表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約者に捨てられ、親友に裏切られた私ですが――どん底からのストーリー  作者: ワスレナ
第四章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

72/90

第57話 遠距離のはじまり、すれ違う二人の関係

 京都プロジェクトの成功は、社内の空気を一気に明るくした。


――“復活の桐生”。


 業界誌の見出しを見た瞬間、胸がいっぱいになった。


 やっとここまで来たんだ――そう思えた。



 でも、その余韻を楽しむ間もなく、新しい知らせが届いたのは週明けの朝だった。



 用事があり役員フロアを通りかかると、経営戦略室の佐伯(さえき)さんが、息を弾ませながら駆け寄ってきた。


「有動さん、聞いた? 桐生専務が――」


「え?」


「アメリカ行きよ! 第二弾プロジェクト“グローバル展開”の統括責任者に決まったって!」


「あ……アメリカ……?」


 心臓がドクンとと跳ねた。


 うれしさと寂しさが同時に胸に押し寄せる。


 私の持つ運の力でも、どうにもならなかったのか……。


 けれど、こればかりは仕方がない。


 こうなったことにも、きっと何か意味があるんだろう。



 夕刻、専務室に入ると、桐生さんはせわしく資料を整理していた。


 デスクの上には、航空券。


「桐生さん、アメリカへ行くって本当なんですか? 私、今知りました」


「ああ、そうだ。黙っていてすまない」


「……そうなんですね」


「次のプロジェクトはニューヨーク本部で進める。現地との調整が必要で、半年ほど滞在になる」


「半年ですって! ……どうして」


「すまん」


 京都とは訳が違う。


 飛行機で十数時間、時差まである。


「私は、同行できないのでしょうか?」


 思わずそう尋ねると、桐生さんの瞳は寂しげに変化した。


「ああ。俺も社長に直訴したのだが、だめだったんだ……」


「え? 一体なぜ?」


 私の問いに桐生さんはまっすぐに見据え答えた。


「君が優秀すぎたんだ。俺ではなく、君を会社は選んだんだ」


「ど、どういうことですか?」


「開発部で新商品の研究プロジェクトが進んでいるだろう?」


「ええ……まあ」


「そこに君がどうしても必要なんだそうだ。開発部の連中全員一致で、上層部に志願があったそうだ」


「そんな……」


「あのプロジェクトは会社に莫大な利益をもたらす。俺の一存では、どうにもならなかったんだ」


 そう言って、珍しく桐生さんが肩を落とした。


「そうだったんですね。尽力してくださって、ありがとうございます」


「いや、力及ばず、本当に申し訳ない。俺も君を手放したくなかったんだ」


「桐生さん……」


 しばらく、沈黙が流れた。


「寂しく……なるな」


 そう言って、目を逸らし(うつむ)いた。


 発表会ではあれだけ凛々(りり)しく振舞っていたのにもかかわらず。


 彼の悔しさを、私はひしひしと感じた。


「向こうでも忙しいと思いますし、私はこちらで頑張らなきゃですね」


「……ああ。お互い忙しくなるが、頑張ろう」


「はい。これを乗り切れば、きっと素敵な未来が待っていますよ」


 影が差していた桐生さんの瞳に光が戻る。


「君にはいつも驚かされる。そのポジティブさ、分けてほしいよ」


 その言葉が、さざ波のごとく胸に()みた。


 けれど――本当は、「行かないで」と言いたかった。



「……有動」


「はい」


「俺は、向こうで必ず成果を出す。だが、何があっても――君と俺は共にいることを忘れるな」


 まっすぐな言葉。


 嘘のない瞳。


 私の胸の奥が熱くなる。


「……信じてます。私もちゃんと頑張りますから」


 そう言った瞬間、彼の腕が、私をそっと包み込んだ。


 長い、長い抱擁。


 何も言葉はいらなかった。


 離れても、心は繋がっている……


――そう信じるために。



◇ ◇ ◇



 翌朝、東京国際空港。


 報道陣のライトがまぶしい中、桐生専務は新設子会社「KIRYU GLOBAL INC.」の統括として、アメリカ・ニューヨークへと旅立つ。


 私は秘書として搭乗手続きを済ませた。


 桐生さんが出発ロビーで(たたず)んでいる。


「手続きは終えましたので、これを」


 私は搭乗券とパスポートを手渡した。


「すまないな。じゃあ、行ってくる」


 凛々(りり)しい表情の桐生さん。


「いってらっしゃい……。あとはSNSでお話ししましょう」


 互いに少し見つめ合った。


 そして桐生さんは手を振り、搭乗入り口改札に向かって歩き出した。


 スーツ姿の背中が、人の波に飲まれていく。


 その姿が見えなくなるまで、私は手を振り見送った。



◇ ◇ ◇



 それから数日後。


 上層部から受け取った通達書を見て、思わず声が出た。


「開発部と兼任! このことだったのね」


 新商品ライン“LUMIERE NEO”の企画チーム――桐生社長直々の抜擢。


 私は秘書課の仕事をこなしつつ、開発にも携わる。


 二足の草鞋(わらじ)だって。


 信じられない!


「これ……とんでもないことになってきたなぁ」


 机に頬をつけて、苦笑する。


 けれど、心の奥には、高揚感だけでない寂しさがあった。


 “遠い地で頑張っている桐生さんに対して、恥ずかしくないように”。



◆◆◆



 夜、帰宅してすぐ。


 スマホが小さく震える。


《無事到着した。NYの夜景はすごいぞ》


 たったそれだけのメッセージ。


 けれど、思わず笑みがこぼれた。


《負けませんよ。日本も頑張ってますから!》


 そう送ると、数秒後に返信が届く。


《ああ、君ならきっと大丈夫だ》


 キャッ! 


 恥ずかしくて、思わずクッションにダイブする。


 短い言葉なのに、胸がじんわりと温かくなる。


 まるで、遠い空の下で、彼の手が背中に触れてくれるみたいだった。


 私は机の前に戻り、ペンを握る。


「桐生さん……遠くから見ててくださいね」


 手帳には、小さく書き込んである。


『遠くても、心は同じ場所にある』


 見返して、胸がじんと熱くなるのを感じる。


 私は白紙のページにペンを走らせる。


 仕事のパートナーとしても、恋人としても、私たちの遠距離関係は、まだ始まったばかり。


 これを乗り切った先には、きっと明るい未来があると信じて……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ