第49話 迫りくる先輩、恋の危機一髪
綾乃さんの家を訪ねてから、数日が経った。
桐生さんと私の噂はパタリと止み、私を付け回す社員も姿を消した。
綾乃さん、約束を守ってくださったんだ。
そう確信できるほどだった。
◇ ◇ ◇
そんな夕刻の秘書課。
それは突然やって来た。
私は桐生さんの帰りを見送った後、秘書課室に戻り、帰宅のためデスク周りの整理をしていた。
「有動さん、ちょっといいかしら」
背後で声がした。
振り返ると、そこには大原奈津子先輩が立っていた。
「……はい。あと少し待っていただけますか?」
「いいわよ」
私は爆速で帰り支度を済ませた。
「お待たせしました。何か御用ですか?」
大原先輩に尋ねると、少し目を逸らせて小声で話しかけてきた。
「ここじゃちょっと話せないのよ。一緒に来てくれる?」
「わかりました」
私は席を立ち、大原先輩について行こうとした。
その刹那、遠くの席にいる川本課長と目が合う。
私は特に気にせず、大原先輩の背中を追い、秘書課室を後にした。
大原先輩は少し歩いた先の側面にある小さな休憩室に入ろうとする。
少し歩く速度が速く、意識してついて行った。
先輩が先に扉を開け、中に入っていく。
私もそれについて入った。
明かりはついておらず、扉の側面にあるスイッチをつけようとする。
その時、先輩の手が私を遮った。
「つけなくていいから」
私の手を取り、グイっと引っ張られ、連れて行かれた。
「お、大原先輩? どうしたのですか?」
「あ、ごめん」
彼女は踵を返し、私と対峙した。
大原先輩は私の手を離し、私をじっと見つめた。
何か先輩にやってしまったのかと不安になる。
「……先輩?」
「あなた……」
大原先輩の唇が動く。
「やっぱり、桐生常務といい感じなの?」
その言葉に心臓が跳ねた。
「急にどうしたんですか……そ、それってどういう……」
大原先輩は腕を組み、私をまっすぐ見て言った。
「つまり、男女の関係なのってこと」
「い、いいえ。そんな」
私は驚いて即答した。
「桐生常務とは何もありません。仕事上で秘書として……」
私の言葉に大原先輩は上目遣いでニヤリとした。
「私……知ってるのよ」
そう言って私に二歩、三歩と近づく。
私は壁際まで後ずさりしたが、壁に背中が当たり、逃げ場を失った。
彼女は右手を壁にどんと当て、顔が間近まで接近する。
「もしこのことをみんなに言いふらしたら、どうなるでしょうね……」
「な、何を……」
「しらばっくれても無駄よ。ちゃんとわかってるんだから」
彼女は自信に満ちた表情で、私に対して威嚇する。
「私、有動さんにお願いがあるのよ」
さらに大原先輩の顔が私の鼻先まで接近する。
「な、何なんですか……」
「ふふ。有動さんって、きれいな肌してるよね」
そう言って先輩の手が私の頬に触れる。
「な、何がしたいんですか……」
「今からじっくり教えてあげる。……よくお聞きなさいな」
――密室で断れない状況の中、事態は動き出そうとしていたのだった。




