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婚約者に捨てられ、親友に裏切られた私ですが――どん底からのストーリー  作者: ワスレナ
第二章

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19/90

第17話 良家のお嬢様、現る!

 翌朝のオフィスは、いつもよりざわついていた。


 秘書課の同僚たちが窓際に集まり、そわそわと小声で交わしている。


「ねえ、見た? 一階のロビー」


「うん……すごいオーラだった。女優さんみたい」


「九条家のお嬢様だって。スポンサー契約の件で来てるらしいわ」


 その名を耳にした瞬間、私は思わず顔を上げた。


 世の中に(うと)い私でも、有名人のように知っている。


 視線の先、ガラス張りのエントランスから役員フロアへと歩みを進める一人の女性。



 長い黒髪を高く結い上げ、(りん)として背筋が伸びた姿勢。


 (つや)やかな黒の和装の裾が静かに揺れる。


 付き人たちを従えて静かに歩くその姿は、気品に満ちて、まるで金色のオーラを(まと)っているかの如く。



 九条麗華。



 財界の名門・九条家。その直系令嬢。


 桐生グループと古くからの取引があり、今回はスポンサー契約の交渉窓口として訪れた――と噂は(またた)く間に広がっていた。


「九条家の人間直々なんて、滅多にないぞ」


「桐生常務が直接対応するらしい」


 社員たちの目が一斉に彼女を追う。


 その中を、麗華さんは一切たじろがず、すっと役員フロアへと歩んでいった。


 私はただその背中を見つめ、胸の奥にざらつくような感覚を覚えていた。



◆◆◆



 やがて、私たちのいる執務室の扉が開く。


 (きら)びやかなオーラが感じられる。


 麗華さんは柔らかな笑みを浮かべ、ためらいもなく声をかける。



「尚也。ご無沙汰ね」



――呼び捨て!?


 その自然さに、心臓をぐっと掴まれたような衝撃を受ける。


「これは麗華嬢。今日は父上の代理ですか」


「ええ。九条グループの正式な交渉人として来たの。スポンサー契約の件でね」


 扇子をたたみ、優雅に腰を下ろす麗華。


 桐生さんは普段通りの淡々とした口調……のはずなのに、声がいつもより丁寧に響くように聞こえた。


「わざわざ直々にお越しいただき恐縮です。契約の件、前向きに検討させていただきます」


 麗華さんに一礼する。


「まあ。あなたからそんな言葉が聞けるなんて」


 会話はあくまでビジネス。


 けれど、幼馴染同士の距離感が否応なく(にじ)み出る。


 私は息をひそめて成り行きを見守るしかなかった。



 会談は華やかに進み、次第にビジネスの本筋に入っていく。


 終始和やかな中にも、ピリッとした空気に包まれ、約三十分に及ぶ話が終了する。



◆◆◆



 私がお花摘みで失礼をし、戻ってきた時――。


 エントランスで、二人が並んで談笑しているのを見てしまった。


「尚也、今日はありがとう。交渉も随分と進んだし、やっぱり頼りになるわね」


「麗華嬢も気の強いところは相変わらずだな」


「あら、私はいつでも優しいのよ。小さい頃、あなたがおかずを欲しそうにしていたから、ちゃんと分けてあげたじゃない」


「プッ、まだそんな昔話を引きずるのか……」


「あらあら。そういうところ、昔から変わらないわね」


 幼馴染だからこそのくだけた会話みたい。


 桐生さんの表情が、いつもより柔らかい。



 私はなぜか近づけず、壁の陰からその光景を覗き見ていた。


 笑い声が耳に刺さり、胸の奥がざわついて止まらない。


(……どうして、こんなに気になるんだろう)


 すると桐生さんが私に気づき、手招きする。


「紹介するよ。俺の担当になった新人秘書の有動未春だ」


 突然の紹介。


 ここはしっかり挨拶を。


「紹介に預った有動未春と申します」


 深く一礼する。


 顔を上げ、麗華さんを見た時、彼女の目が笑っていることに気づく。


「そう、新人なのね。私は九条麗華よ。以後お見知りおきを」


「はい、良く存じ上げております……」


 麗華さんは私を上目遣いで見据えてくる。


――威圧感がハンパない。


「そう。お近づきのしるしに、交換してくれないかしら?」


 麗華さんはそう言うと、自らのスマホを取り出して私に迫る。


 え?


 九条家のお嬢様が私なんかに?


 ……一体どうして?


「……え? 私ですか……」


「そうよ。嫌かしら?」


「いや、あまりに急な話ですのでびっくりしまして……わかりました」


 突然の申し出に気圧(けお)されて、私は断ることなく交換に応じた。


 交換が終了すると、麗華さんは不敵な笑みを浮かべて言った。


「ふふ。尚也から話は聞いているわ。あなたの事が知りたいの。色々教えてちょうだい」


「……は、はぁ」


 え、一体何を聞いたんだろ?


 桐生さん、私のことを話していたなんて……意外だわ。


 というか、何で新人秘書の私のことなんか気にすんのよ?


「じゃあ、今日はこれで失礼させて頂くわ。ではごきげんよう」


 そう言い残すと、颯爽(さっそう)と自動ドアを抜け、去っていった。



――これが私と麗華さんの、はじめての出会いだった。

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