表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約者に捨てられ、親友に裏切られた私ですが――どん底からのストーリー  作者: ワスレナ
第四章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/90

第43話 突然のトラブル、揺るぎなき信頼

 月曜の朝十時。


 突然の出来事に、社内に緊張が走っていた。


 桐生グループの新規大型プロジェクト――海外ブランドとの共同開発契約。


 数十億ドル単位の案件で、桐生常務が直接統括している。


 だが、その相手企業から突然「条件の再交渉を求める」との通達が届いたのだ。


 一時間前に緊急招集され、各部署の責任者がオンラインで顔を合わせた。


 そして、たった今から会議が始まる。


「条件変更……今更、どうして?」


「わかりません。ですが朝一番で、先方の本社から正式に連絡が入りました。今日中に返答を、とのことです」


 私の報告に、会議室の空気が一段と張り詰める。


「対応案を三つに絞る。広報・財務・法務はすぐ確認に入ってくれ」


 淡々とした桐生常務の声が、静かに会議室を支配した。


 その顔は冷静そのもの。


 けれど、指先がわずかに震えているのを、私は見逃さなかった。



◆◆◆



 夕刻。


 常務室に戻った桐生さんは、午後からずっと、機先を制しようと各部長へと指示を飛ばしていた。


 私はデータの処理を手伝いながら、何も言えずにいた。


 彼の眉間には深い皺。


 いつもの淡々とした声も、少しだけ硬い。


(……焦ってる)


 そう思った瞬間、桐生さんから私に指示が入る。


「有動。悪いが、このまま残ってくれ」


「……わかりました」


 即座に答えると、彼は視線をパソコンの画面に戻す。


 それから数時間、言葉少なに作業が続く。


 沈黙の中で、ただキーボードの音と時計の針だけが響いていた。



 そして夜八時。


 外はすっかり暗くなっていた。


 手だけは動かしながら、少し窓の外を見つめる桐生さん。


 その横顔に、疲労の影が落ちている。


 私はそっと口を開いた。


「……桐生さん」


「どうした?」


「一度、席を外しましょう。少し休まないと、判断を誤ります」


「大丈夫だ。今は止まっていられない」


 その言葉に、キュッと胸の奥が(きし)む。


(……仕事の時は、絶対に私を“恋人”として見ないんだ)


 わかっている。


 けれど、このまま放ってはおけない。


 私は覚悟を決めて、少しだけ語気を強めた。


「……私は秘書として言っています。このままでは“常務の判断”に影響が出ます。だから、五分だけでも休んでください」


 その瞬間、桐生さんの手が止まった。


 しばしの沈黙。


 やがて彼は、ゆっくりと視線を上げた。


「……相変わらず強いな」


「え?」


「それでこそ有動だ。君はそのままでいい」


 今日初めて緩んだ微笑みを見せた。


 そのわずかな笑みが、いつもの彼に戻った証だった。


 胸の奥がじんと熱くなる。


「ありがとうございます。すぐにコーヒーを()れますね」


 桐生さんにそう言いながら、自分でも不思議だった。


――秘書として、“支えるパートナー”でありたい。


 そう思える自分が、確かにそこにいた。



◆◆◆



 夜十時を時計の針が回る。


 桐生さんと私は、返答書類を添付し、慎重に最終確認を完了する。


 そして、先方へメール送信した。


 桐生さんは椅子の背に体を預け、大きく息を吐いた。


「……終わったな」


 その声に、私もようやく笑みを返す。


「はい。お疲れさまでした」


「有動……」


 名前を呼ばれる。


 そして――少しだけ、ためらうような声で。


「……ありがとう。今日は“秘書”としてじゃなく、“君”に支えられた気がする」


「えっ」


 その言葉に、心臓が跳ねた。


 けれど、私はすぅと深呼吸してから、微笑んだ。


「じゃあ次は、“恋人”として休んでください」


 一瞬、彼の目が丸くなる。


 そして次の瞬間、静かな笑い声が漏れる。


 その笑顔を見て、私も笑った。


 桐生さんは背広を脱ぎ、椅子に掛けた。


 そして私の隣に座り、肩と二の腕にもたれかかってきた。


 夜のオフィスには、心地よい静寂だけが流れていた。


「有動……いや、未春さん」


 尚也さんのまっすぐな眼差(まなざ)しに吸い込まれそうになる。


「これからも俺を支え、共に同じ景色を見て、付いてきてほしい」


「えっ……」


 こんなことを言われるなんて……けれど、うれしい。


 私、ちゃんと桐生さんの役に立ててるんだ。


 そう思うと、心の奥がじんわり温かくなる。


「……はい」


 たったそれだけの返事。


 けれど、それでいいと思った。


「……少し、休む」


 そう言って彼は(まぶた)を閉じた。


 そんな彼の気持ちは、態度できちんと伝わっている。


 これからも、互いに寄り添いあっていきたい。


 私の隣で仮眠を取る素の寝顔を見ながら、改めてそう思うのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ