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婚約者に捨てられ、親友に裏切られた私ですが――どん底からのストーリー  作者: ワスレナ
第三章

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第40話 重なる思い、溶けあう心

 休日の午後。


 今日はもう桐生さんとの約束の日だ。


 空は澄み渡り、やわらかな風が頬を撫でていた。


 お気に入りの薄黄色のワンピースに白のカーディガン、クリーム色のパンプスでコーディネートしてきた。


 約束の時間より少し早く、私は街の噴水広場に着いていた。


 胸の鼓動が、いつもよりずっと速い。


(落ち着け、未春。今日はただ会うだけ。いつも通りに……)


 そう自分に言い聞かせる。


 だけど……


 あの日から――桐生さんの声が、ずっと頭から離れなかった。


『今度の休みに、会えないか? あの時の続き、話したいことがある』


 “続き”って何だろう。


 その言葉だけで、一週間も眠れなかったんだから。


 ふと、背後から穏やかな声がした。


「遅くなってすまない。待たせたかな?」


 振り返ると、桐生さんが立っていた。


 いつものスーツではなく、シンプルな黒のワイシャツに落ち着いた感じのグレーのジャケットとコート。


 普段無い優しい微笑みが、こちらへまっすぐに向けられていた。


「い、いえ! ちょうど時間ぴったりですごいです!」


 その笑顔は反則だよ……桐生さん。


「ありがとう。じゃあ、行こうか」


 その自然な言葉に、胸がドキッと跳ねた。


 行き先は、静かな丘の上の展望公園だった。


 季節の花が咲き、遠くに街のビル群が見渡せる。


 ベンチに並んで座る。


 風の音と、鳥の声だけが流れる時間。


「……この景色、すごく好きです」


 私がぽつりと呟くと、彼は小さく(うなず)いた。


「俺もだ。忙しいと、つい忘れてしまう。空の色とか、風の匂いとか……」


「分かります。いつも目の前の仕事ばかり見て、気づいたら季節が過ぎてる感じですよね」


 互いに笑い合う。


 次の瞬間――ふと優しい風が吹き抜ける。


 遠くで子どもの笑い声が響いた。


 そして、桐生さんが小さく息を吐いた。


「未春さん……この前の電話の時、言ってくれただろう」


「……私の気持ち、ですか?」


「ああ。前を向けそうだって言ってた」


 彼はゆっくりとこちらを見た。


「それを聞いて……俺も、きちんと向き合わないとと思った。

兄や姉の影におびえ、周りに対しても心の距離を取ってきたが……

もう逃げない。これからは、君と一緒に歩きたい」


 言葉が胸に響いた。


 まっすぐで、嘘が一つもない声だった。


 私は、少しだけ笑って頷いた。


「私も……同じです。

婚約者に裏切られて、誰かを信じるのが怖くなってました。

でも、桐生さんといると、不思議と怖くないんです。

あの時の私なら、きっと笑えなかったと思いますけど――

今なら、笑って言えます」


 桐生さんがじっと私を見て目を細める。


「未春さん……ありがとう」


 その一言が、胸の奥を温かく満たしていく。


 ふと、風が止んだ。


 世界が静かになる。


 彼の手が、そっと私の手に触れた。


 指先から伝わる体温が、驚くほど優しい。


「……冷えてるな」


「す、すみません……緊張してて……」


「俺もだ」


 笑い合う声が、風の音に溶けた。


 次の瞬間――


 桐生さんが、ゆっくりと顔を近づけてきた。


 心臓が跳ねる。


 だけど――もう、逃げない。


 距離が、ひと呼吸ずつ、縮まっていく。


 見上げる瞳の奥に、まっすぐな光があった。


 私は瞼を閉じた。


 このまま彼に預けよう。



――そのまま、唇が触れ合った。



 柔らかく、静かに。


 永遠に続いてほしいくらい、温かいキス。


 触れた瞬間、胸の奥で何かがほどけていった。


 悲しみも、迷いも、全部。


(ああ……私、今幸せなんだ)



 唇を離したあと、そっと(まぶた)を開ける。


 そこには、桐生さんが微笑んでいる。


 深く澄んだ瞳に吸い寄せられそうだ。



「ようやく……伝えられた気がする」


「……私も、受け取れた気がします」



 お互い、すごく分かり合えた気がする。


 頬を()でる風が優しい。


 沈みゆく夕日が、オレンジ色に私たちを包み、染めていく。


 少しして、桐生さんが声をかけてきた。


「未春さん」


「はい」


 桐生さんが仕事には無い、照れくさそうな顔で口を開いた。


「俺のこと、尚也って呼んでくれないか?」


「えっ?」


 思わずドキッと跳ねた。


「……そう、呼んでほしいんだ」


 短い言葉。


 キスの後にこんなことって……。


 私は少し視線を外して(うつむ)き、また桐生さんの目を見て言った。


「あの……『尚也さん』、でもいいですか?」


「ああ、それでいい」


 その一言に、安堵(あんど)のため息を吐いた。


 また少し、距離が縮まった気がする。



――恋は、まだ始まったばかり。



 私はその温もりを胸に、尚也さんと並んで、しばらく同じ夕日の景色を見ていた……。

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