第20話 女王の搭乗者
「つ、ツィルニトラ女王自らが戦うのですか……?」
ティアマトが動揺を隠せないように言う。コクリと頷くツィルニトラ。そんな2人の間に割り込むように、ガラバリィ大臣が口を開いた。
「ツィルニトラ女王は第45回竜闘の儀以降、久々の出場でございます。いやはや、女王はその際に優勝されておりましてな。その当時の姫……コホン、女王様の活躍は鬼気迫るものがございまして、ええ」
竜闘の儀って4年に1度開かれるんだよな? 来年が49回目って確かティアマトが言っていた事から考えると……次に開かれるのが来年だから……単純計算で今から15年前ってことか?
「では、ツィルニトラ様は若干9歳にして竜闘の儀を?」
アシュタルの冷静な表情にもさすがに驚きの色が浮かんでいる。ツィルニトラが肘掛けに右肘をつく。その姿は、どこまでも自信に満ち溢れていた。
「あの時は私もまだまだ未熟であったのでな。搭乗者を振り回してしまったものだ。挙句こう言われたよ。『ツィルニトラには二度と乗りたくない』と」
ツィルニトラがクツクツと笑う。その様子だけで、彼女が竜機兵としてもとんでもないスペックなのだと分かる。だけど不思議だ。なぜそこまで強いのに次の49回目まで出場しなかったのか? 15年だぞ? 優勝者をそこまで出さないなんて……何より、ツィルニトラ自身が出場を望んでるみたいなのに。
気になる。聞いてみるか。
目線でアシュタルに質問したいと告げて、彼女が頷いたのを確認してからツィルニトラへ質問してみる。
「ツィルニトラ女王。なぜ今まで参加しなかったんですか?」
「私を乗りこなせる者がいなかった……単純な話さ」
ツィルニトラはなぜか嬉しそうな顔をする。その眼に見つめられて心臓が止まりそうになった。怒りも何も感じないのに、鋭利な刃物を突き付けられたような眼。殺気? 違う……見定められている感じだ。俺がどんな人間なのかを。
「この先は、ショウゴ殿にも関係がある話だと思うぞ?」
意味深に告げるツィルニトラ。彼女は俺にだけ語りかけるように身を乗り出した。
「私はな、この15年。闘いたくて闘いたくて仕方が無かった。だが、搭乗者が見つからぬ限りは耐えねばならなかったのだ……私の性では中々に辛い日々であったぞ?」
「そ、そうなんですか」
威圧感がすごい。想像以上にヤバイ奴だなこの女……目に狂気を感じる。だけど、状況は分かった。なんとなくティアマトの状況と似てる。ツィルニトラには釣り合う相棒が現れなかったってことか。
ん?
なら、今回出場するのを決めたのは搭乗者が見つかったから? だとしたら、その搭乗者もとんでもない腕の持ち主なんじゃ。
それに、俺に関係があると言っていた。
……。
まさか。
動悸がする。嫌な予感が脳裏をよぎる。自分のテーブルの上を彷徨わせてしまう。すると、俺の手をティアマトがギュッと握った。
「ショウゴ? どうしましたか?」
「え? あ、ああ……」
俺が言葉に迷っていると、ツィルニトラは笑いを噛み殺したように呟いた。
「察したようだな。良い、実に良い。ソナタの顔は戦士の顔だショウゴ殿。それも敗北者のな。復讐を誓った敗北者ほど最高の闘いを見せてくれる者は無いない」
ツィルニトラの言葉にティアマトは敵意を剥きだしたように声を荒げた。
「ツィルニトラ様! 我が搭乗者に向かってその様なお言葉を……撤回なさって下さい!!」
静まり返る室内。ツィルニトラの笑みが消える。睨み合う2人の間に割って入ろうかと思った時、ツィルニトラがふっと笑った。
「ふふ、すまぬ。撤回しよう。私は楽しみなだけなのだ。貴君らとの闘いが」
ツィルニトラが指を鳴らす。ガラバリィ大臣がうやうやしく頭を下げて扉を開くと、そこから1人の男が入室した。ハツラツとした声を上げる優男が。
「お! やっぱりショウゴだ! いやー呼んで貰えるよう頼んで正解だったぜ〜!」
その男は髪を青く染めていて、前髪には紫のメッシュが入っていた。見覚えのある顔。男は、動画映えしそうな爽やかな笑みを浮かべた。
俺が見た時と違うのは、俺と同じように鎧のような兵士服を着ている事だ。
「日本大会以来だな! またショウゴと戦えると思うとワクワクして来た〜!」
「ユウ……お前も……召喚されてたのか……」
大臣が、ティアマト達へ向けてユウを紹介する。
「彼は我らの召喚人、『ユウ・シライ』殿でございます。元の世界ではショウゴ殿と同じ国におられたと聞いております。ええ」
ユウは、ゲームの実況動画を上げる傍ら大会にも出場するゲームプレイヤーだ。そして、バトリオン・コアの日本大会決勝で戦った相手であり、その大会の優勝者。
つまり……俺が負けた相手。それがこの世界に? しかも、ツィルニトラの搭乗者って……マジかよ。
「そんな怖い顔すんなって。せっかくリアルでやり合う機会できたんだからさ、楽しもうぜお互い。な?」
朗らかな笑みを浮かべるユウ。彼がツィルニトラの元までやってくると、ツィルニトラはユウの手をそっと取った。
「彼こそ私を最も満足させられる搭乗者。そして……彼が最も評価するのが貴君だ。私がなぜ今回の会談に貴君と姫君の同席を願ったか分かったであろう?」
アシュタルも、ハインズも、俺達も……ツィルニトラの持つオーラに何も言えなくなっていた。
「私は何よりも熱き戦いを求めている。心焦がした先にある勝利を掴んでこそ、大陸の覇者という格となる。そうなれば、敗者達も王者に従わざるを得なくなる。故に、私は竜闘の儀へ出よう。ユウと共にな」
大仰な仕草で語るツィルニトラ。彼女とは初めて会ったはずなのに、分かってしまう。彼女は勝つために出場する。自分が王者であると、他の国の人たちみんなに見せつけるために闘うんだ。
「さて、顔合わせも済ませた。アシュタル殿。貴殿の言う事前交渉案を聞こうか」
場の空気に飲まれていたアシュタルは、ハッと元の表情に戻って書類へと視線を向けた。アシュタルも戦っている様な、そんな風に俺には見えた。
「……分かりました。ガラバリィ様もユウ殿もお席へ。長くなりますので」
ユウがツィルニトラの隣に座り、俺を見てニコリと笑う。……なんでそんな風に笑えるんだよ。俺はお前みたいに笑えないぞ。
自分の動揺を悟られないように、俺は拳を握りしめた。
「ではまず、前回竜闘の儀終了後、貴国と交わした条約についてなのですが──」
アシュタルとツィルニトラが交渉を始める中、ティアマトは、敵意のこもった顔でユウとツィルニトラを睨み付けていた。
……。
アシュタルとツィルニトラの競技は数時間に及んだ。前回竜闘の儀で課せられた税率の変更や国境の確認、定期的に課せられる国境警備の数やその配置地域の変更など。
……こうやって聞いていると、アシュタリアは1つの国だけど、トルテリアに従っているというのがよく分かる。今回の交渉も、トルテリアが優勝に最も近いと考えての行動みたいだ。
反面トルテリアもアシュタリア側の条約緩和案を受けつつ、アシュタリアが優勝した場合の条約提示に制限を出す。こうすることで、自分が優勝した時には希望を叶えてやるのだから、お前が優勝した場合は無理な要求をするなよと擦り合わせしているのか。
当然、お互いの要求がそのまま通る事は無い。何度も協議に休憩を挟んでは代案や妥協点の提案をする。トルテリア側に対し、コチラはアシュタルがほぼ1人で行っている。軍備に関してハインズに確認するくらいだ。彼女が王に信頼されているのがよく分かる。
そうして、数時間に及ぶ協議が終わった。
「アシュタル殿。明日の午後、我らは実戦訓練を行う予定だ。良ければ見ていかぬか?」
「……我らに手の内を晒すと?」
「私の我儘を聞いてくれた礼だ。それに、これは余興でもある。アシュタル殿の前で我らも恥をかく訳にはいかぬからな。なぁ、ユウ?」
恥をかく? 訓練と言いつつ重要な事をやるのか?
「見てってくれよショウゴ! 相手の力を知るのは基本だろ?」
ユウがニカリと笑う。クソッ。そっちがそのつもりなら、お前とツィルニトラの力、この目に焼き付けてやるよ。それで絶対攻略法を編み出してやる。
「そんな怖い顔するなって。なんだよ〜ツレない奴だな」
指摘されて我に返る。しまった……ここが公の場だってこと忘れてた。
「ショウゴ?」
「気にしないでくれ」
ティアマトを安心させるように無理矢理笑ってみせる。彼女が何かを言おうとした時、ツィルニトラが声を上げた。
「ガラバリィ、アシュタル殿達を迎賓館へ」
「はい。では皆様コチラへ」
ガラバリィ大臣に案内されて部屋を退出する。すれ違い様、ユウがポツリと呟いた。
「お前にとっては最高の舞台でリベンジできるんだぜ? 楽しめよ」
……ムカつく。自分が負ける事なんて微塵も思っていないそのそぶりが。
「……笑ってられるのは今だけだ。俺はお前に言われた事、忘れない」
お前が俺に「勝つ為に機体を乗り換えろ」って言った事をな。
「あ〜……なんも分かってないな。ま、いいや。伸び代があるって事だけどさ」
バツが悪そうにユウが頭を掻く。俺は、ユウを無視して扉を出た。
◇◇◇
ショウゴ達が去った後、事前協議が行われていた部屋ではツィルニトラとユウ・シライが残っていた。
「どうだったツィル? ショウゴとティアマト姫は?」
ユウが飾ってあった彫刻を指でなぞる。トルテリアの弩級戦艦竜「レビアタン」の彫刻を。
「ショウゴ殿の眼、アレを見れば分かる。彼の実力は本物だ。姫の気迫も中々……私に敵意を向けるなど並の人間にはできぬ。だが、それが竜機兵としての強さへ繋がるかは、また別の話だ」
「お、じゃあ明日の余興は見せて正解かもな」
「我らは今の彼らと闘う訳では無い。成長して貰わねばな」
「それで負けたらカッコつかないんじゃないのか?」
ツィルニトラは大きくため息を吐いた。
「それでも良い。竜闘の儀の本質は誇りを賭けた闘いにこそある。勝敗はそこへ付随するものだ」
ツィルニトラは椅子へ深く座り込み、天を仰ぐ。そっと眼を閉じて何かに想いを馳せるように。
「前回、ヲルス国のイルムガンのしでかした事で、竜闘の儀の信用は大きく揺らいだ。今後も儀式が続けられるかは、今回にかかっている」
「前回はツィルが運営にかけ合ったんだっけ?」
「ああ……ヲルス国を必ず下すと誓ってな。ストールにも負担をかけてしまった」
前竜闘の儀でヲルス国のイルムガンが対戦相手であるアンヘルの竜核を狙うという不正を行った際、本来であればヲルス国は即刻追放処分。儀式への参加権を失うはずだった。
しかし、イルムガンの不正は前代未聞。竜核を狙うなど、誇り高き竜機兵が決して行う行為ではなかった。故に運営も調査に時間をかけた。
ツィルニトラはそこへつけ入った。ヲルス国を一時不問とし、儀式の継続を申し出たのだ。ヲルス国には絶対に優勝させないと誓って。
「あのまま儀式が中断してしまえば竜闘の儀はその権威を失墜させ、意味をなさなくなってしまう。そうなればどうなる? また長き戦争の時代へと逆戻りし、多くの民が血を流す」
「他の国の人もって事だろ? 優しいな、ツィルは」
「優しくなどない。その為に私はハインズ殿とアンヘル殿の誇りを汚したのだ」
「……ガラバリィから聞いてるぜ? わざわざアシュタリアへ竜核治療の先進技術を送ってまでしたんだろ? それで優しくないって言われてもなぁ」
「言うな。それはただの贖罪だ」
当時のツィルニトラは不正を暴く事よりも、継続を優先した。大陸全土の民を守る為に、彼女は己が命を賭けたのだ。運営を説得する為に自身へ刃を突き付けながら演説をしたのである。儀式体制が崩壊してしまえば、大陸がどのような結末を迎えるのかを。
故に、ツィルニトラはイルムガンを続投させ、配下であるストールによって二度、ヲルス国を下したのだ。本戦と決勝。それは完膚なきまでに。ヲルス国とイルムガンのプライドを叩き折るほどに。
そうする事で、彼女はイルムガンへ罰を与えた。誰が見ても分かる形で。
「だが、ここからなのだ。前回は儀式の信用を守っただけにすぎない。本質を取り戻す今回こそが重要なのだ。故に、ヲルスにもイルムガンを参加させるよう書簡を送った」
ツィルニトラは思う。彼女が送った間者によれば、プライドを叩き折られたヲルス国は今日までの歳月をかけてイルムガンを責め立てたと聞く。
その上での今回の参加。ヲルスは躍起になって名誉挽回へ動くだろう。イルムガンへも本気で闘うよう告げるはず。彼女が真に誇り高き闘いを見せる事ができれば、彼女は大陸へ贖罪を果たす事ができるだろう。同じ戦士であるハインズ殿にとってもな。
だが万が一、彼女の魂が穢れているのならば……私は闘いの場において断罪するだろう。我が魂の故郷である、竜闘の儀を汚した罪を。
「だからこそ私自身が出場する。正統な手続きを持ってな。大陸全土の注目を集め、闘争を見せ付ける。それこそが、儀式の真なる復権の鍵となるだろう」
今回の儀式に彼女が参加するのは、儀式本来が持つ役割を確固たる物とするためである。もちろん、闘いたいという彼女の個人的感情も多分に含まれているが。
ツィルニトラがその眼を開く。そこに先ほどの憂いの表情は無い。闘いを望む狂気、喜び。それらが混ざり合った笑みを、彼女は浮かべた。
「身を焦がし、心が軋むほどのプレッシャー。プライドを賭けた一騎打ち……そのような戦いを繰り広げるからこそ、負けた国は従う。勝った国は支配できる。皆が戦士の生き様を見る。圧勝ではダメなのだ。闘争にこそ竜としての誇りと輝きがあり、人々は心震わせる」
「相変わらず演説が好きだなぁ……ま、俺は全力を出せればそれでいいけどさ」
「やらねばならぬことは多いが……ククッ。面白くなって来たのは間違いない。ユウと巡り会えて私は運がいい」
ツィルニトラが立ち上がり、ユウの手を取る。芝居がかった動きで。
「共に戦おう我が騎士よ。私の全て、ユウに捧げよう」
「はいはい」
ユウの軽い相槌にツィルニトラが唇を尖らせ、ジトリと彼を見つめた。怒っている様で、残念そうで、何かを求めているような、少女の顔。それは他の者には決して見せない顔だった。それを見たユウは、笑いを噛み殺すように声を漏らした。
「ツィルは面白いなぁ」
「笑うでない。どちらの姿も私なのだ」
「分かってるって。威厳ある姿も、今の貴女も素敵だと思いますよ。女王様?」
ユウは彼女を真似たように芝居がかった仕草で膝を付く。ユウは、この数ヶ月で彼女の好みをよく把握していた。彼女が喜ぶような行動も。
彼もまた別の顔を見せる。先ほどショウゴたちに見せていた姿からは考えられないような真剣な表情。その瞳がツィルニトラの瞳を覗き込む。
「我が女王よ。私の全ては貴女の為に」
「それでいい。それでこそ私のユウだ」
ツィルニトラが満足気に声を弾ませる。女王と彼女の騎士。この世界の女王と異世界の王者、ショウゴ達とは異なる関係性の2人が、そこにいた。
〜ティアマト〜
ツィルニトラ女王にユウ・シライ……強敵が現れましたね……いえ、私も落ち込んでいる暇はありません。頑張って2人に勝たなくては!でもまずはショウゴの元気が無いです。何とか励ませないでしょうか……。
次回は落ち込んでいるショウゴを励まそうとトルテリアの街へ出かけます。見た事の無い街並みやお祭りのような雰囲気に2人は……?まま、まさかショウゴがそんな事を言ってくれるなんて!?
次回、「デートをしましょう♡」
絶対見て下さいね♡
本日は12:10、15:30、17:30、19:10の投稿です!