第37話 先輩の目、気になる気配
昼下がりのオフィス。
桐生さんとは別行動で、私は秘書課室のデスクでお弁当を開けていた。
数日前に桐生さんへ心を開いてから、少しずつだけど、順調に関係を続けられている。
SNSでも互いの気持ちの交流を続けている。
“順調”といっていいくらい、楽しい時間を過ごせている。
時間はかかったけれど、きちんと言葉にして伝えられて、良かったと思う。
あれからの桐生さん、どこか表情が柔らかくなった気がする。
そんなことを思っていた矢先だった。
急に思い出し、オフィスの隅にあるコピー機でコピーを取りに行った帰り。
ふと背後から声をかけられた。
「有動さん。最近、なんだか楽しそうね」
振り返ると、大原奈津子先輩が立っていた。
「大原先輩、どうかされましたか?」
「ええ、何だか最近、あなたの雰囲気が変わった気がしていてね」
――す、鋭い指摘。
柔らかな笑顔を浮かべているけれど、その目はどこか私を見透かしているようだった。
「えっ……そうですか? 別にいつも通りですよ」
「私の勘だけど……桐生常務と、お互い意識してないかしら。そう見えるのよ」
冗談めかして言われたのに、核心を突かれる。
心臓が跳ねた。
「そ、そんなことないですよ! 私はただ、一所懸命に秘書としてサポートをしているだけです」
そう言って何とか表情を変えずに答えた。
「そう、ならいいわ。でも、もしそうなら気をつけなさいね」
「……」
淡々と、でもどこか含みを持った言葉を言い残し、立ち去っていった。
けれど、背中に感じる視線はしばらく残っていた。
◆◆◆
午後。
桐生さんと共に、得意先の方と商談に同席をする。
お茶を出し、相手の方は終始笑顔で話が弾んだ。
商談は無事終わった。
桐生さんと共に、玄関まで得意先の方をお見送りする。
帰ろうとした際、私を見つめる気配を感じる――。
(……大原先輩?)
上の階の窓から、女性の影がこちらを見下ろしていた。
けれど、人影はすぐに消えていった。
偶然にしては、出来すぎている。
意識して、目をつけられてたのかもしれない。
気をつけないと、周囲の人にバレたらいけない。
――業務以外に、注意すべき重要事項が一つ、増えてしまった。
◆◆◆
夕方。
いつも通りの仕事をしていても、大原先輩の言葉が頭を離れない。
……桐生さんに迷惑をかけるわけにはいかない。
桐生さんの横顔を見るたび、心が波立つ。
「どうした、有動?」
桐生さんから声を掛けられる。
「い、いえ。別に……」
桐生さんから視線を外す。
気づかれてはいけない。
画面に向かって必死に書類データへ集中しようとするけれど……。
胸のざわめきが止まらないまま、今日一日が過ぎていった。
やはり大原先輩に目をつけられたのは、大きかったかもしれない。
――私たちの関係、周囲からどう映っているんだろう。
そんな問いが、ずしんと心にのしかかる。
せっかく前進したと思ったら、今度はこれか。
桐生さんに言った方がいいのかな?
いや、迷惑がかかるのはよくない。
しばらくは黙って事態を見守ろう――そう心に決めるのだった。




