第51話 両親の目、恋の試練
その知らせは、突然だった。
夜、不意に尚也さんからメッセージが届いた。
《俺の両親が、未春さんに会いたいらしい》
それを見た瞬間、私の心臓は跳ね上がった。
「え……えええっ!? な、なぜ、私が……!」
思わず叫んでしまった。
震える手で入力する。
《何で急にそんなことを……》
《俺が本気になった相手を、直接見定めたいようだ。特に母が君に会いたがっている》
そんなことって……
まさか、“お相手チェック”なんて展開が現実に起きるとは――。
《わかりました。いつですか?》
返信すると、尚也さんから詳細の日時が送られてきた。
あぁーもうどうしよう。
その夜はずっとドキドキが止まらなかった……。
◇ ◇ ◇
それから数日後。
私は休日を利用し、桐生邸に招かれることになった。
プライベートの服装でいいと言われ、麗華さんに相談して決めた。
青のドレスにアイオライトのネックレスと白のハイヒール。
オードトワレの香水をほんの少しだけ。
黒のハンドバッグに荷物は少なめで臨む。
何とその日は、家の前まで尚也さんが迎えに来てくださった。
「すまんな、せっかくの休みに気を遣わせてしまうことになって」
「いえ。今日はよろしくお願いします」
道中、尚也さんから両親についての情報を教えていただいた。
心構えも少々、身構えてしまうほど……。
◆◆◆
三十分後、車で送られた先は、まるで美術館のような洋館だった。
玄関ホールで深呼吸する私の前に、穏やかな笑みを浮かべた女性が現れた。
「まあ……あなたが未春さんね。尚也の母、美沙子です」
「こんにちは。有動未春です。本日はよろしくお願いいたします」
私は反射的に挨拶し、深く一礼した。
柔らかい雰囲気の桐生夫人――美しいけれど、目の奥は鋭い。
私の全身を舐めるように見ている――まるで品定めをするかのごとく。
尚也さんからの情報が早速役に立つ。
雰囲気に飲まれる前に挨拶できてよかった。
続いて現れたのは、桐生社長。
低く落ち着いた声で言った。
「有動くん。突然の誘いにもかかわらず、よく来てくれたね。先日は色々すまなかった」
私は深く一礼した。
「こんにちは。い、いえ! 本日はお招きいただき、ありがとうございます」
緊張で声が裏返る。
私は尚也さんと共に、家の中にお邪魔する。
そして、ある応接間に通された。
ソファーに座ると、遅れて向かいに座った美沙子夫人が微笑んで聞いてきた。
「そんなに固くならなくてもいいのよ。でも……一つだけ聞かせて。あなた、本気で尚也を支えようと思っているの?」
その問いに、私は背筋が凍る思いがした。
けれど、ここで怯むわけにはいかない。
「はい。未熟な私ですが、隣で支えていけるようになりたいと思っています」
――沈黙。
少しして、美沙子夫人の目元が次第に和らぐ。
「なるほど……言葉だけじゃない。ちゃんと伝わるわ」
意外な言葉が返ってきた。
美沙子夫人の目は嘘をついていないと思えた。
私に対して何かを感じ取ってくださったのかもしれない。
桐生社長も大きく頷いた。
「尚也が選んだ理由が分かるな」
とだけ言ってくださった。
そんな言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなった。
その後、尚也さんの昔の話に花が咲いた。
昼食を共にし、優雅な午後の時間を過ごした。
桐生社長も美沙子夫人も、笑顔を絶やすことがなかった。
今後、深い縁になるかもしれないお二人。
尚也さんもホッとしたのか、家用の雰囲気、振舞いになっていた。
素敵な家族だなと感じながら、私にとって楽しい一日になったのだった。
◆◆◆
帰りの車の中。
私は内心、ホッと安堵していた。
そんな時、尚也さんがちらりと私を見て、そっと言ってきた。
「よく頑張ったな」
「い、いえ……! もう、緊張で心臓が止まるかと思いました」
「母も父も、君のことを悪く思っていない。――あんなに笑顔で楽しそうな姿は初めてかもしれないな」
その言葉に、思わず涙が滲んだ。
「……よかったです。正直ホッとしました」
「君の真心が、両親の心を打ったんだと思う」
淡々とした言葉なのに、とても優しい。
流れていく夜景の中で、運転する尚也さんの肩に、少しだけ手を触れた。
その温もりだけで、私はすべてが報われた気がした。
ふと、私の脳裏に、確かな感情が流れ込む。
「尚也さん」
「何だ?」
「今日は、ありがとうございました」
それは感謝の気持ち。
「俺の方こそ、感謝する」
短い一言。
そして、前を見て無言で運転する尚也さん。
けれど、その横顔は、何だか誇らしげに映った。




