第30話 俺が一体何をしたって言うんだ!
俺は実小路浩康。
財界の名門・九条家からの申し入れで、俺は長女・九条幸代と結婚することになった。
両家による強制的な政略結婚だった。
だが、この結婚で、俺の人生は再び上り調子になる――少なくともそう信じていた。
豪勢で周囲の人達からたくさんの祝福がもたらされた披露宴。
九条家の名を背にした新しい肩書き。
友人や取引先からも「うらやましい」「玉の輿だな」と囁かれた。
俺は鼻高々だった。
煌びやかな未来が、これから始まると感じていた。
――だが、俺の思いとは裏腹に、幸せは三日と続かなかった。
◇ ◇ ◇
俺が豪華なマンションの新居に帰ると、妻の幸代がタンスを物色していた。
「どうした、何をしているんだ?」
「あなた、今月のお小遣い、もう使ったの?」
「え、いや……俺の会社の経費もあるから、ちょっと……」
「はぁ? そんなもの後でなんとかすればいいでしょ? 私ね、ブーバリ社の今季の新作バッグがどうしても欲しいの。三百万だから、すぐ用意して!」
……三百万?
一瞬、耳を疑った。
「そ、そんな簡単に……!」
「何? 九条家の娘に恥をかかせるつもり?」
「……わ、わかった」
「わかればいいのよ」
俺は何とか工面するよう努めた。
欲望を満たした幸代の顔は、笑っているのに、目だけが冷たかった。
その日を境に、ただでさえひっ迫していた、俺の資産と会社の金は湯水のように消えていった。
ブランド物、宝飾品、高級エステ。
豪華な食事に外食、外遊までついてきた。
九条家にいた時、彼女はどんな生活をし、何を考え生きてきたのだろう……。
「九条の名にふさわしい生活」を言い訳に、幸代は金を食らう怪物だった。
◇ ◇ ◇
重要な取引先との打ち合わせ。
どういうわけか、幸代が突然社内の応接室に入り込み、同席すると言い出した。
そして、取引先の相手が席に着くと、平然と口を挟んだ。
「この契約、もう少し安くできないの? ねえ、九条家の名前を背負ってるんだから、当然でしょ?」
相手の顔が引きつる。
「……今回はご縁がなかったということで」
そう言われて交渉は流れた。
俺が取引先の相手に必死に頭を下げても、もう遅かった。
◆◆◆
帰りの車中で、俺は幸代を前に説得を試みた。
「幸代、もう少し優しい言葉で交渉していたら……」
「なによ。あんたの顔が利かないだけでしょ? 私のせいにしないでよ!」
幸代はいきり立ち、顔を真っ赤にして言い放った。
俺の手はハンドルを握りながら震えていた……。
家に帰れば、さらに地獄。
「あなた、今日の夕飯これだけ? 私、こんなの食べられない」
高級食材の宅配弁当が気に入らないらしい。
「す、すまない。これが一番うまいやつで……」
「言い訳しないでよ! 私、九条家の娘なのよ!」
皿が床に叩きつけられる。
俺は思わず頭を抱えた。
◆◆◆
深夜。
一人、ベランダでタバコをふかす。
激しすぎる夜の地獄から解放された。
今、幸代はベッドでいびきをかいている。
ベッドの上で、幸代は俺をずっと離さなかった。
俺を道具のように扱い、ずっと快楽に耽っていた。
途中で何度も吐き気が襲い、そのたびに洗面台に走った……。
街の明かりが消えた暗闇の中、ふと未春の笑顔がよぎった。
あの頃は……何もかもがうまくいっていた。
俺の隣で、笑ってくれていたのに……。
「なんで、こんなことに……」
胸の奥から、どうしようもない虚しさが込み上げる。
そんな間も、幸代のいびきが爆音で耳をつんざく。
俺は、夜の街に向かって、腹の底から叫んだ。
「俺が一体、何をしたって言うんだーーーッ!!!」




