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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

霧の夜の殺人

作者: 伊勢丸六

第一章:霧の中の悲劇


濃い霧が山間の別荘を包み込み、まるで世界から隔絶されたような静寂が漂っていた。時計が深夜0時を打つ頃、リビングの暖炉の前で、資産家の山崎隆一が倒れているのが見つかった。胸にナイフが深く突き刺さり、血が絨毯に赤黒い染みを作っていた。叫び声を上げたのは隆一の妻だった。

「隆一! どうしてこんなことに……!」

彼女の声が別荘に響き渡り、駆けつけた他の3人がリビングに集まった。霧は窓の外を厚く覆い、外部からの侵入は不可能に見えた。警察が到着し、すぐに捜査を開始。犯人はこの別荘にいる4人の誰かだと断定された。



第二章:別荘の住人たち


事件の夜、別荘には隆一を含めて5人がいた。まず、叫び声を上げたのは隆一の妻、山崎美穂、34歳。冷静で知的な女性で、隆一の莫大な遺産の第一相続人だ。彼女は事件当夜、寝室でミステリー小説を読んでいたと語った。彼女の指には小さな切り傷があり、「昼間に果物を切った時にうっかりやった」と説明したが、警察の質問に答える声はかすかに震えていた。絹のネグリジェが血の赤と対比し、彼女の青白い顔に異様な雰囲気を漂わせていた。

次にリビングに飛び込んできたのは、隆一の秘書、佐藤健太、28歳。几帳面で忠実な若者だが、鋭い野心が瞳の奥に光る。彼は事件当夜、書斎で隆一のビジネス資料を整理していたと主張した。手にインクの汚れが目立ち、「万年筆が漏れたんだ」と笑って誤魔化した。ワイシャツの袖をまくった彼の手首には、書類を扱う秘書らしい細やかな傷があった。

続いて現れたのは、隆一の姪、藤田彩花、25歳。明るく少しわがままな性格で、派手な赤いネイルが目を引く。彼女はキッチンでお茶を淹れていたと主張したが、警察が彼女のセーターの袖に微かな血の跡を見つけた。「鼻血よ! さっきちょっと出ちゃって」と慌てて弁解したが、血痕は袖の内側に集中しており、彼女の動揺した目が嘘を隠しているようだった。彼女が隆一に借金を頼みにこの別荘に来ていたことは、警察の聞き込みで明らかになった。

最後に、ゆっくりとリビングに入ってきたのは、隆一の旧友で医者の中村修、45歳。穏やかで信頼される人物で、事件当夜は客間で一人でチェスを楽しんでいたと証言した。彼の革靴の裏には、庭の赤い粘土質の土が付着していた。「夕方に庭を散歩したんだ」と説明したが、霧で濡れた庭を歩いたにしては泥が乾いているのが不自然だった。修の落ち着いた態度は、まるで事件を遠くから眺める観察者のようだった。



第三章:現場の証拠


警察の捜査で、現場からいくつかの手がかりが浮かび上がった。凶器のナイフはキッチンにあったもので、刃には血と一緒に微量のバターが付着していた。リビングの窓は全て施錠されており、外部からの侵入痕はなかった。別荘の庭は赤い粘土質の土で覆われ、霧のせいで湿っていたが、リビングの絨毯に泥の痕跡は見られなかった。

隆一の死亡時刻は23時30分頃で、死因は胸の刺し傷による即死だった。リビングのテーブルには、半分食べられたバター付きのパンが放置されており、切り口は粗雑で、急いで切ったように見えた。暖炉の近くには小さなガラスの破片が落ちていたが、窓に傷はなく、破片の出所は不明だった。キッチンのシンクには、洗われた形跡のある皿が1枚だけ残されていたが、ナイフ以外の食器にバターや血の跡はなかった。



第四章:疑惑を呼ぶ手がかり


捜査が進むにつれ、ミスリードを誘う手がかりが次々と見つかった。美穂の寝室のゴミ箱に、血の付いたハンカチが隠されていた。彼女は「生理の血よ。恥ずかしいから捨てたの」と主張したが、なぜ丁寧に隠す必要があったのか、警察は疑問を抱いた。ハンカチの血は乾いており、事件の血とはタイミングが合わないように見えた。

健太の書斎の机には、隆一が遺言状を書き換えようとしていた草稿が残されていた。そこには「遺産の分配を変更する」というメモがあり、健太が関与している可能性が浮上した。彼は「隆一が相談してきただけ。僕はただ書類を整理していた」と否定したが、野心的な性格が疑いの目を集めた。書斎の床には、インクがこぼれた跡も見つかった。

彩花の部屋からは、隆一に宛てた借金の嘆願の手紙が見つかった。文面には「どうしても助けて欲しい」「もう我慢できない」といった怒りの言葉が並び、彼女の動機を強く示唆していた。彼女は「ただのお願いよ! 叔父とは仲が良かった」と弁解したが、彼女の部屋にあった香水の瓶が、なぜかリビングの隅に転がっていた。

修の客室には、医療用の注射器が無造作に置かれていた。警察は一時「毒殺の可能性」を疑ったが、検死で毒物は検出されなかった。修は「医療キットを持ち込んだだけ。チェスに夢中で気づかなかった」と繰り返したが、注射器がなぜ客室にあったのか、説明は曖昧だった。さらに、修のチェス盤には、駒が不自然に散らばっており、集中して遊んでいたようには見えなかった。



第五章:深まる謎


さらに、別の手がかりが捜査を複雑にした。リビングの暖炉の灰の中に、燃え残った紙片が見つかった。そこには「遺産を…」「裏切り…」という断片的な文字が読み取れた。隆一が遺言状を書き換えようとしていたのは確実で、誰かがそれを阻止した可能性が浮上した。紙片の燃え方は、急いで燃やされたことを示していた。

別荘の裏庭には、土が掘り返されたような不自然な跡があった。霧で足跡は消えていたが、誰かが何かを埋めた、あるいは隠した可能性が考えられた。警察はスコップを探したが、物置には錆びた古い道具しかなく、最近使われた形跡はなかった。庭の土は赤い粘土質で、修の靴に付いた泥と一致したが、乾いた状態である理由は依然として謎だった。

美穂の指の切り傷は、果物を切ったにしては深く、包丁の扱いに慣れている彼女には不自然だった。健太のインク汚れは、万年筆のインクと一致したが、書斎のペンは新品で漏れていなかった。彩花の袖の血痕は、洗えば簡単に落ちるはずなのに、彼女がそのまま着続けていたのは奇妙だった。彼女の香水の瓶がリビングにあったことも、説明がつかなかった。修の靴の泥は庭の土と一致したが、霧の夜に乾いた泥が付くのは不自然だった。



第六章:それぞれの証言


警察の事情聴取で、4人はそれぞれの行動を詳細に語った。

美穂は「寝室で本を読んでいた。切り傷はリンゴを切った時にできたもの。ハンカチの血はプライベートなことだから隠した」と語った。彼女の冷静な態度は、逆に冷酷に見えた。彼女は隆一の死に涙を見せなかった。

健太は「書斎で資料を整理していた。インクはペンが漏れたせい。遺言状の草稿は隆一が書いたもので、僕はただ見ていただけ」と主張。警察は彼の野心を疑ったが、書斎のインクの跡が彼のアリバイを裏付けていた。

彩花は「キッチンでお茶を淹れていた。ナイフには触っていない。袖の血は鼻血よ」と繰り返した。だが、鼻血にしては血痕が袖の内側に集中しており、彼女の動揺した様子が目立った。香水の瓶については「知らない、誰かが持っていったのかも」と曖昧に答えた。

修は「客間でチェスをしていた。何も聞こえなかった。靴の泥は夕方の散歩のもの。注射器は医療キットの一部」と説明。穏やかな態度は信頼できるように見えたが、チェス盤の乱雑さと乾いた泥の説明は不十分だった。



第七章:真実の解明


翌朝、霧が晴れた別荘に、50代のベテラン刑事が現れた。白髪交じりの髪と鋭い目つきは、長年の経験を物語っていた。彼はリビングに立ち、4人を前にして静かに話し始めた。

「30年この仕事をしてきたが、こんな霧の夜の事件は初めてだ。だが、手がかりは嘘をつかない。全てのピースを揃えれば、犯人はただ一人、浮かび上がる。」

刑事は暖炉の前の絨毯を指差した。「凶器のナイフにバターが付着していた。これが事件の鍵だ。リビングのテーブルにあったバター付きのパンは、粗雑に切られていた。キッチンにいたのは藤田彩花、お前だ。お茶を淹れるだけでなく、パンを切って食べていたな。その時、ナイフにバターが付いた。」

彩花が顔を上げ、「そんな証拠ない! パンなんて誰でも食べるでしょ!」と叫んだが、刑事は冷たく続けた。

「お前のセーターの袖に血痕があった。鼻血だと主張したが、鼻血なら服の他の部分にも飛び散る。袖の内側に集中した血は、ナイフを振るった動作で付いたものだ。犯行後、服を洗わなかったのは動揺していたからだろう。」

刑事は修の方を見た。「中村、靴の泥が乾いていた。霧で湿った庭を歩けば、泥は濡れているはずだ。リビングに泥の痕跡がないことも、お前が犯行現場にいなかった証拠だ。」

次に美穂に視線を移した。「山崎夫人、血の付いたハンカチは生理の血と説明できる。ゴミ箱に隠したのはプライバシーを気にした行動だ。切り傷は果物を切った際の事故で、ナイフの柄に指紋がないことから、関与は薄い。」

健太に向き直り、「佐藤、インク汚れは書斎の仕事によるものだ。ペンが新品だったのは確かだが、書斎のインクの跡がお前のアリバイを裏付ける。遺言状の草稿は隆一が書いたもので、お前の動機は薄弱だ。」

刑事は再び彩花に目を戻した。「藤田、お前の部屋にあった借金の嘆願の手紙には怒りの文面があった。隆一が遺産分配を変更しようとしていたことを知り、衝動的に行動したな。暖炉の燃え残った紙片に『裏切り』とあったのは、その証だ。リビングにあった香水の瓶は、お前が犯行時に落としたもの。キッチンからナイフを持ち出し、隆一を刺した。全てのピースがお前を指している。」

彩花は顔を真っ青にし、言葉を失った。彼女の震える手が、セーターの袖をぎゅっと握りしめた。刑事は静かに言った。「袖の血痕を鑑定すれば、隆一の血と一致する。観念しろ。」

警察が彩花を連行する中、別荘に静寂が戻った。霧は晴れ、朝日が窓から差し込んでいた。

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