第27話 揺れる心、答えはまだ……
翌日。
昨日の告白の衝撃は、まだ胸の奥でじんじんと響いていた。
出社してデスクで準備を始める。
けれど、書類の文字が全く頭に入らない。
(……ダメだ、意識しちゃう……。まさか桐生さんからなんて……!)
考えるほど心臓が早鐘を打ち、顔が熱くなる。
だけど――すぐに頷けるほど、自信が持てないの。
過去の傷、そして浩康からの婚約破棄。
結局、簡単に「はい」と言えるほど、自分の気持ちに整理がついていなかった。
◆◆◆
午後。
桐生さんに呼ばれて、執務室へ向かう。
「失礼します。有動です」
部屋に入ると、桐生さんが待っていた。
「早速だが、かけてくれ」
応接ソファを示され、私は言われるがままに腰かけた。
心臓が早鐘を打つように跳ねる。
その後、桐生さんも向かいのソファに座る。
「すまないな。ここの方が都合がいいだろう。他人の目も無いしな」
「……そうですね」
私は少し俯き加減で桐生さんを見上げる。
自分の顔が真っ赤じゃないかとばかり心配していた。
けれど、桐生さんの顔も少し赤らんでいるように感じた。
少しの間、沈黙が流れる。
「昨日のこと……返事を聞かせてもらえないだろうか」
緊張が漂う中、桐生さんがリードしてくださった。
私は、緊張で喉が詰まりそうになりながらも、思い切って言葉を口にした。
「……はい。そのことですが、正式なお返事は……もう少し待ってください」
淡々とした表情の桐生さんの目が、わずかに動く。
「理由を聞いてもいいか」
「はい。……その、気持ちは……嬉しいです」
言葉を選びながら、必死に伝える。
「ですが、私の中で……まだ心の準備ができていません」
桐生さんは私の言葉に耳を傾け、静かに頷いた。
言葉が途切れないように、私は深呼吸して一気に吐き出す。
「初めてお話ししますが、ここにお世話になる前、つい最近なんですが……婚約まで決めていた人から別れを告げられました。そのことで、恋愛については、まだ自分の気持ちに整理がついてないんです」
そこまで言うと、桐生さんは今まで見せたことのない驚いた表情をされた。
「そんなことがあったのか……それはすまなかった」
「いえ、桐生さんは何も悪くありません。会長にも誰にも言ってませんでしたから」
私は少し呼吸を整えて、話を続けた。
「……ですが、あなたから気持ちを伝えてくれたことは、私にとっても……」
そこで言葉に詰まった私は、視線を落として再び言葉を続ける。
「すぐに答えは出せないですが……少しずつなら、歩いていけると思うんです」
「そうか。……焦らせるつもりはない。答えは急がなくていい」
その声に、心臓がぎゅっと締め付けられる。
「あと、これはお願いです」
「……何だ? 言ってくれ」
「はい。仕事の時は、これまで通りの対応でお願いできますか? 私、まだまだ桐生さんの秘書として仕事がしたいんです」
私の言葉と表情に、桐生さんも頷く。
「わかった。約束しよう。俺もプライベートを持ち込む気はない。それに、有動には気を遣わせないよう配慮する」
桐生さんの言葉のトーンと目をみて、嘘はなさそうだった。
「ありがとうございます! 今まで以上に頑張りますので、よろしくお願いします」
思わず私は立ち上がり、深く一礼していた。
「わかった。座ってくれ」
桐生さんに促され、私はソファに座った。
「プライベートはすべてSNSか社外で話そう。それでいいか?」
「はい。……ただ、二、三日は連絡をもらっても、まともな返事ができないかもしれません」
私は正直な気持ちを吐露した。
「ああ。わかってるよ。俺も君からの連絡が来るまで待つことにする」
桐生さんの表情が先ほどより柔らかい感じがする。
「本当にごめんなさい……」
――桐生さん、優しいのに、少し距離ができてしまった気がして――。
「ただ……いや、やめておく」
桐生さんが一瞬、何か言いかけて言葉を飲み込む。
それ以上追及されなかったことに、不安と申し訳なさが入り混じった。
◆◆◆
仕事を終えてオフィスを出る頃。
同期の莉子ちゃんが、無邪気に駆け寄ってきた。
「未春先輩~! こんな遅くまで、何かあったんですか?」
「えっ!? な、なにも!」
慌てて首を振る。
「駅まで一緒に帰りましょう」
「……う、うん」
私は彼女の明るい笑顔に救われた。
――けれど……。
誰かに話したい、この胸のざわめきを。
そんな気持ちを必死に抑えながら、私は莉子ちゃんと足並みを揃えて歩いた。
(まだ、答えは出せない。だけど……少しずつ向き合わなきゃ)
――揺れる心を抱えたまま、その答えは夜の街のネオンでさえ、解き明かしてはくれなかった……。




