどちらにも当てはまらない“特別な視線”。
(……こういうところがずるいんだよ、綾乃さんは)
「綾乃さんのおかげです。この会社を紹介してくれなかったら、私は……」
綾乃さんは紅茶を一口飲んで、私の目を見つめた。
「あなたの努力と魅力が、今のあなたを作ったのよ。私が手を貸したからでも、会社に拾われたからでもないわ」
「……綾乃さん」
「もっと自信を持ちなさい。あなたは“選ばれた子”よ、未春ちゃん」
その言葉とともに、綾乃さんはそっと私の手に触れた。
ほんの一瞬。でも、それだけで心臓が跳ねる。
いつものように、優雅で、慎ましくて――
けれどその中に、確かに“自分だけに向けられた甘さ”がある。
指先に触れた温度が、今までより温かい。
「……尚也のこと、よろしく頼むわね。あの子は強いけれど、同時に……繊細よ。あなたが必要なの」
「はい。必ず、支えます」
「ふふ……その言葉が聞けてうれしいわ」
綾乃さんは紅茶に唇を寄せて、ふっと微笑む。
「あなたが尚也と結婚までするとは、正直考えもしなかったわ。やはり私の目に間違いはなかったみたいね」
「……私もです。綾乃さんには本当に感謝しています」
その瞬間、綾乃さんの目が細まり、微笑みが溢れる。
柔らかく、優しい表情。
上品な立ち振る舞い、気品溢れるオーラ感。
――この人は、本当に。人の心を奪うのが上手すぎる。
綾乃さんが会長たる所以、わかる気がする。
そんな私の心も、すっかり綾乃さんの虜になってしまっていた。
「今日はこのくらいにしましょう。式には参列させてもらうわ」
「は、はい。今日はお時間をありがとうございました」
あれっ、いつもの綾乃さんじゃない?
少し肩透かしを食らった気分だった。
「また結婚式場で会えるのを楽しみにしているわ」
上品な微笑みで私を見送ってくださった。
こうして、一番の恩人に挨拶と報告ができたのだった。




