第53.5話 裏切りの果てに――伽耶の贖罪
春の風が、街に戻ってきた。
通りの木々が淡い若葉をつけ、ガラス越しの光が柔らかく反射している。
私はカフェテラスの片隅に座り、スマホでとあるSNSの画面を見つめていた。
そこには、かつての親友――有動未春の投稿。
穏やかな笑顔で、カフェで仲間たちと写っている写真。
何気ない日常の光景なのに、どうしてこんなに胸が熱くなるんだろう。
「未春……また綺麗になったね」
そう呟いた声は、思いのほか震えていたかもしれない。
――あの日、私は未春を傷つけた。
自分の嫉妬心のために、彼女を裏切った。
浩康との幸せな関係を奪い、踏みにじってしまった……。
そして、不思議なことに――彼女の放心した姿と、憎しみの目で見られたことは、今まで脳裏から離れたことがなかった。
むしろ、時が経つほどに思い知らされる。
あの子のまっすぐさが、どれだけ周りを照らしていたか。
そして、私や浩康をどれほど信頼し、心の支えにしてくれていたのか。
――私のやったことは、そう簡単に許されるものではない。
そんなことを思いながら、カップの縁に残ったコーヒーの跡を指でなぞる。
浩康が幸代さんと結ばれてから、彼とは音信不通になってしまった。
その後に、私は自分が犯した罪を改めて味わった。
底なしの孤独感。
その間、過去に未春へ嫉妬心を抱き続けた日々と向き合った。
未春から浩康を奪ってからの凋落を思い起こした。
そして自分の状況をしっかりと認識したのだった。
その時間は、実際のものより長く、濃密に感じられた。
そこまでして、ようやく罪の重さを理解できた。
……今は地方の小さな広告代理店で働いている。
誰も“倫道伽耶”という名前を知らない場所。
肩書きもない。
栄光もない。
でも――静かで、穏やかだ。
毎朝、小さな窓から差し込む光を見て、「今日もちゃんと生きてる」と思えるようになった。
チェックした未春のSNSに、こんな言葉があった。
“大切な人と未来を信じられること。それが、いちばんの幸せです。”
私はその意味を心の中で反芻した。
胸の奥が、じんと熱くなる。
あの子はちゃんと立ち直り、新たな幸せを見つけたんだ。
さすがとしか言いようがなかった。
多分、あの子はもう遠いところにいる。
でも、それでいい。
私はようやく、歪んだ過去を赦せそうだ。
自分のことも、あの子のことも。
そして許されるなら……
未春に会いたい。
勝手だと罵られていい。
もう一度だけでいいから、ちゃんと顔を見て伝えたい。
――「裏切って本当にごめん」って。
そして、「私を頼ってくれてありがとう」って。
その時はきっと、きちんと彼女の目を見て言える。
泣かずに言える。
だから、今はこの新しいそよ風の中で、静かに前を向こう。
テラスの向こうで、桜の花びらが舞った。
私は深呼吸をして、微笑んだ。
新しい季節が、また始まろうとしている。
このままでは、いけないんだ。
もう、何も怖くはない。




