第50話 脅迫の行方、意外な結末
夕刻、明かりの消えた休憩室。
私は完全に、大原先輩の支配下にいた。
綾乃会長の指示は、秘書課には届いていなかったのか。
どうしてこんなことになっているのか。
考えても仕方のないことが、ぐるぐると頭をよぎる。
とにかく、今は目の前のことに集中しなければ。
「さあ、どうなの?」
大原先輩の顔が更に私に近寄る。
もう成す術がない。
そう諦めてしまった――まさにその時だった。
パチン
音がして、急に照明がつく。
ハッとした。
「あーら、休憩室の電気が消えていると思ったら、お二人で何しているのかしら?」
聞き慣れた声。
とっさに、私と大原先輩は振り向いた。
そこには腕組みして仁王立ちする川本課長の姿があった。
上目遣いに私たちを見やる。
「……課長」
先輩が呟いた。
「なぁにをしているのかなぁ~、お、お、は、ら、さーん」
「え、えっとぉ……」
先輩が取り繕い、焦り出す。
「まさか、いじめじゃないでしょうねぇ?」
「そ、そんな、違いますよ」
「じゃあなぁに? 私、すっごく興味があるなぁ」
「ヒッ!」
先輩の口から叫び声が漏れる。
「まさか、桐生常務の話じゃないでしょうね!」
「ひ、ひぃ」
「困るのよねぇ。その話。私が注意を受けるのよ」
川本課長は毅然と私たちに警告する。
「大原さん、個室、行きましょうか。今日はみんな帰ったし、じーっくり話を聴くわよ」
課長はそう言うと、私に目配せする。
早くこの場を去れ、と。
私は小さく頷き、緩められた先輩の手をすり抜けて、摺り足で歩みだす。
川本課長と入れ替わりで、休憩室を抜けようとする。
一瞬振り返ると、大原先輩の足が震えているのが見えた。
私は前を向き、そのまま休憩室から出て、秘書課へと戻った。
そしてそのまま荷物をまとめ、帰途に就いた。
二人がその後どのようになったか、知る由もない。
◇ ◇ ◇
翌日の朝。
タイムカードを刻印し、デスクに向かうと、そこには大原先輩と川本課長が立っていた。
二人とも、昨日と同じ服装なのが少し気にかかった。
「お、おはようございます」
「おはようございます。有動さん、少しいいかしら」
川本課長が私に声をかけてきた。
「は、はい」
きっと昨日のことで間違いない。
すると、課長が大原先輩の腰をポンと叩き、頷いた。
先輩がそれに呼応し、私の方を向いて口を開く。
「有動さん……」
心なしか大原先輩の顔はほんのり紅潮し、肌艶がよかった。
「はい」
すると、先輩が深く頭を下げてきた。
「昨日はごめんなさい! 私が言ったことは全部取り消すから」
「先輩……」
昨日とは全くの別人と言っていいほど、豹変している?
一体何があったんだろう……。
「もう二度と言わないから、赦してください」
何だかわからないけれど、先輩のことが可愛そうに思えてきた。
「大原先輩、頭を上げてください」
「有動さん……」
「私は、何も聞いてなかった。それより、これからも仲良くしてください」
私はそっと手を差し出した。
「有動さん……本当にごめんね」
大原先輩はそう言って、優しく私の手を握ってくださった。
何があったのかは知らないけれど、これで詮索されることはなくなった。
私はふと、川本課長の方を見た。
軽やかな笑みを浮かべ、私たちの様子を見て頷いている課長の姿が、そこにはあった。
「さあ、二人とも、仕事よ。今日も頑張っていきましょう!」
課長の檄が飛び、二人は散開していった。
――何があったのかは、考えないようにしよう。
そう考え、午前の業務に臨む私だった。




