第25話 な、なんですってぇぇぇ!!
翌日の秘書課。
デスクで資料を整理していた私に、桐生さんが不意に声をかけてきた。
「……この週末、予定はあるか」
「えっ……?」
唐突すぎて、思わず書類を落としそうになる。
「特に予定がなければ……付いてきてほしい場所がある」
「つ、付いて……!?」
周りの秘書課メンバーが「キャー!」と小声で騒ぎ出した。
私は慌てて言葉を重ねる。
「お、お仕事ですよね!? そうですよね!?」
「……詳細は後で伝える」
桐生さんはそれだけ言い残して、執務室に戻ってしまった。
答えは聞いてないけれど、みんなの視線があったし、断れる雰囲気じゃなかった。
これって……なに!?
麗華さんの言ってた“正々堂々”って、まさかこれのこと!?
「未春ちゃん、あれってもしかして、デートのお誘い?」
大原奈津子先輩が興味津々に話しかけてきた。
「いやぁー、まさか。あの堅物で仕事一直線の桐生さんがそんなわけないですよぉ~」
「そうなんだ。つまんないねー」
まさかね、そんなことあるわけないでしょ。
その後、メッセージで詳細連絡が届いた。
《土曜日の十四時。場所は上野公園口改札前だ》
桐生さんらしい短い文面。
その後少しやり取りしたけれど、詳細は教えてくれなかった。
ただ、服装などは大体こういう感じとイメージが湧いた。
◇ ◇ ◇
そして週末。
ピンクと迷ったけれど、淡い黄色のワンピースにした。
イヤリングやネックレスはシックな感じのものを選んだ。
右腕には超小型のスマートウォッチ。
小型の黒革のバッグに、スマホと必要最低限のものだけ詰める。
香水は麗華さんに言われた“凛”をほんの少しだけ。
それでもお仕事周りなら、ちょっと目立つかもしれないけれど、印象は悪くないはず。
化粧はナチュラルにまとめ、少し早めに家を出た。
約束の時刻十四時より十分早めに到着した。
桐生さんは、待ち合わせ場所にすでにいた。
「有動、こっちだ」
少し大きな声がした。
いつものスーツではなく、落ち着いた色合いのジャケット姿。
いつもと違う笑顔を浮かべ、こちらを見て呼んでいる。
私は思わず目を瞬かせた。
「こんにちは。お待たせしました」
柔らかい香水がふわりと漂う。
桐生さんは爽やかな雰囲気を纏ってこちらを見ている。
「ああ、早かったな。では行こうか」
いつも通り……と思いきや、わずかにそわそわした感じがした。
何だろう……気のせい?
「はい、今日はどちらへ?」
「都立の美術館だ。ちょうどいい催し物ががあってな。そこへ行こうと思う」
「……は、はい」
……な、なんなの――目的は美術館!?
待ち合わせ場所から徒歩十分ほどのところに、美術館はあった。
かなり大きな建物で、しっかりとした美術館だった。
美術館に入る私を、桐生さんがエスコートしてくれる。
ただ、何かいつもと雰囲気が違う。
「この絵はだな……」
早口で説明が繰り広げられ、まったく耳に残らない。
「あ、あの……桐生さん?」
「どうした? 喉が渇いたのか?」
「……い、いえ」
会話が噛み合わない。
美術館のあと、有名な散歩道へ連れて行かれる。
何なの一体?
桐生さんが時折、アイコンタクトをして、淡々を話をする。
そこで三キロ近く歩かされる。
「どうした? お腹がすいたのか?」
「いえ、もうクタクタで歩けませーん」
行くと聞いてたらウォーキングシューズ履いてきたのに……
両足が悲鳴を上げております……。
「……すまん。気が利かなかった」
そういう問題じゃないのですが……
私たちは、ちょうど空いていた白いベンチに腰かけた。
だけど、ちょっと待って……ここまでデートコースっぽいんだけど!?
――今日の桐生さん、何か変。
「休憩できたら、食事にしようか。すぐそこなんだ」
「そうですか。でも、まずは休ませてくださいね……」
桐生さんと隣り合わせで、無言の時間が流れた。
付いていった先は、有名な高級レストラン。
桐生さんが予約を入れて下さっていたらしい。
しばらくすると、豪華な食事が次々と運ばれてくる。
「……これ、本当に食べてもいいんですか?」
「ああ。費用は俺が出す。気にせず食べてくれ」
「あ、ありがとうございます」
と言われても、何だか気が引けるんです。
――まだ目的を聞いてないから……
今日の桐生さん、絶対変よ!
何も言ってこないし、聞いてもはぐらかすし、何考えてるかもわかんないよお……。
◆◆◆
最後に案内されたのは、街の夜景を一望できる高台だった。
桐生さんはしばらく無言のまま、夜景を見つめている。
耐えきれず、私は声をかけた。
「あの……桐生さん? 今日、私を連れ回したのって……」
振り返った桐生さんは、私と向き合う形になる。
そして、三歩ほど私に近づく。
煌びやかな街のネオンと相まって、私の心臓は跳ねた。
何だろう、この胸の奥の違和感。
いつもの距離なのに、雰囲気が違う。
桐生さんは深く息を吸い、ゆっくりと口を開いた。
「……み……未春さん」
その呼び方に、思わず胸が跳ねる。
いつも“有動”なのに……どうして今だけ。
「はい?」
からの、沈黙?
何? なんなの?
「……お、俺と……」
うん。俺と?
「……その、つ……、つ、付き合ってくれないか」
「……は?」
考えるより先に漏れ出た。
耳を疑った。
けれど、桐生さんは顔を赤くしながら、さらに続ける。
「す、す……すき……だ」
頭の中が真っ白になった。
「えっ……ええええええ!?!?!?」
思わず足元がふらつき、力が抜けてしまう。
そして、その場にへたり込んでしまった。
「な、ななな……な、何言ってるんですか! 桐生さん!!」
桐生さんは私から、視線をほんの少しだけ逸らし、真剣なまま言ってきた。
「……そのままだ」
心臓はバクバク。頭はパンク寸前。
「な、なんですってぇぇぇぇぇ!!!!」
私は地面へたり込んたまま、夜景に向かって絶叫していた……。
◇ ◇ ◇
帰宅後。
桐生さんに介抱され、どうにか帰れた。
あんなみっともない姿を見られ、情けなくて恥ずかしかった。
布団に顔をうずめ、枕を抱きしめたままゴロゴロ転がる。
「ど、どうしよう……どうしようどうしよう!!!」
桐生さんの声が、頭から離れない。
『……すきだ』
「ひゃあああああ!!!」
叫んで枕に紅潮した顔を押し付ける。
――これって『告白』よね?
胸の奥が熱くて苦しくて、眠れそうにない。
全身の血が沸騰して、今にも心臓が破裂しそうだ。
「全然心の準備ができてないんですけどぉ!!」
――こうして、私の世界はまた大きく動き出した。
◆第二章 完◆
私の受難はまだ続きそうです……
え?終わりじゃない?
もうひとつあるらしいですよ。




