第14話 新人秘書、開発部と激しくバトル?
開発部から呼び出され、私は会議室へと足を踏み入れた。
そこには開発部課長をはじめ、十数名の社員が待ち構えていた。
「失礼します。有動未春、お招きに預かり参りました」
私は開発部の皆さんに一礼する。
「有動君、君のアンケートに新商品についての興味深い意見が多数あった。詳しく聞かせてもらえないかな」
集まってくる突き刺さるような視線。
どうやらここは敵地のようだ。
私はみんなの圧に緊張を感じた。
けれど、そんな心の本能とは別に、不思議と頭の中に話すべき言葉が浮かんでくる。
「はい。わかりました」
私は用意された席に着き、みんなの顔を一人ずつ見てから話す。
「まず、口紅ですが……油分の比率が高すぎて、発色剤と保湿成分がぶつかり合っています。華やかですが、乾燥した唇では“ムラ”が出やすいと思います」
若手社員の一人が鼻で笑った。
「新人秘書が何を偉そうに。品質部のデータでは問題なしだ」
私の声がかき消されそうになったその時、課長が手を上げる。
「待て。彼女は求められた意見を述べているだけだ。最後まで聞こう」
しかし別の社員が食い下がる。
「……ですが、所詮は素人の感想にすぎません」
空気が重く淀む。
――胸が締め付けられたその瞬間。
「素人かどうかは関係ない。でなければここに招いた意味がないだろう」
扉が開き、低く落ち着いた声が響いた。
桐生さんが入ってきた。
淡々と歩み入り、場の空気を一瞬で支配した。
「“使う人間”がどう感じるか。それを無視した商品は売れない。……続けろ、有動」
背後から差し伸べられた一言に、私は勇気を取り戻す。
私は桐生さんにコクっと頷き、みんなの方に向き直る。
「では続きを……私は以前、勤めていた商社で化粧品を扱っていました。その時、長く使っていたのが――ミラージュ化粧品です」
会議室がざわめく。
業界トップブランド。その名は誰もが知る絶対的存在だ。
「ミラージュのリップは塗り心地も発色も自然で、日常で安心して使えます。それに比べると今回の試作品は、規定値を満たしていても“違和感”が強い。消費者は敏感です。その差が売上に直結します」
社員たちは息を呑む。
課長が腕を組み、しばし沈黙した後答える。
「なるほど……君の言う“違和感”は確かに理にかなっている。液体の口紅では肌となじむ自然な発色があるが、リップの形態にすると途端に浮きが出る。……実際、うちの開発でも課題になっていた」
「えっ、そうなんですか?」
「ああ。ただ――改善するには特殊な配合成分が要る。だが、それは社外秘であり、我々の領域でもすべてを把握できてはいない。しかもミラージュ化粧品と同じ技術を使えば、それはそれで問題になる」
課長の声は低く重かった。
「そうですね……特許の問題がありますからね」
社員の一人が資料を見ながら言った。
沈黙が広がり、少し重い空気が流れた。
私は思わず手を握りしめた。
けれど、頭の片隅でひとつの成分がどうしても浮かんでくる。
それは、かつて浩康の会社――ミラージュ化粧品のものでもない。
――恐らく、“今の私”にしかできない“異質な可能性”。
「……すみません。紙とペンをお借りできますか?」
咄嗟に口から出ていた。
課長が眉をひそめるが、すぐに別の社員が差し出してくれた。
私は迷わず必要な情報と成分名を書きつけ、そのまま課長に渡した。
「こちらに……私の考えをまとめました。もし参考になれば」
課長は紙を手に取り、視線を走らせる。
社員たちも後ろに寄ってきて、中身を確認する。
次の瞬間、課長の目がわずかに見開かれた。
「……なるほど。確かにこれなら。だが、こんな発想は社外秘扱いの領域だ。品質部にも情報はあるはずだが……どうして君が?」
「その……詳しくは言えませんが、ミラージュ化粧品のものとは違う成分として、可能性を見出したんです」
場は一瞬静まり返った。
社員たちがざわつきそうになったその時、課長が手を上げて制する。
「いい。品質部にこの資料を回してやらせてみよう。……やってみる価値はある」
その声に安堵しかけた瞬間、別の社員が口を挟む。
「ですが、課長! そんな新入りの意見に――」
「それに、そんな根拠の乏しいものを真に受けるというのですか?」
「開発費のことだって……」
空気が再び険しくなる。
そのとき、沈黙を守っていた桐生さんが口を開いた。
「可能性があるなら、検討に値する。資金繰りに関しては、役員会に議題として上げよう。……有動の意見を、軽く扱うな」
いつになく、淡々とした中にも説得力のある声。
それに確かな重みを帯びていて、場の空気が一気に収束した。
「わかりました。この件は私が責任をもって品質部にやらせます」
課長が桐生さんに笑みを浮かべ発言する。
その言葉に社員たちも渋々同意する。
彼らのざわつきが続いていたが、私は確かな手応えを感じていた。
「……あっ」
そんな矢先、突然睡魔が全身を襲ってきた。
抵抗できず、テーブルに突っ伏してしまう。
◆◆◆
気付けば医務室のベッドの上だった。
――どうやらまたやっちゃったみたい……
「気付いたか」
ベッドの傍で桐生さんが付き添ってくれている。
「……」
「ここのところ頑張りすぎで疲れているのか? 病院で診てもらった方がいい」
「……で、でも」
「仕事は体が資本だ。ちゃんと診てもらえ」
淡々とした中にも、いつもと違う迫力を感じる。
「は、はい」
再び横になる私に、桐生さんが横で淡々と続けた。
「だが……大したもんだ」
「えっ……?」
「ただ気づいただけじゃない。理屈で押し切った。さっきの場を収めたのは、君だ。有動」
真顔で少し熱く語る桐生さんに、ちょっぴり気圧されて答える。
「ありがとうございます。それも桐生さんの後押しがあってこそです。私ひとりじゃ無理でした」
「ああ、あれは俺の仕事だからな。気にするな」
桐生さんは、表情を崩さぬまま医務室から歩み去っていった。
その背中を見つめながら、胸の奥に新しい熱が灯るのを感じていた――。




