第4話:花束は燃える夢の中で
あの日、確かに花束を渡した。
駅前の小さな広場。夕暮れのオレンジが地面を照らしていた。
「ユイ、誕生日おめでとう」
俺は言った。
でもユイは微笑まず、代わりにこう言った。
「これ、燃やしてもいい?」
――冗談だと思った。
けれどその夜、ユイのSNSに**“燃える花束”**の動画が上がっていた。
誰にも“いいね”されることのない、不気味な静寂だけが漂っていた。
「どうして……あんなことを……」
俺は“祈りの部屋”の床に膝をつきながら呟いた。
背中の痛みはまだ続いていた。
何かが生えている、確実に自分の身体ではない“何か”が。
そのとき、部屋の壁がざわりと波打った。
そこに映し出されたのは、過去の映像だった。
教室。雨の日。ユイが一人で机に突っ伏していた。
誰も声をかけなかった。
いや、かけられなかったのだ。
彼女はいつも、どこか壊れそうな匂いを放っていたから。
「君が最初にくれたのは、花束じゃなかったよ」
背後から声がした。
振り返ると、そこに立っていたのはユイだった。
だけどその顔には――目も鼻も、何もなかった。
真っ白なマスクのように、何もない“顔”。
その空白が、笑っているようにさえ見えた。
「最初にくれたのは“無視”。それが、あなたの贈り物だったの」
花束を手にしたユイの映像が再生される。
だが、それは次第に燃え始め、画面は炎に包まれていく。
ユイが笑った。
「この世界ではね、“燃える”ことが、いちばん綺麗な祈りなのよ」
その言葉と同時に、部屋全体が赤く染まっていく。
まるで燃え盛る夕焼けの中に取り込まれるようだった。
「僕は……君を助けたいだけだった……!」
その言葉に、ユイは少しだけ表情を変えた気がした。
目のない顔に、かすかな“寂しさ”が滲んだ。
「……だったら、どうして気づいてくれなかったの?
あの時、ひとことでも“だいじょうぶ?”って言ってくれたら……」
そう言った瞬間、彼女の胸元に真っ赤な花が咲いた。
血のような花びら。燃えて、揺れて、ゆっくりと落ちていく。
そして囁く。
「君と出会い、世界は花束に溢れた……嘘でしょ?」
気がつくと、俺の手にはあの時の花束があった。
けれど、それは既に燃えかけていた。
花は朽ち、茎は焦げ、灰が床に落ちていく。
「ちぐはぐなコミュニケーション……でも、別に構わない」
その言葉が、空間のすべてから響いた。
目の前のユイの顔に、ゆっくりと“目”が現れる。
涙のような黒い液体が、頬を伝っていた。
「さよならはまだ、言わないで。
私、もう一度……ちゃんと、あなたと踊りたいの」
そう言って、ユイは手を差し出した。
だが、その手には指がなかった。