第33話 揺れる視線、前を向く勇気
朝のオフィス。
書類に目を通しながらも、どこか落ち着かない。
《君の答えが欲しくてたまらないんだ。》
昨夜の桐生さんとのメッセージが、ずっと頭の中で繰り返されるの。
(……いけない。今は仕事に集中しないと)
けれど、桐生さんの姿が視界に入るたび胸がざわつき、文字が頭に入ってこない。
ああーっ、もう、どうしよう!
「おはよう、有動」
そんなことをしていると、桐生さんに声をかけられた。
「……おはようございます!」
「どうした? 疲れているのか?」
「……い、いえ。大丈夫です」
大丈夫じゃないんですが。
てか、なんで桐生さん、仕事モードで話してこれるのよ?
反則過ぎない?
――どうしよう……私の中から消えて――あのメッセージ!
◆◆◆
午後。
急な会議に同席することになった。
どうしても内容が耳に入らず、議事録を取りながら言葉を落としかけてしまう。
「有動、大丈夫か?」
桐生さんの低い声に背筋が跳ねる。
慌てて「だ、大丈夫です」と返すが、自分でも動揺が隠せない。
(……本当に、これで秘書って言えるのかな)
必死にみんなの声を拾ってノートに書き留めていく。
レコーダーがあるから大丈夫ではあるけれど、大まかな流れは押さえなきゃ……。
――こんな時、伽耶がいてくれたら……。
ふと脳裏をよぎった。
ううん、今は集中よ!
会議は粛々と進んでいった。
三十分後、会議が終わった。
ホッと胸をなで下ろす。
自分の未熟さに落ち込みながら会議室を出た時だった――。
廊下のガラス越しに、ふと見覚えのある横顔を見た気がした。
艶やかな髪、気の強そうな目元。
「……伽耶?」
呼びかけた瞬間、人影はすっと消える。
ただの錯覚だと分かっている。
けれど、胸の奥で締め付けられる感じがする。
――過去を引きずってたら、私は前に進めない……
深呼吸して足を止める。
もう彼女はいない。
それでも一瞬の幻影が背中を押してくれた気がした。
ありがとう。
私は私の場所で、力を尽くすだけ。
小さく拳を握りしめ、私は自分を奮い立たせた。
◆◆◆
夕刻。
会議の議事録の資料を手直しして提出する。
すると、桐生さんがチラッとこちらを見て、頷いた。
「……よくまとまっている」
ただそれだけ。
でもその一言が、心の奥でじんわりと温かさを広げた。
大丈夫。私はここで、前を向いていける。
そう自分に言い聞かせながら、デスクに戻った。
◇ ◇ ◇
夜、机に向かう私。
SNSのトークルームは空白のまま。
桐生さんのこと、そろそろ答えを出さないと。
もうかなり待たせてしまってる。
けれど、自分でもまだまとまらない。
議事録のようにできたらいいのに……
そう思った直後だった。
頭の中で青いまつぼっくりのイメージが光り、みるみる考えがまとまっていく。
「おおおおお!! これよこれ!」
仕事の論理的なことはよくまとめられるようになってたけれど、まさか気持ちの感情までそうなるなんて!
「……うん、これならいいね!」
気がつけば最良の案がまとまっていた。
私はその内容をスマホのメモ帳に書き留めていった。
「よし、じゃあ桐生さんのトークルームに……」
手が震える。
けれど、迷いや気後れはもう無かった。
まずは挨拶の言葉。
桐生さん、今は時間大丈夫かな……。
そう思いながら、慎重に文字を打ち、深呼吸する。
《こんばんは。今お時間よろしいですか?》
ただ、それだけの文章。
えいやーの呼吸でボタンをタップ。
送信。
押しちゃった!
心臓の鼓動が早くなる。
身体中が熱くなりだす。
すると、五秒ほどで既読がついた。
《こんばんは。大丈夫だ》
ほぼノータイム!
それだけなのに、心臓が跳ねる。
呼吸を整えて次の言葉を送信する。
――こうして、今後の関係を左右するやり取りは始まった。




