出会い
―――――――――――――――――――――――――――――――
情事の後、部屋の窓際から外を見ながら煙管をゆっくり味わいながら窓の外を眺めていた。
まだ誰も歩いていない外の景色を見て思う。
昂る感情を抑える方法はいくらでもある。
金にだらしない人間は散財する。
怒りを制御できない輩は喧嘩に明け暮れる。
節操のない男なら女を嬲り犯す。
倫理観のぶっ壊れた人間は他人を屠る。
「どいつなんやろうな。朱弥んとこか糞爺か、和生派か?面白なってくるな」
甜は小さな声でぼそりと言う。そして洋服掛けにかけられた上着をさっと羽織った。
真っ白な髪と同じように白い服。胸元や釦には細かな彫刻が見える。素朴だが上質な衣類を身につけ再び煙管で一服する。
ふぅ、と窓の外を見ながら煙を吐き出した。
徐々に外は明るくなり、朝の薄寒い空を隠すようにうっすら雲が流れている。
甜がいるのは娼館だった。朝から娼館に来る輩はそうそういない。娼館から出て行き自分の居場所へ戻るものがほとんどだ。だから、辿々しく娼館に向かって歩みを進める彼女は嫌でも甜の目に止まった。
甜は静かに煙管でもう一服する。
女を上から観察する。若い女のようだ。
(左右に首を動かしとるあたり周りの様子を伺っとるのやろ)
次に身に着けた衣類を見た。
(この国に似合わない丈の短い衣装、白粉を施した顔。そして手に握りしめる四角く薄い何か。完全に異訪人やん)
かんっ、と煙管の灰を落とす。
「おい姉ちゃん」
甜は窓から外にいる若い女に声をかけた。
「えっ!!……あれ、どこ??」
高い声が若い女性であることを示す。
「ここでそんなうろちょろしてちゃ、すぐに連れていかれるで?」
若い女は建物の2階、甜のいた場所に目を向けた。
しかしそこに甜の姿は無い。
「どこ見とるん」
今度は女の後ろから声がした。
甜はいつの間にか女の背後に移動していた。
甜は改めて女をじっと観察する。
(まぁまぁ可愛い顔しとるな。乳臭さは残っとるけど)
光に透ける薄茶色の髪は肩先まで伸びており少し外にはねている。ほんのり薄赤く染まった頬と口元にはっきりとした目。小柄な身体だが胸元は布地が窮屈そうに伸びている。
(受けはよさそうや)
怪しい雰囲気を感じたのか、女はなにも言わず後ずさりする。
「ん?俺もしかして警戒されてへん?」
気を抜けるような声を出す甜。
「いやいやいやいや、むしろ感謝して!姉ちゃんが無事なのはここに俺がいるからや」
「はぁ?」
女は後ずさりをやめて言った。
「他んとこやったらあっちゅうまに拉致られて嬲られるか売られるか殺られるかのどれかやから。迷い込んだんがここで良かったな」
「どうゆうこと…?ってゆうかここどこ……ですか?」
女は強気な口調だったが甜の方が年上だと判断したのか、最後に丁寧な言い回しをつけた。
「ま、中でゆっくり話そ。大丈夫大丈夫、取ってくったりしぃひん。」
ひらひらと手をこまねいて建物の中に入るよう甜は促す。
「外さぶかったやろ?特に朝は昼と違って一気に冷え込む。中で温かい茶でも出したるよ」
それでも女は動こうとしない。
(まぁそらそうか)
「安心せぇ、中はほとんど女しかおらん。ここ娼館やから」
「娼館……?今の時代にそんなもの聞いたことないんだ……ですけど。なんか怪しい店の勧誘とかですか?マジで迷惑なんでやめてください」
「んーー俺は無理強いしたくない性分やから別にええけど」
「そうですか。じゃ」
女ははっきり言うと向きをくるりと変えて中心部の方へ向かおうとする。
「姉ちゃん」
女は甜のことを危険人物と認識したのか無視して甜とは反対方向に進んでいく。
「後悔すんなよ?」
甜の声は聞こえているはずだが、女はなおも無視したまま歩き続ける。
そして次第にその姿は甜から見えなくなった。
「おい」
「はっ」
甜が声をかけるとどこからともなく返事が聞こえた。
「一応見とけ」
「御意」
姿を見せず声だけが返事をすると甜はさっさと娼館に戻った。
ドンドンドンッ
半刻もたたないころ、甜のいる娼館の脇道を進んだ場所の小さな扉が叩かれた。男が2人扉の前にいる。片方は小柄でもう片方が大柄な男だが、大柄な男の脇には大きい麻袋を1つずつ抱えていた。
「ご用は?」
扉は開かれず中から年配の男性の声が聞こえる。
「売りだ」
「中へ」
短い言葉が交わされた後、男は中に入る。
2人が中に入ると目元がにっこりとほほ笑んでいるようにして見える良さそうな老人が佇んでいた。
「若い女2人。いくらで買う?」
「それは見てみないことには判断できかねますな」
「ちっさっさとしろよ。こっちは金が入用なんだ」
小柄な男は大柄の男に合図すると、脇に抱えていた麻袋を両方床に放り投げた。
どさっという音と共に片方から小さなうめき声が聞こえた。
「そんなに乱暴に扱っては傷がついてしまいますよ」
「うるせぇ、今は俺達のもんだからどうしようと自由だろうが」
「そうですか」
「なんか文句あるってぇのか?んん?」
「いえいえ、売りに来てくださったお客人にそんなそんな。意見なんてございません。声が少し聞こえたものですから痛そうだなぁと思っただけで」
「つべこべうるせーじじいだな、さっさと見て決めてくれや」
小柄な男は身体の影からちらりと小刀を老人に見せた。どうやら脅しのつもりらしい。
「はは、お客人面白い方ですなぁほっほっほっ」
小刀を見た老人はうろたえる様子もなくにこにこと笑っている。
小柄な男と大柄な男はその様子に互いに目を合わせた。
「よいですよ、ではどのような方か見てみましょうか。……あぁ、そういえば本日は甜様がお見えですから、彼に見ていただきましょうかな」
「あ?あいつがいるなんて聞いてねーぞ!」
「おや、言葉には気を付けた方がいいかと……」
「……やっぱいい、別んとこで売る。おい、こいつら持て」
小柄な男は振り返って大柄な男に指示を出した。しかし大柄な男は目を点にして動こうとしない。
「あ?何やってんだ、さっさと動けよこのうすの「活きのええ女見つけたか?」」
小柄な男が言い終える前に甜の声が重なる。
男はその場で固まり、ゆっくりと後ろを振り返った。
そこには甜がいて小柄な男を見下ろしていた。目と口はにっこり笑いかけている風だったが、男を見ているその目は和やかな雰囲気ではない。薄目を開けて男を見る視線は冷たく見える。
「わざわざご足労いただきおおきに。で、別で売るって?」
「あ、いや……」
小柄な男は大柄な男に目線を送るが、大柄な男は目線をそらし目が合わないようにしていた。その様子を見て小柄な男は目を見開く。
「別に持っていくなら手間賃くらいはもらわんとなぁ。こんな早朝から対応してくれた旦那にもそうやし、何よりここうちらのシマやから。勝手に入ってきて乱暴に声上げて?お休み中のお客人に迷惑かけて。すごいやん、よりどりみどり。怖い者知らずって感じやね」
淡々とした口調で言う甜。
大柄な男はすっかり縮こまり、最初に訪れた際の威勢の良さはない。小柄な男も甜の気迫と雰囲気に飲まれて無口で俯くばかりだ。
「 君たちよそから来たん?四十国の人やないやんな」
「はぁ?馬鹿にしてんのかっ生まれも育ちも四十国だ」
「へぇ。じゃぁほんまもんの阿呆っちゅうこっちゃ」
「んなっ……」
小柄な男の言葉がそこで詰まった。首の動脈近くに冷たい何かが当たっている。
「抜いた得物見せるってことがどういうことかわからんわけやないやろ」
甜が男の首元に押し当てているのは、先ほど小柄な男が老人にちらりと見せた小刀だった。
甜は現れたときと立ち位置を変えないまま、軽く腕を曲げ小刀を当て続けている。
「せやけど俺今日機嫌ええから。特別な」
言い終わると同時に膝を曲げて小柄な男のみぞうちを思い切り蹴り上げた。
「んおぅふっ」
急なことに対処できない男は奇妙な声を上げる。小柄な男は身体をくの字に曲げ少し宙に浮くが、大柄な男は見ているだけしかできない。小柄な男がよろめき横にある雑に放られた麻袋に当たりそうになる。
甜はそれを見越していたのか男の首に当てていた小刀を前方壁側に投げ素早く男の首元の掴む。投げられた小刀は大柄な男の顔を擦り壁に刺さっていた。
甜は掴んだ手をすぐには離さず、再度腹に蹴りを入れる。
「ぐぇっ」
小柄な男は身体を曲げたまま両手を床に付ける形で床に倒れた。
甜は間髪入れず再び床にいる男を蹴り付ける。
「あ、あにきぃ……」
大柄な男が初めて発した声は弱弱しく情けない声色だった。甜は蹴るのをやめて大柄な男を見てにっこりと笑う。
「いつまで突っ立っとるつもりなんジブン。これあんたが運んできたんやろ?」
「そうだけどぉ……」
「やな?よし、俺に1発殴りかかってきてええよ。思いっきしな」
「……えぇ??」
大柄な男から再び情けない声が出る。この流れでどうしてそうなるのか検討も付かない様子だ。
「はいさーんにーいーち」
甜が急に秒読みし始めた。突然のことに頭が混乱しているであろう大柄な男は言われるがまま、秒読みが終わる直前に甜に殴りかかった。
大柄な男の拳は大きいが、甜はすっと身を斜め後ろに引くだけで空振りとなる。大柄な男はそのまま重心を崩したためよろよろと動きつつ転ばないよう気をはったが、甜が男の後ろに周り支えとなる脚を押したため呆気なく前のめりに倒れこんだ。
「どーも」
甜はそう言うと男の背に座り、男の腕を背中側に引き上げる。
「いだあぁぁぁあい!!」
大柄の男の声には反応せず、上げた腕を自分の腕で挟みこみ、腕の可動域外に向けて力を込めた。
「やっやめっ」
ぐぐぐぐ、と力が込められるのに三度情けない声を上げるも、大柄な男の腕はぼきりと折れた。
「ああああああああああ!!」
「次」
甜は男の折れた腕を放り出し、もう片方の腕に同様に力を込めた。男の腕に力があまり入れられないのか、鈍い音と共にあらぬ方向へ曲がった。
「いでええぇえええ……」
大柄な男の顔は涙でぐちゃぐちゃだ。甜は小柄な男の前にしゃがみ、男の髪を掴んで顔を上げさせた。
「はいそれじゃあ二百弦。今すぐに払えるんやったら許したる」
「……へぇ??」
小柄な男は思わず声が出た。
「何その声。当たり前やんな、なんで何もせずに帰れるとおもてんの」
「いや……さすがにそんな大金……」
「払えへんの?ほんならじぶんの身体で払たらええやん。片腕三弦、片足四弦。あーー全然足りひんな。ほんなら上から下まで全部まとめて二百弦にしたるわ。俺優し。さ、どっちが残る?俺はどっちでもええよ」
甜は髪を離し、指で上から下に振り下ろす動作を小柄な男の腕や足に軽く沿わせて動かしていく。
小柄な男は焦りの表情を浮かべ横の大柄な男に目線を送る。泣きながらも首を横に振る大柄男。
「ちなみに身体の大きさは関係あらへん。どっちも二百や」
小柄な男は口をへの字にして今にも泣き出しそうな顔をしている。
「あ、でも女連れてきとるもんな。顔は見ぃひん。買うんやったらどっちも一弦合わして二弦や」
「っつぁっ……」
小柄な男は再び声が出そうになったが堪えたため、代わりに変な声が出た。
「二持って帰るか一人残って帰るか。どっちがええ?」
「………………二で」
男達は甜から二弦をもらいそのまま娼館を後にした。両腕の折られた大柄男を小柄男が支えつつ帰る後ろ姿はがっくりと項垂れていた。
「甜様は相変わらずですな」
2人が去った後に老人が言った。
「そうか?普通やけどな」
甜は麻袋の紐を手で緩めながら言う。緩めた袋から出てきたのは黒髪の若い女だ。腰まで伸びているだろう髪を1つに束ねており、小綺麗な顔をしている。しかし目は瞑ったままだった。何かで眠らされているのか小さく息はしているが起きる気配がない。
甜はもうひとつの麻袋の紐も緩める。
そこから出てきたのは早朝に出会った異訪人の女だった。こっちは若干意識があるのか、瞑った目と眉間に力が入ったり緩んだりしている。
「あーあ。せやから言うたのに」
「お知り合いですか?」
「ん。朝に店の前でな」
甜は異訪人の女を麻袋から取り出し、肩に担ぐ形で抱え上げた。
「まだ部屋借りるわ。あと莉里に部屋に来るよう伝えといて」
「御意」
老人は甜に深々と頭を下げる。甜は女を抱えたまま部屋を颯爽と去っていった。
【作者から読者の皆様へ】
『面白いかも』『続きが気になる!』と思った方は
ぜひブックマーク登録をお願いします!
また、この下に ☆ があるので評価していただけると執筆の励みとなり作者が喜びます!