第36話 つながる思い、触れあう心
朝の秘書課室。
オフィスでは、今まで通りの“秘書と常務”の関係。
けれど、ちょっとした仕草に違いが生まれている。
「有動、この資料をまとめておいてくれ」
「はい、承知しました」
手渡されるファイル。
(……あっ!)
指先が一瞬触れただけで、心臓が跳ねる。
思わず互いに見合う。
気づかないふりをしても、視線が合えば互いに小さな間が生まれてしまう。
周囲の同僚たちは気づいていない……はず。
けれど、私は落ち着かなくて仕方がなかった。
◆◆◆
昼休み。
書類を片付けていると、桐生さんに声をかけられた。
「有動。……昼ご飯、一緒に行くか?」
「えっ!? い、いいんですか?」
前に一緒に行こうと言ってきたことがあった。
でも、あれから一度も行ったことがなかった。
「たまにはいいだろう?」
その一言にドキッと心臓が跳ねる。
秘書と二人きりの外でのランチなんて、そうそうあり得ない。
というか、何だか恥ずかしい……。
社内の視線を感じつつも、外のカフェへ。
お洒落な店内、向かい合って席に着く。
ビジネスマンやOLの客がかなりを占めている。
店員が水を二つ運んでくる。
メニューを広げる手が小さく震える。
「……緊張してるな」
「し、してません!」
即答したけれど、彼の視線が優しく揺れていて、余計に胸が苦しい。
結局まともに味わえないまま食事が終わった。
でも――帰り際、そっと差し出された一言が耳に残った。
「……また行こう」
照れて赤くなっているかもしれない。
「は、はい」
けれど、この思いは、素直に返したい。
◆◆◆
夕暮れ。会社近くの通りを並んで歩く。
街灯が一つ、二つと灯り始める中、沈黙が続いた。
歩調を合わせながら、ふと横を見上げると――。
「……未春さん」
桐生さんが、不器用に手を差し出していた。
「えっ……」
戸惑う私。
けれど、ためらいがちにその手を取った瞬間、指先から全身に熱が広がっていく。
大きな手。
少し冷たいのに、すぐにじんわりと温かさが伝わってきた。
「……すごく、大きいですね」
「そうか」
短いやり取りなのに、胸の奥がいっぱいになる。
ほんの少し汗ばんでいる私の手を、彼は力を込めすぎない程度に優しく包んでくれていた。
彼に委ねながら、少し歩を合わせる。
茜色の空のせいか、少し桐生さんの顔が赤らんで映る。
ふとある思いがよぎり、私の歩が止まる
「……? どうしたんだ?」
「桐生さん」
私は彼を見上げて言った。
「私でよければ……お願いします」
無意識に口を突いて出ていた。
桐生さんの見開く目。
私は精一杯笑顔で返して見せる。
「……ああ。俺の方こそ、よろしく……頼む」
桐生さんは照れながらそう言うと、私の肩をそっと抱き寄せた。
――初めての“恋人”としての触れ合い。
不器用で……ぎこちなくて。
肩にかかる桐生さんの手も小刻みに震えてる。
けれども、確かに幸せが芽生えているのを感じていた。
この時、ようやく私は、“新たな一歩”を踏み出す決意ができたのだと思う。




