第33.6話 夢の残響――倫道伽耶
ある日の夜。
化粧も落とさず、私はベッドに倒れ込んでいた。
吐き出すようにため息が漏れる。
「……もう、疲れた」
観念して、私は化粧台に向かい、洗顔して残っている化粧を落とす。
水を止め、タオルで軽く顔についた水を落とす。
ふと鏡を見れば、くたびれた女が映っている。
私が憧れていた「華やかな女」なんて、どこにもいない。
――あの子がそうなるはずだった未来の幸せな姿。
あの子だけが立ち直り、上にどんどん行くのが悔しかった。
用意周到に準備して、万全の計画も立てた。
浩康をたぶらかし、手玉に取るのは造作もなかった。
あの子から全部奪って、私が幸せを掴むはずだった。
けれど、現実はどう?
未春の信頼を裏切り、失った。
浩康の様子がおかしくなり、追い出された。
そして浩康を傷つけ、逮捕された。
まずい飯を食べ、孤独な日々を耐え忍んだ。
浩康によって釈放されたけれど、甘い生活はなかった。
転がり落ちる現実ばかり。
ミラージュ化粧品の信頼は急落、浩康の立場も悪くなっていった。
その浩康に振り回され、挙句の果てに九条家に彼さえ奪われた。
――結局、何一つ手にできていない。
ただ、消耗するだけの毎日。
(……こんなはずじゃ、なかったのに)
曇った空を見上げ、睨みつける。
その瞬間、なぜか――未春の顔が浮かんだ。
あの子は今、どんな顔をしているんだろう。
私を恨んで悔しがってる?
いいえ、きっと違う。
私にはわかる――私だから、わかる。
きっと、あの不思議な明るさで、周りを照らしているんだ。
「……やっぱり、もう遅いよね」
そう口にすると、胸の奥がずきりと痛んだ。
『本当に?』
心のどこかで声が返ってくる。
あの子は、どん底に突き落とした私を許してくれるんじゃないか、と。
「……バカみたい」
笑い飛ばそうとしたけれど、声は震えていた。
未春の笑顔が、頭から離れない。
私にだって向けられたことがある、あの真っすぐな笑顔。
(あの時――私が、あの子に言われた言葉は……)
そこまで思い出しかけて、胸が締めつけられる。
続きを考えるのが、怖くて仕方なかった。
目を閉じる。
眠れない夜が、また始まろうとしていた。
ベッドに横たわりながら、眠りの底に沈んでいく。
不意に、あの懐かしい声が耳をくすぐった。
『……伽耶、私、どうしたらいい?』
暗闇の中で、未春が笑顔のまま、今にも泣きそうな瞳で私を見上げている。
かつて何度も見た姿。
勉強でつまずいた時、仕事で悩んだ時……。
そのたびに彼女は私を頼ってきた。
「また、そうやって……」
声をかける自分が夢の中にいる。
伸ばした指先は虚空を掴み、彼女の肩に届かない。
『ありがとう。伽耶がいてくれるから、私、頑張れるんだよ』
幻の未春がそう囁いた瞬間、胸が張り裂けそうになった。
「……やめて! 私にはもう、そんな資格はないのよ」
幻影が揺らぎ、彼女の姿が遠ざかっていく。
必死に追いかけたい衝動を、奥歯を噛みしめて押し殺す。
目を覚ました時、枕元にはただ冷たい闇が広がっていた。
震える声が零れる。
「……もう遅い」
あの子を裏切ったのは私。
今さら、ムシが良すぎる……のは、痛いほどわかってる。
――でも、胸の奥に引っかかる小さな光。
「なのに、なぜ……こうも」
その問いは、暗い闇に溶けて消えていった。




