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第14話 アンヘルの謎

 ハインズの屋敷に来て1週間が経った。


 今日はアンヘルさんが出かける用事があるという事で、いつもより早く基礎訓練を始めることに。日の出と共に俺はハインズとの剣術の稽古。ティアマトはアンヘルさんと一緒に軽い体操からはじめ、筋トレ、敷地の外周とメニューをこなしていた。


 休憩になった俺は芝生の上に座って走るティアマトへ目を向けた。体にピタリとフィットした機兵服のせいで彼女の色んな所が揺れる。ジャージみたいな物がないからか、竜機兵になった時の感覚を掴む為か知らないが目のやり場に困る。


 それに加えて……。


「はぁ……あ、ああ……っ、いや、ダメ……! う゛ぅっ……気持ち……悪いですぅ……」


 なんで走る度に毎回ああいう言い回しするんだアイツは? 黙ってた方が体力使わないだろ。


 後ろで束ねた髪を揺らしながら、その目は涙目。何度も吐きそうになりながら頑張る姿の彼女を見ていると、心の底から何かが湧き上がって来る感覚がする。頭を振って俺は煩悩を振り払った。


 ……昨日ルカド王が様子を見に来た時もニヤニヤしながら俺の背中を叩いてきたし。見透かされたようでなんかムカつくな。


「姫〜がんばれ〜!」


 それを隣で応援するアンヘルさん。あの人すごいな……ティアマトのゆっくりなペースに合わせてるとはいえ、応援しながら走ってもまだ余裕そうだ。


 彼女もティアマトに合わせると言って機兵服を着ている。ティアマトとは対照的に色んな所がスラリとした大人の女性という印象だ。美人だしホントモデルみたいだな。見てはいけないと思いつつ、ああも色々分かりやすい格好されると……。



「おい」



 急に、頭頂部へ衝撃が走った。



「痛った!?」



 振り返ると木剣を肩に担ぐハインズが。彼は、無言のまま恐ろしい殺気を放っていた。


「休憩とは言ったが何をしている?」


「い、いや、ティアマトの様子を見てただけ……」


「アンヘルの方を見ながらか?」


 うっ!? ハインズの眼光が鋭くなった!? マズイぞこれ……!?


「い、いや誤解だ!! たまたま目に入っただけだって! 別にモデルみたいだなとかくびれが……ああいや違うんだ!? 別に俺はそういうつもりじゃ!?」


 言い訳する度にハインズのオーラがドス黒くなっていく。いやマジ怖いんだけど!? 俺を殺す気か!?



「……休憩が終わったら次は本気で行く。覚悟しておけ」


「ちょ!? マジかよ!?」



 その後の訓練は筆舌に尽くし難いものだった。いや、まぁ、簡単に言えばボコボコにされた。



 ハインズ怖えぇ……。




◇◇◇


「それじゃあ、お兄ちゃん。行ってくるね」


「ああ。気を付けてな。アンヘル」


 アンヘルさんがハインズへギュッと抱きつく。ハインズは彼女の背中をトントンと叩き、彼女を送り出した。彼女を迎えに来たワイヴァルスがアンヘルさんをその手へ乗せて飛び立って行く。


「ハインズは行かなくていいのか?」


「ライネの所だ。心配はしていないさ。それに……」


 ハインズは、飛び去っていくワイヴァルスを見送りながらポツリと呟く。


「アンヘルの検診に俺がいると邪魔になるからな」


 寂しそうなハインズの顔。ティアマトへ視線を送ると、彼女はコクリと頷いた。気になっていた事を聞くなら今しかないか。


「なぁハインズ。アンタとアンヘルさんの関係を教えてくれよ」


「この前も様子がおかしかったですし、今日は検診……モヤモヤしてしまいます」


「……」


 ハインズが黙り込んでしまう。迷っているみたいだ。これなら……押せばいけるか?


「気になりすぎてこのままじゃ真剣に修行できないって」


「……なら、ついて来い」


 ポツリと呟いて屋敷へと向かうハインズ。彼について屋敷の中へ入り、来客用の応接室へ。ハインズは近くにいたメイドさんを呼び止めた。


「この部屋に人を近付けないで貰いたい」


「わ、分かりました」


 メイドさんがペコリと頭を下げて廊下を走って行く。ハインズは、廊下を数度確認した後、扉の内鍵を閉めた。


「聞かれちゃ困る話なのか?」


「皆気付いてはいるが、形式上聞かせる訳にはいかない。竜闘の儀の誓約があるからな」


「誓約?」


 ハインズに促されて椅子へ座る俺とティアマト。ハインズは、テーブルを挟んで席へ着くと、その手を組んだ。


「竜闘の儀に関わる者は決闘で起きた如何なる「事故」についても口外してはならない。この誓約を破った時、その国は永久に竜闘の儀への参加資格を失うんだ」


「口外してはならないとは……どういう事ですか?」


「儀式の運営を滞りなく行うためと聞いている」


 なんだよ。じゃあ教えて貰えないのか?


「そんな顔をするな。昨夜、この書簡が届いた。アシュタル王女から送られた魔導紙。竜闘の儀への参加を表明する為の術式が込められた物だ」


 ハインズが懐から丸められた紙を取り出す。


「古代文字……読める人が限られる文書ですね」


「なんて書いてあるのか分かるのかティアマト?」


「えぇと……『竜闘の儀参加者一覧』? 私とショウゴ、ハインズにお姉様……他にもライネや技術士や兵士の方々の名前があります」


 ハインズがコクリと頷き、俺達を見つめる。


「この魔導紙に名を刻まれた者が覚悟を示し、呼応させる事で参加資格を得る仕組みだ。本来ならもっと先に行う儀式なんだが……これをしないと話す事ができないからな」


 ハインズが書面の端に手を乗せる。顎で促されて俺達もそれに倣う。古代文字の書かれた書面に3つの手。ハインズは、目を閉じてこう言った。


「姫、ショウゴ。2人は竜闘の儀へ参加すると誓えるか? 例えその身に何が起ころうとも」


 その身に何が起ころうとも? 竜闘の儀は死ぬはずのない戦いだって……。



 いや、違うな。



 ハインズとの決闘を経験して分かった。竜闘の儀は間違いなく本物の「戦い」だ。スポーツなんかじゃない。傷つく事もあるし、大怪我をする事もあるかもしれない。これはきっと、戦った俺達にしか分からない事だ。


 ティアマトが俺を見る。彼女は俺の言いたい事を悟ったようにコクリと頷く。


「ショウゴ。私の覚悟に揺らぎはありません。どれだけ傷付いたとしても戦ってみせます。みんなの……いいえ、私自身とアナタのために」


 走っていた時からは考えられないほどの凛とした表情。彼女の瞳を見ているだけで吸い込まれそうな気がする。そんな彼女に、俺が言う言葉は決まっていた。ハインズとの戦いの中で既に確かめ合ったこと。これは、その誓いに他ならない。


「俺も同じだ。俺は、俺とお前のために戦う。優勝しようぜ? 一緒にな」


「はい♡」


 ティアマトは頬を紅潮させて……でも真っ直ぐに俺の眼を覗き込む。俺も彼女に向かって頷いた。


 瞬間。


 俺達の覚悟に呼応するかのように、紙に書かれた文字が光を放ち、俺とティアマト、ハインズの手の甲に魔法陣を描いた。その魔法陣は眩い光を放ち、やがて俺達の体に溶け込むように消えていった。


 ハインズが俺達の顔を交互に見つめてふっと笑みを浮かべる。


「これで俺達は次回竜闘の儀への参加資格を持った。後は技術士達や移動時の護衛が加われば、俺達は国を背負ったチームとなる」


「チーム……チームか」


 そっか。俺達はアシュタリアの代表として行くんだ。当然護衛や整備の人もいるよな。それにしても想像以上に多くの人が関わるんだな。決闘の時、周りに喧嘩売り過ぎなくて良かったかも……。


 だけど今は、聞きたい事を聞くのが先決だ。


「よし、ここからが本題だよな? 話してくれよハインズ。アンヘルさんのこと」


 ハインズはコクリと頷くと、静かに話し始めた……。




◇◇◇


「既に知っているだろうが、俺とアンヘルは搭乗者と竜機兵の関係だった」


 この前アンヘルさんが言っていた。自分はハインズの竜機兵だって。だけどなぜかその後「ビルに会いたい」と言ったんだ。目の前にビル・ハインズがいるにも関わらず。


「俺達は予選を順調に勝ち進み、本戦でも初戦のバイノル国を下した。次戦のトルテリア戦では互いの機体が行動不能となるまで戦い、引き分けに。決勝への鍵は最終戦のヲルス国との戦いにかかっていた」


 ティアマトが補足してくれる。トルテリアは後に前回の覇者となった国。そんな対戦相手と肉薄していた事が、ハインズとアンヘルさんの実力を物語っていた。なんだか、その話を聞いていると、俺まで誇らしい気持ちになってくる。俺が強いと感じたハインズの強さ。それが、世界に認められていた気がして。


「ヲルス国との一戦。初撃から勝負は拮抗していた。元より、ヲルス国のイルムガンは相当な実力者だと知られる相手だ。紙一重の戦いが続いた……ヤツの戦斧を掻い潜り、両手の鉤爪をいなし、徐々にダメージを与え、仕留めるチャンスをうかがっていた」


「そ。それでどうなったんだ……?」

「私は結果しか知らされていなかったので……」


 ハインズが眉間に皺を寄せる。いつも涼しげな彼が、俺達に初めて見せた悲痛な表情だった。


「戦いの最中、ヤツは一度隙を見せた。俺達はそれを見逃さず、イルムガンの首へ一撃を放った。しかしその刹那、ヤツの右腕が……鋭利な爪先が、アンヘルの左胸に深々と突き刺さった」


「左胸って……竜核(・・)がある場所じゃないか!?」


 AIにも技術士のライネにも聞いた。竜核は竜機兵の姿や人格、大事な物が記憶された場所だって。だから絶対に攻撃を受けてはいけない場所だと。


「イルムガンの鬼気迫る闘志、勝利への執念……俺は甘く見ていた。竜闘の儀のルールを破る訳がないと、竜核を狙う訳が無いと……そう思い込んでいたんだ」


 ハインズが視線を逸らす。その先には先程アンヘルさんを見送った庭が。彼が、アンヘルさんの事を考えているのだと……俺はそう感じた。


「あの日の事は今でも夢に見る。アンヘルが俺に助けを求める声。彼女との接続が切れる感覚。機体の動きが急激に遅くなり……そして、俺達はイルムガンに頭部を切断され、敗北した」


「規定では竜核を狙った攻撃は即失格になるほどの重罪のはずです。なぜ……そのような事を……」


「そうだ。規定では禁止行為。しかし、後にヲルス国はこう語っている。『アレは事故だった』と」


「事故って……そんな事あるかよ!! 絶対反則だろ!!」


 怒りに震えてテーブルを叩いてしまう。俺にハインズは「落ち着け」と言った。


「竜闘の儀の審査員は決して鼻薬をつかまされるような者達じゃない。彼らがそう言ったという事は、ヲルス国にも何かの事情があったのだろう」


「ハインズは……!!」


 彼の冷静な様子に「悔しくないのか」と喉まで出かかって、無理やり抑えた。ハインズがどういう風にアンヘルさんに接しているかを見たら……どれだけ彼女を大切に思っているのか分かる。ティアマトに乗っている俺には……それが分かる。悔しくなかったはずが無い。


「審査員の決定に俺が反論したところで、アンヘルの容態は変わらない。下手をすれば、アシュタリア王国自身が竜闘の儀への参加権を失いかねない」


 竜闘の儀を壊さない為にハインズは飲み込んだんだ。アンヘルさんが戦った事を無駄にしない為に。


「あ、あの……アンヘルさんは……?」


 話せなくなってしまった俺の代わりに、ティアマトが疑問をつぶやく。


「幸い、ライネ達のおかげで命に別状は無かった。だが……」


 急激に頭の中に浮かんだ。彼女の言動、ビルがいないと言っていたあの様子を。


「アンヘルは……人格が壊れてしまった。俺を俺だと認識できなくなり、子供のように……俺の事は幼い頃に国を出た兄だと……そう思っているらしい」


 俺もティアマトも何も言えなくなってしまう。もし、ティアマトが俺の事を分からなくなったら? 俺はハインズのように冷静でいられるだろうか?


 心臓が早鐘を打つ。なんだよそれ。なんで真剣に挑んだ人がそんな目に遭わなきゃいけないんだよ。


 テーブルの上で握りしめた手を、ハインズがチラリと見た。


「……これが、お前達が出場を確定させるまで言えなかった話だ。今更不安にさせる事を言ってすまない」


「あ、あの……この事をお姉様は……?」


「王もアシュタル王女も知っている。だが言えなかった。……そういうことだ」


「そう、なのですか……竜機兵となる時、お父様に何度も念を押されました。傷付く覚悟はあるのかと。そういう事だったのですね……なら、お姉様も……」


 ティアマトがブツブツと独り言をつぶやく。彼女の表情は複雑だ。


「俺ができることは、お前達に戦う術を与える事だけだ。竜核の守り方もちゃんと伝えるつもりだ」


「ハインズ……」


「アンヘルにこの話はしないでくれ」


 ハインズはそれだけ言うと、静かに部屋を去っていった。俺達に気を遣ってくれたのだと、そう思う。



 バタリと扉が閉まってから、応接室を沈黙が支配した。思考がグルグル回る。ハインズの話が頭から離れない。延々と考えたら挙句、俺は、ティアマトに声をかけた。


「なぁ、ティアマト」


「どうしました?」


「俺、もっと強くなるから。そんな目に遭わせない、から」


 口から出た言葉は彼女への誓いだった。ティアマトは微笑んで、ゆっくりと頷いてくれた。



 次の竜闘の儀も、そのイルムガンが出て来るかもしれない。だけど、俺達は絶対負けない。ティアマトも、絶対守ってみせる。


 俺達はまだちっぽけだけど、時間はある。そして、何より……。



 窓の外を見る。庭に出たハインズはアンヘルさんを待つように空を見上げていた。



 俺達には、最強の師匠がいるんだから。







〜ティアマト〜


次回はここから2ヶ月後のお話。基礎体力も付いてそろそろ実戦を取り入れた修行を……という時に私とショウゴに任務が舞い込みます。


お姉様の外交の護衛任務。任務の最中、ショウゴは出会います。


我が国が誇る「弩級戦艦竜どきゅうせんかんりゅう」に。


次回、「戦艦竜ヨルムンガンド、発進です♡」


絶対見て下さいね♡

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