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第10話 ティアマトとショウゴ、国から認められる

 場内の兵士がザワザワと騒ぎ立てる。


「お、おい。姫と召喚人(しょうかんびと)がハインズ様を倒したぞ」

「嘘だろ? あのハインズ様が……?」


 剣を地面へ突き刺し、杖のようにして機体を支える。ティアマトの至る所からギリギリと甲高い音が鳴り響く。切断された右腕を庇いながら、俺はティアマトをゆっくり立ち上がらせた。


「悪い、無茶しすぎた」


『ううん……私、嬉しかったです。ショウゴが本気で私の全部を使ってくれて』


 ティアマトの声を聞くと、恥ずかしいような嬉しいような気持ちになる。その感覚に戸惑いそうになるが、精神リンクで彼女にそれが伝わるのも恥ずかしいので深く考えない事にした。


『ですが、ここからです。私がんばりますから……見ていて下さいね』


「ああ。あの変態王女にバシっと言ってやれ」


『ふふっ、お姉様をそんな風に言うなんて……ショウゴが初めて』


 アシュタルは、ひどく動揺している顔をしていた。俺達が、ティアマトが勝つとは思っていなかった顔。アシュタルは、顔を歪めてハインズに向かって叫んだ。


「どういう事ですかハインズ!? 貴方ならば彼らを圧倒したまま勝利できたはずです!! なぜ途中で攻撃の手を止めたりなど!?」


 ハインズ機の下腹部に魔法陣が浮かぶ。その中から、パイロットスーツと鎧が合わさったような装備の男が現れた。金髪碧眼の男。負けたのに、なぜかその表情は涼しげだ。むしろ、嬉しそうな表情にも見える。アレが、ハインズか……。


 彼は静かに首を振った。


「悪いなアシュタル王女。貴女の話を受けた時、王からも頼まれていた。『ティアマト王女本来の力を引き出して欲しい』と」


 アシュタルがルカド王を睨み付けたが、王はとぼけた様子で目を逸らし、口笛を吹く。あのおっさん……ホント曲者だな。そのギャップに笑いそうになる。反面、アシュタルは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「父上は何を考えて……!!」


 アシュタルが詰め寄ろうとするのをハインズが言葉で遮る。


「もちろん勝つつもりでいたさ。だが、あの2人は俺の思考を逆手に取って勝利した。2人には竜闘の儀を戦い抜く素養があると、俺は思う」


「ぐっ……!?」


 言葉を詰まらせるアシュタル。2人の話を黙って聞いていたティアマトが声を上げた。


『お、お姉様!』


 全員の視線がティアマトに注がれる。彼女の緊張感が伝わる。震える声で、想いを伝えようとしている事も。


『私は自分の意志(・・・・・)で、ショウゴと共に闘いたいと申しているのです。たとえお姉様であっても、私の意志は、想いは……止める事はできません』


「何を……!? 私が何の為に……!!!」


 アシュタルが拳を握りしめ体を震わせる。それを見ていたルカド王は、諭すように彼女の肩を叩いた。


「アシュタルよ……もう良いではないか。ティアマトが竜機兵となった時、散々話し合ったであろう?」


「ですが父上!」


「勝負に負けたのはお前だアシュタル。雛はいつか巣立つ。いつまでも、手元に置いておく事などできんのだ。いくらお前が望もうともな」


「……!?」


 アシュタルは、一瞬少女のように目を潤ませ……顔を伏せた。


 周囲に訪れる沈黙。場内を風の音だけが静かに響き渡る。兵士もティアマトも、誰もがアシュタルの言葉を待っていた。アシュタルは何事かを言おうとして、何度も言葉を止め、唇を噛む。


 そして……。


 彼女がゆっくりと顔を上げる。その表情からは、先程の動揺の色が消え、元の表情へ戻っていた。玉座の間で見た、仮面のように冷たい顔へと。



「……我が()、ティアマトよ。竜闘の儀への参加を、認めます」



 彼女が「ティアマトを認める」と、確かにそう言葉を告げた。



「すげええええええ!!!?」

「姫様がアシュタル様を!?」

「他の兵士達にも伝えねぇと!!」



 その瞬間、兵士達から歓声が巻き起こる。ある者はティアマトを讃えるように拍手を送り、ある者はいち早くこのことを伝えようと走り出す。王様も、ティアマトを見て優しげな笑みを見せた。


『お父様……みんな……』


 ティアマトが周囲を見渡す。コクピットモニターがジワリと潤む。彼女のつぶらなツインアイに涙が滲んでいるのが容易に想像がついた。


『やりました……私、初めてお姉様に言いたい事を伝えられました……ショウゴ、ありがとう……」


 俺の中に安堵感が広がる。良かった。ティアマトが俺みたいにならなくて。


 ……。


 俺も、もっと早く言いたい事を伝えていたら、親とあんな風にならなかったのかな? 家を飛び出すまでにならなかったかも。いや、それは無いか……。


 今はティアマトの事を喜ぼう。俺達がやるべき事が決まったんだから。


 竜闘の儀。これからそれに向けて特訓しないとな。



 ……。



 ん?



 割れんばかりの歓声の中、アシュタルはどこかへと去って行った。あの威厳に満ちていた姿からは想像もできないほど、小さな背中で。



 それを俺は、静かに見送った──。







◇◇◇


 兵士達の訓練場を後にしたアシュタル。彼女が迎えの元へ向かおうとした時、1体の小型飛竜が空から舞い降りる。


 人が乗れるように調教された飛竜。その上には先程ティアマト達と戦っていた戦士、ハインズの姿があった。


「アシュタル!」


 彼は、アシュタルへ声をかけると、小型飛竜から飛び降りた。


「……何かご用?」


 アシュタルは彼の顔を見ずに告げる。ハインズはバツが悪そうに頭を掻いた。


「いや、ティアマト姫になぜ本音を言わなかったのかと思って」


「……言った所であの子が止められるとでも?」


 その言葉でハインズは悟る。彼女が自身の気持ちへ折り合いをつけ、妹の気持ちを汲もうとしている事を。あの場に残り、妹であるティアマトの顔を見ていては、きっと彼女は妹の想いを遮ってしまう。それを本人が自覚している事を。


「少なくとも、姉妹の情は確かめられたかもな」


「……私が甘い人間だと思われては困るのです。家族や国の中だけの話では無いのですから」


「王は飄々としているが、中々な強者だと思うが」


「……母上がお亡くなりになってから父上は変わりました。優しさだけでは国を導く事はできません。時に恨まれてでも、選択をしなければならない。指導者とはそうあるべきなのです」


 ハインズは思う。今のアシュタルはこの国の代表として他国との交渉をしている。彼女の人間性に隙が生まれてしまえば、国としての弱みを晒すことになる……その為には非情にならねばならないのか、と。


 ティアマトが自分の道を竜機兵に見出し、戦いに傷付く道を選んだのとは対照的に、彼女は心を偽る道を選んだのだと。


「だが、その割にはショウゴという召喚人(しょうかんびと)に凄いこと言ったそうじゃないか。アレは国にとってマイナスにならないのか?」


「彼を抱き込めばあの子も諦めが付くと思いましたが……少しやりすぎました。私も本音が出てしまったのかもしれません」


「ほ、本音って……マジか」


「この立場はストレスが溜まりますから。夫として迎える限りは愛するつもりだったというのは本当です」


 ハインズが呆れたように肩を落とす。彼女がサディストであるのは昔から変わらないようだ……と彼は思った。


「それにしても、よく(わたくし)に顔向けできましたね。命令を破っておきながら」


「破る? 俺はアシュタルから『ティアマト姫と戦え』としか言われていないが? 王の願いを遂行してもそれには違反していない」


「小癪な事を……まぁ良いでしょう。今回だけは不問にしてあげます」


 アシュタルがふっと笑う。そして己を落ち着かせるように1度深呼吸すると、冷たい顔でハインズの顔を見つめた。


「貴方ならば分かるはずです。竜闘の儀が如何に過酷な戦いであるかを。表向きは人を死なせぬ戦争などと語られておりますが、アレは間違い無く闘争です」


 ハインズは何も言わず、ただアシュタルの言葉を聞いていた。夕焼けの中、王女と戦士、2人の者が見つめ合う。


「……私はこう思います。アレは我らに闘争を忘れさせぬ為の物と」


「あながち間違ってはいないかもな」


「まだ……戻らないのですか? アンヘルは?」


 その名を聞いて、ハインズは彼女から目を逸らした。


竜核(レギスコア)の損傷で失われた物は……そう簡単に戻らない」


 アシュタルが悔しそうに目を閉じる。親友が竜機兵となり、傷付いた姿を見たからこそ……アシュタルは妹に同じ思いをさせたくなかった。彼女に恨まれてでも止めたかった。竜闘の儀における誓約の中で、真実を告げられないというもどかしさ。その中で、アシュタルはなんとかティアマトに出場を諦めさせようとしていた。


 だが、それは妹が望んだ道。これ以上自分が彼女の想いを押さえ付ける事はできない。今回の決闘は、アシュタルにその事実を突き付けた。



 ならば……あの子に最善の道を示す事が私の役割ですね。少しでもあの2人が勝ち進めるように。



「ハインズ、貴方にもう1つ命令を与えましょう」


「なんだ?」


 アシュタルがクルリと振り返る。その先には彼女を迎えに来た兵士と小型飛竜が。彼女は横目でハインズを見た。



「竜闘の儀まで残り1年。あの子と搭乗者の彼を……頼みましたよ」



「……分かった。あの2人には俺とアンヘルの全てを伝えよう」



 誰にも見られぬよう、アシュタルが微笑みを浮かべる。それはかつて彼女が持っていた少女の顔。ビルとアンヘル。2人の友人と笑い合い、応援していた頃の……4年前にアシュタルが捨てた顔だった。


「それと、私は次期女王です。皆の前では口の聞き方を間違えぬように」


「冷たいじゃないか。友達だろ?」


「言ったでしょ? 私は女王になるの。いつまでも子供ではいられません」


 ビルが肩をすくめる。アシュタルはこう言い出すと頑固なのだと、彼はよく知っていた。


「もし、自分の役目に疲れたら俺の屋敷に来ればいい。アンヘルも喜ぶさ。君の事は忘れていないから」


「……アンヘルによろしくね。ビル」


 それだけ告げると、アシュタルは飛竜へ乗り、城へと飛び立っていった。



「女王、か……確かにお前は向いてるよ。アシュ」



 ハインズが空を見上げる。緑豊かなアシュタリアの夕暮れの中、未来の女王を乗せた飛竜が優雅に舞っていた。






〜ティアマト〜


お姉様、あの後いなくなってしまいましたがどこへ行かれてしまったのでしょうか……?



次回、私とショウゴは修理した右腕の経過観察の為に工房へ向かいます。そこで意外な人から声をかけられて……? その人について行くと嬉しい提案が! 



きゃああああ♡ これからのショウゴとの生活が楽しみすぎますぅ!!



次回、「おい、弟子になれよ」



絶対見て下さいね♡

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