第25.2話 桐生尚也の決意
「……詳細は後で伝える」
ダメだ……デートなんてとても言えない。
いや、悟られてはいけない……ここはさっさと退散だ。
手に脂汗ぎっしりだ。
顔に出ていなかったかだけが気がかりだった。
秘書たちに騒がれたのはまずかったか。
少し速足で執務室に戻った。
落ち着いてから、SNSを開き、詳細を入力する。
《土曜日の十四時。場所は上野公園口改札前だ》
SNSで日時と場所を連絡する。
その後、彼女から返信が来てやり取りしたが、詳しい場所は伏せた。
変に思われたかもしれないが、言うわけにはいかない……
週末までの間、麗華からSNSを通して有動さんの情報が流れてきた。
俺はそれらを一つずつ入念にチェックし、メモに書き留めていく。
また、麗華からいくつか質問をもらっていたので、自分の意向を率直に伝えた。
そして、様々なアドバイスをもらう。
さらに、いくつかのミッションを何度も練習を繰り返した。
心はずっとソワソワしていた。
有動未春さんは秘書としての仕事を卒なくこなし、この短期間で前の秘書に近いくらいに業務をしてくれている。
時には予期できないトラブルにも見舞われるが、それにも対応してくれる。
何より前向きで、どんなことにも一所懸命だ。
俺はそんな彼女に惹かれていった。
仕事のパートナーとしてだけでなく、人生を共に歩んでくれたら、どれだけ楽しいだろう。
いつしか、そう考えるようになっていた。
これまで、さまざまなタイプの女性と付き合ってきた。
大企業の社長の令嬢、財団の代表の娘、政治家の令嬢など……。
会社の女性社員たちとも触れ合い、数人の付き合いはあった。
だが、有動さんはどのタイプの女性とも違うと思った。
伊達にあのタヌキばばあが推薦してなかったと思い知らされた。
仕事上の上司と部下という立ち位置なら、普通に接することができる。
だが、彼女を女性として見た時、今までの女性たちとは違うドキドキ感が頭を占めて、うまく行動できなくなってしまう。
それがまさに今の俺だ。
◇ ◇ ◇
約束の日を迎えた。
俺は麗華からのアドバイスも踏まえ、落ち着いた色のジャケットに袖を通す。
香水やコロンは適度にしつこくない程度に。
ブレスケアも完璧だ。
時計は自然な大人の雰囲気のものを身に着けた。
前日に磨いた濃い茶色のシューズを履き、俺は家を出た。
約束の時間の四十分前に着いてしまった。
だが、俺にはまだやるべきことがある。
麗華からのアドバイスをもう一度おさらいし、頭に叩き込む。
そんなことをやっていると、気付けば三十分が飛んでいた。
しまった。
焦る俺の目の前に、有動さんらしき女性が歩いて来るのを見つける。
ヤバい!
可愛すぎる!!
必死で目を逸らそうとするも、追いたくなる気持ちに逆らえない。
結局そのまま固まってしまう。
「有動、こっちだ」
大きい声だ。そう……
心臓はバクバクしているが、笑顔でまっすぐ見る。
彼女が私の目の前に来る。
「こんにちは。お待たせしました」
「ああ、早かったな。では行こうか」
――感づかれてはならない。
俺は彼女の目を見ながら、そう心に誓った。
◆◆◆
高級レストランでのディナー。
色々予定外の出来事があったが、ようやくここまでこぎ着けた。
メインの料理が運ばれ、有動さんがおいしそうに食べてくれている。
彼女と目が合う。
とにかく笑顔だ。
目も表情も笑顔を絶やさず――麗華からのアドバイスが脳裏でこだまする。
デートだと思われていないだろうか。
いや、それより有動さんは楽しんでくれているだろうか……。
麗華が見ていたら三十点くらいしかもらえないかもな。
気づかれてはいけないが、それよりも大切なこと……。
――ちゃんと俺の気持ちを彼女に伝えることができるか。
その時は、確実に近づいている。
◆◆◆
エスコートしつつ、最後に、街の夜景を一望できる高台へ案内した。
俺は無言のまま、彼女への言葉をシミュレーションする。
有動さんが声をかけてきた。
「あの……桐生さん? 今日、私を連れ回したのって……」
準備は整った。
バクバク跳ねまくる心臓をよそに、覚悟を決めた。
振り返り、有動さんと向き合う形になる。
一歩、……二歩、……三歩。
煌びやかな街のネオンが、彼女の紅潮しかけた顔を照らす。
俺は深く息を吸い、ゆっくりと口を開いた。
心臓はバクバク。
頭は真っ白だが、想定済みだ。
「……み……未春さん」
慣れない呼び方に胸が跳ねる。
だが、何百回と練習してきた。
彼女の目が見開かれる。
緊張感が伝わってくる。
俺もそうだから。
「はい?」
可愛い返事。
また頭の中が真っ白になる。
大丈夫だ、落ち着け。
場数は踏んできた。
彼女の驚く表情に負けそうになる。
声が出ない。
がんばれ、俺。
――運命を、開け!
「……お、俺と……」
彼女の煌めく目。
絞り出せ、俺!!
付き合ってくれ、だ!
まっすぐ、有動さんの目を見るんだ。
目を閉じるな、逸らすな。
ここで逃げたらすべてが終わってしまう。
「……その、つ……、つ、付き合ってくれないか」
よし、言えた!!
有動さんが固まるのがわかった。
「……は?」
引きつる表情。
長い沈黙。
ここまで来たらもう他はどうでもいい。
さらに言うんだ!
頭の中で、俺を支えてくれた麗華の声が、女神の如く最後の後押しをする。
――男ならバシッといいなさい!
噛んでしまう。
どもってしまう。
気にするな、行け!!
「す、す……すき……だ」
頭の中は完全に真っ白だが、出た。
有動さんの驚く目。
唇が動いた。
「えっ……ええええええ!?!?!?」
絶叫。
彼女は力を失い、その場に尻もちをついてしまった。
「な、ななな……な、何言ってるんですか! 桐生さん!!」
有動さんの慟哭。
俺は視線をほんの少しだけ逸らす。
よし、平常心が少し戻る。
仕事モードの俺を出す。
いつものやつでお見舞いだ。
「……そのままだ」
――決まった。
彼女はひどく驚き、雄叫びをあげた。
百点には程遠い。
だが、俺は自分の気持ちを彼女に伝えることができた。
回答は保留にしてくれとの事だった。
フラれなくてよかった――これが本音。
内心ホッとため息をつきまくった。
その後、腰を抜かした彼女を介抱した。
悪いことをしてしまった。
呆然とした表情の彼女を家まで送り届けた。
俺の使命は完遂できた。
あとは、有動さんに委ねるだけだ。
俺はその結果を焦ることなく、ただ待つのみ。
これが俺、桐生尚也の決意。
新人として配属された専属秘書に告白という、前代未聞のことをやったわけだが、後悔はしていない。
だが、これで“終わり”ではない。
――俺の運命の扉は、まだ開かれたばかりなのだから。
◆第二章 完◆




