第32話 メッセージの向こう側、交わされる心
その日の夜。
自室の机に向かう私。
一日の疲れをまだ少し抱えながら、スマホの画面をタップする。
そこには、桐生さんとの新しく交換したSNSアカウント。
けれどまだ、トーク内容は白紙のまま。
……何か送らなきゃ。
あれから数日が経っていた。
そう思ってるけれど、ずっと指が止まっている。
仕事の報告でいい?
でも、それじゃただの業務連絡よね。
――けれど、何も送らないのもどうかと思う。
(どうしよう? 何か送らなきゃ……)
すると、不意に頭の中に言葉が浮かんできた。
とても不思議な感覚。
これなら、いけるかも。
少し悩んでから、私は画面に指を震わせて打ち込んだ。
《今日は会議で助けていただきありがとうございました。あの時、うまく言えなくてごめんなさい。》
うん、これでいい。
送信をタップ。
――帰ってくるだろうか……
胸が苦しいほどドキドキしながら画面を見守る。
すると、その直後だった。
ピコン、と音が鳴る。
《礼を言うのは俺の方だ。君の一言で場が救われた。》
短い返事。
なのに、胸の奥がじんわり熱くなる。
私は思い切って続けた。
《あの、一つ相談してもいいですか?》
《何だ?》
《秘書として、もっと役に立てるようになりたいんです。でも正直、会議や商談で発言していいのか不安で……》
送ってから後悔する。
内容が重すぎたかな、と。
けれど、すぐに返ってきた。
《俺も常に正しい答えを持っているわけじゃない。迷って当然だ。》
続けて、ピコンと音が鳴る。
《今のところは問題ない。君の発言にはいつも助かっている。昨日の商談の時もそうだった。感謝している。》
画面越しに、彼の声が聞こえるようだった。
――こんなふうに励まされるなんて。
勇気を振り絞って、少しくだけたメッセージを送ってみる。
文字を打つ指が加速する。
そして送信。
《ありがとうございます。でも、桐生さんは普段から厳しいですから。今日みたいに優しいのは、ちょっと珍しいですね。》
既読。
――数秒後。
《そうかもしれないな。ただ、今の俺は、君には自然とそうなってしまう》
思わずスマホを机に滑らせちゃった。
(な、何これ!? 反則じゃない!?)
すると、また桐生さんからメッセージが送られてきた。
《すまない。この前からの、君の答えが欲しくてたまらないんだ。》
そのメッセージに、思わず頭が真っ白になる。
少しして、思考が浮かんだ。
(そ、そうよね。待たせちゃってるし……)
指を動かし、送信ボタンをタップする。
《わかりました。明日でもよろしいですか?》
既読。
そして、返信が帰ってきた。
《ああ。明日の夜、このやり取りの中でいいか?》
私は文字を入力し、送信する。
《はい。それでお願いします。》
もちろん、直接の方がいいけれど、ここでの方が考えて話せるからね。
そして挨拶を交わし、通信を終えた。
画面の光に照らされながら、私の心の内はずっと熱を帯び続けていた。
「きちんと、答えを伝えなきゃね……」
仕事の内容がほとんどだったが、【プライベート】の領域で交わした最初のやりとり。
その余韻が、眠りにつくまで消えなかった。




