第66.5話 墓前の誓い
空は、どこまでも高く澄んでいた。
風が頬を撫で、木々の葉を揺らす。
鳥の声が遠くで響く中、俺は静かに立っていた。
ここは未春の故郷、富山県安曇野。
目の前には、未春の両親の墓。
その前で、彼女は小さく膝をつき、花を供えていた。
彼女の頬を涙が伝っている。
淡い桜色のスカーフが、風に揺れる。
「……お父さん、お母さん。帰ってくるのが遅くなって、ごめんなさい。もう少し、強くなりたくて……でも、やっとここに来られました」
彼女の背中を見つめながら、この日をどれほど待っていたかを思い知る。
やっと、彼女の“原点”に触れられた。
そして、ここで伝えるべき言葉を――ずっと胸の奥で温めていた。
彼女が立ち上がり、少し微笑んだ。
「お父さん、お母さん。これが……私の、大切な人です」
その声は小さく震えていたけれど、しっかりと前を向いていた。
俺は一歩、前に出た。
「……有動さんのご両親。初めまして。桐生尚也と申します」
深く頭を下げた。
冷たい石の前で、時間が止まったような静けさ。
風が吹き抜け、花びらがひとひら、墓前に舞い落ちた。
「未春さんは、とても強い人です。けれど、その強さの裏で、誰よりも人を思いやる。彼女に出会って、私は何度も救われました」
ゆっくりと息を吸い込み、胸の奥から、まっすぐな言葉を紡ぐ。
頭を下げたまま、目を閉じた。
「……どうか、彼女を、私にください。この先、どんなことがあっても、私が隣で守ります」
しばらくの沈黙。
風が頬を撫で、どこか遠くでカモメの鳴き声が聞こえた。
ふと肩に、柔らかな温もりを感じた。
顔を上げると、未春が私の腕に手を添えていた。
瞳が涙で揺れている。
「……お父さん、お母さん。私、幸せになります。尚也さんと、一緒に生きていきます」
その言葉に、俺は心の中で静かに微笑んだ。
彼女の手をそっと握る。
その瞬間、風の音色が優しく変わった。
まるで、俺たちのことを祝福するように。
◆◆◆
帰り道、彼女は無言のままだった。
だけど、表情は穏やかで、どこか晴れやかだった。
沈みゆく夕日が、彼女の頬を淡く染めていく。
「……ありがとう、尚也さん。もう一度あの場所に立てたのは、あなたがいたからです」
「俺の方こそ、ありがとう。また、何度でもここに来よう、一緒に」
「はい!」
互いに笑い合う。
その笑顔が、言葉よりもずっと確かな“誓い”に思えた。
◆◆◆
夜、宿に戻ってから、彼女はベランダから夜空を見上げていた。
満天の星。
静かな風が頬を撫でていく。
そっと隣に立つと、彼女が小さく呟いた。
「……ねえ、尚也さん。お父さんとお母さん、笑ってくれてたかな」
夜空を見上げる無邪気なその横顔にドキッとする。
「きっと、すごく笑ってたさ。未春がここまで頑張ったこと、見ていたはずだ」
彼女は小さく頷いて、私の方を見上げた。
その瞳の奥に、もう迷いはなかった。
「尚也さん、私ね……あなたの傍にいると、自分が好きになれるの。昔は、自分のことなんてそんな風に思えなかった」
一瞬驚いたが、いつも通りに答えを返す。
「それでいい。俺は、君がこれからもそうやって笑えるようにしたい」
そう言って、そっと彼女の手を握った。
彼女の指先が、私の手を優しく握り返す。
夜空に一つ、流れ星が流れた。
その光が、俺たちの誓いを包み込むように消えていった。




