表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約者に捨てられ、親友に裏切られた私ですが――どん底からのストーリー  作者: ワスレナ
第四章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/90

第61話 幸せの時、静かな約束

 尚也さんと婚約してから、一ヶ月が経った。 


 アメリカでの大成功で、私たちは予定より早く日本に帰国した。


 けれど「恋人」から「婚約者」になった実感は、まだうまく(つか)めない。


 尚也さんと話し合い、同棲はせず今まで通りの距離感で結婚までは行くことにした。


 仕事上のパートナーとしては、これが一番しっくりするとお互い感じたから。


 ただ、挙式の場所の話や、桐生家への挨拶など、結婚への実感は少し感じることもある。

 


◇ ◇ ◇



 朝の出勤電車の中で、窓に映る自分の顔を見て、頭の中で思わず(つぶや)く。 

 

(これが“幸せ”なんだよね?)


 胸の奥に温かいものが灯る一方で、どこか不安も混じる。


 窓ガラスにうっすら映った自分の輪郭をじっと見つめていると、胸の奥で、かすかに淡い金色(こんじき)の光がきらっと(またた)いた気がした。


 理由なんてないのに、今日一日が“うまく転がっていきそうな予感”で、そっと心が満たされていく。


 けれど、本当にこんな幸せな日々に慣れていいのだろうか。


 桐生さんは、相変わらず忙しい毎日を送っている。


 ルミナリエ化粧品株式会社副社長として、今やグループ全体の会議に引っ張りだこ。


 それでも時間を作って、朝のエントランスで必ず声をかけてくれる。


「おはよう、有動」


「お、おはようございます!」 

 

 その一言だけで、一日頑張れちゃうんだから。


 私ってば、ほんとに単純だと思う。


 ただ、今はまだ恋人の関係すら、職場では公に話していない。


 それを知るのは尚也さんの家族と一部の関係者、あとは弟子の莉子ちゃんだけ。


 彼女にだけは内緒にするよう断って、正直に話したの。


「師匠、すごいです! やっぱり尊敬します!」


 なんて言われて、余計にくっつかれてしまったけれど……。


――上司と部下、副社長と秘書。


 ……だけど婚約者――


 その線を引いたまま、共に慌ただしい日々を過ごしている。



◇ ◇ ◇



 週末、尚也さんに誘われて、久しぶりに外で食事をした。


 お店は彼の馴染みらしい小さなフレンチ。


 カウンター越しにオーナーシェフが笑顔で挨拶してくれる。


「いつものコースでいいか?」


「えっ……わ、私も一緒に?」


「当たり前だ」


 当たり前だなんて、そんな自然に言わないでほしい。


 それだけで胸がドキンと跳ねちゃう。


 料理の合間、桐生さんはふとグラスを見つめながら言った。


「未春……少し、落ち着いたら安曇野(あずみの)へ行こう」


「え?」


 不意に出てきた馴染みある地名に、息を飲む。


「君のご両親に、きちんと挨拶したいんだ」


 優しいけれど、いつになく真剣な声。


 静かに響くその言葉に、胸の奥が熱くなる。


「……ありがとう、ございます」


 心に渦巻く動揺を抑えるのに必死で、そう返すのがやっとだった。



◆◆◆



 その夜、帰宅して部屋の灯りをつけた瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなった。


 尚也さんと出会って、こんなにも世界が変わった。


 あのどん底だった日々を、ようやく超えられた気がした。


 ベランダの窓を開ける。


 夜風が優しく頬を()で、遠くで電車の音が小さく響く。


――安曇野(あずみの)


 その名前を口にするたび、懐かしい風景が浮かぶ。


 白い山脈、澄んだ水の流れ、母の笑顔。


 そして、あの言葉。


『人はね、誰かに優しくするたび、自分の中の花が咲くのよ』


 その記憶を反芻(はんすう)した瞬間、頭の奥の青いまつぼっくりが、ぽうっと柔らかく光った気がした。


 悲しみや後悔でぐちゃぐちゃだった“過去のフォルダ”が、そっと並べ替えられていく。


 痛みのラベルがはがれ、「ありがとう」という名前の引き出しに、静かにしまい直されていく感覚。


 お母さん、私、やっと“咲ける”かもしれない。


 小さく(つぶや)き、ベランダから夜空を見上げた。


 星々が、まるで祝福するように(またた)いている。


 その光の下で、私はそっと指先を重ねた。


 夫となるであろう尚也さんと交わした、まだ小さな約束――。


 それが、これからの道を照らす(ともしび)になると信じながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ