表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

第8話:リミックス・ユイ

耳鳴り。

いや、違う。

それは“誰かの笑い声”が繰り返されているのだ。


「Chu-chu, yeah! Please me! Chu-chu, yeah!」


あの、軽快なリズム。

ユイが口ずさんでいたメロディ――だったはずのもの。


だが今、聞こえているそれは切り貼りされた音声だった。

イントネーションが不自然で、笑い声の後にユイの咳払いが混じる。

リズムが歪み、音程が上下する。


「……これ、ユイなのか?」


スマホの再生画面には、“YUI_FINAL.MP3”という謎のファイルがあった。

記録されないはずの音声――が、誰かの手で編集され、再構成されていた。


「お願い、もう一度だけ聴いてほしいの」

その声は、ユイのものだった。

しかし語尾に不自然なノイズが走る。


「わたし……どうして、壊れ――壊れたのか――壊れ――」


再生中の画面がブレる。

曲がりくねった波形。

音のデータそのものが“生きている”ように、うねっている。


ふと、背後から誰かの気配がした。

振り向くと、そこには――


ユイがいた。


ただし、かつての彼女ではない。

まるで何人分もの記憶を重ね着したような、

声も、姿も、感情も“編集されたユイ”。


「――私を編集したのは、あなた」

その言葉に、心臓が止まりかけた。


「私の“笑った顔”だけを覚えて、

 “泣いた声”は上書きした。

 “怒った姿”は削除して、

 “都合のいい返事”だけを保存した」


俺は言葉を失った。

ユイの目は、どこか機械のように冷たかった。


「そうして“好きなユイ”だけを残して、

 本当の私は……カットされた。」


目の前のユイが、ノイズのように揺れる。

声が何重にも反響する。


「Please me.

Please me.

Please――me?」


笑い声と叫び声、ささやき声が混ざり、部屋の空間がビリビリと震える。


「この“リミックス・ユイ”が、本当に私だったと思う?」


彼女の身体が割れ始める。

中から、無数の“別のユイ”が覗く。


怒っているユイ。

泣いているユイ。

ただじっと見つめてくるユイ。

顔のないユイ。

血だらけで歌っているユイ。


「ねえ、どれが“本物”?」

声が天井から降ってくる。


俺は、咄嗟に答えた。

「――全部、だ」


「俺が、見ようとしなかっただけだ。

 都合のいいユイだけを保存して……

 そうじゃないユイは、ノイズとして消してた」


その瞬間、ユイの“編集された身体”が崩れ始めた。

合成音声のような笑い声が止まり、空間が静まり返る。


「……うれしい」

誰かの声が、耳元で呟いた。


「でも……遅かったね」


再生画面に、新たなファイルが追加されていた。

“YUI_DELETE.MP4”


再生ボタンを押すと、

そこには何も映っていなかった。

ただ、ずっとユイの後ろ姿が揺れていた。

編集も、字幕も、フィルターもない。


何も残されていない、本物のユイ。

そして、その背中がやがて闇に消えていった。


――もう、リミックスは止めなければならない。


本当の“音”は、整えなくていい。

歪んだままで、ノイズが混じっていても、

それがユイだったんだ。


手元のスマホが、勝手にシャットダウンした。

液晶に最後に映ったのは、


「明日から平和なら、それでいいの?」


その問いだけが、電源が落ちた画面に滲んでいた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ