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密談

(あの2人、だろうな……)


 昨夜儀式の場にいた2人。落長、斑目のことを指していた。

 牙禅の予想は的中する。中から男の低い声が聞こえた。1度集会所入口にかけた手を引き、集会所の壁横を抜けて裏側に移動する。


 集会所の裏側は落長くらいしか利用しない場所だった。よほど出入りしていないのか、埃や蜘蛛の巣が大量に付いている。牙禅はそれらを手で掃いながら集会所の壁に身体を沿わせて、中の話に聞き耳を立てた。


 すると突然中から大きな笑い声が聞こえた。


「いやはや、落長のおかげで我々も安泰ですな!」


(……やはり斑目……)


「声が大きいぞ。誰か聞いていたらどうする」


 次に落長の声が聞こえてきた。


「まぁまぁ、もう皆眠っているでしょう」


「はぁ……やっとだ……。やっと我々の時代が来たぞ」


 さらにもう1人別の声がした。


(これは狩りの指導者の右治か……?)


 牙禅の予想通り、やはり昨晩の2人が集まり会合を開いているようだ。


「私は正直このままこの地で朽ち果てるかと思っていた。落長はいつも全て1人で決められるから口を出す暇もない」


「おいっ」


「んん……しかし本当のことだろう。だからやっと我々を頼って下さってうれしいのだ」


「今後も頼りたくなるような関係性でいたいならその舐めた口を正すことだ。話す必要の無い仕事はいくらでもある」


「あぁっ……落長、冗談です。いつも尊敬しているに決まってるじゃぁありませんか。この集落でやっていけるのも全て落長のおかげなのですから」


 右治は早口で流暢に言う。


「これから忙しくなる。四十国あいこくの東側が本格的に化獣狩りと繁殖を行うことになった」


「まことですか?!」


「それでどういった役職で?」


「ふん。繁殖だ」


「「おおおおぉぉおおお!!!!」」


「やっとか……!!」


 斑と右治は歓喜の声を上げた。牙禅は壁越しでも分かるくらい興奮している2人の声を気にせず冷静に聞き耳を続ける。


「今までのように狩人を育成する必要もなくなった。斑目、繁殖の単価を知っているか?」


「ん?繁殖のですかな?いや、私は無知なもんで、まったく!一体どのくらい……?」


「化獣狩りの派遣は一狩りにつき一弦(この国の単価)。一繁殖は三十弦だ」


「さ、三十倍ですと?!」


「しかもあの化け物どもは種付けから産まれるまで数十日。いい金になる」


「わ、我々も分け前がもらえるんですよね?」


「あぁ。今まで協力してもらった例があるからな。なんなら四十国の近くに移住しても構わん。費用は東が持つ」


「おっほ!これは喜ばずにはいられん!」


「今回の異訪人の件も繁殖十匹でお咎めなし、だ。よかったなぁ?」


「おっほ……はい、喜ばしいことです……」


 落長や斑目は好き好きに話を続けていた。牙禅は眉間に皺を寄せながらも聞き耳を立て続ける。


(結局こいつらは金か)


 単価の話になると斑目と右治の声色が変わったのが伝わってきた。


「正直金が入ればこんな辺境にいる必要はない」


 落長が言う。


「いいですな、本当にここらは何も無くて不便不便!街での生活も楽しみたいものです」


「あーー……落長、子どもらはどうしましょう?繁殖に意向するなら狩人としての育成は必要ありませんか?」


「いずれは必要なくなるだろうな」


「それはちなみにいつ頃……?」


「1年くらいか。繁殖場と金入りが安定するまでは保険で残しておきたい。その後は男色や小児に気のあるものに売ればよい」


「ほーう、落長も悪いですなほっほっほ」


「女は奴隷、男は男色。これでいこう」


 落長の声には楽し気な含み笑いを感じられた。


(こいつら揃って屑しかいねぇ)


 聞き耳を立てていた牙禅の心の中に黒く嫌な感情が満たされていく。

 集落の子ども達は皆孤児だった。牙禅は善意で集められたわけではないことを自身への対応で理解していたが、実際に落長や斑目の本音と欲望を聞くと怒りがふつふつと湧き上がる。


(現実を見ようとしなかった結果がこれだ。俺が……残ろうと結末は変わらない……)


 牙禅の心の中は怒りと負の感情に溢れていた。


「……いえば斗喜と牙禅ですが」


 再び集会所の中から右治の声がし、牙禅ははっとした後もう1度耳をすませる。


「牙禅は四十国に連れていきますか?」


「そう……なるだろうな。あやつの力は強すぎる。逃す手はない」


「しかし大人しく聞くでしょうか……」


「どうとでもなる。あやつは情に甘いからな……いくらでも脅し使うことができるだろう」


「これは余計な心配を……失礼いたしました。では斗喜はいかがいたしましょう?腕の良い狩人ですから、私の元で面倒を見続けても……?」


「斗喜はもう問題ない」


「えっ?」


 一瞬沈黙が流れた。


八十神やそがみが来ている」


「「っっ?!?!」」


 がたがたと音が鳴り、2人がよろけたか立ち上がったのを感じた。


(八十神……?)


 牙禅は聞きなれない名称に疑問を抱く。


「い、いつ、いつどこに来たと?」


 右治の声は震えている。


「一刻ほど前かな。裏の森で霧を確認した。本当に来るとは思わなかったが」


「そんななななな、ち、近くにっ……」


 斑の声も震え動揺していることが分かった。


「そう焦ることもない。現に我々は皆無事ではないか」


「落長、勝手にもほどがあります……!」


 右治が怒りを込めた声で言う。


「もうっ、もう、帰られたか?!」


「さぁどうだろう」


 くくっ、と笑いながら落長は返事をした。この状況を心の底から楽しんでいるような意地の悪い声だった。


「そんな!……贄を!誰でもいい、贄を出さねば!」


「落ち着け。我々が無事なのはなぜだと思う?」


「えっ……」


「森に2つの贄を置いてきた。化獣と八十神を引き寄せる贄をな」


 落長は言葉を続ける。


「そこに斗喜を向かわせた。ふぅむ……しばらく帰ってきていないようだな」



 牙禅は目を見開き奥歯を嚙み締めた。周辺の草木が風で激しく揺れる。

 牙禅の胸の中には荒れ狂うように感情の波が押し寄せていた。



「そんな……落長!斗喜は私の後を継がせようと……」


「右治よ。反乱となりうる芽は積んでおかねば。いつか芽吹き大樹となる可能性がある限りは、な」


「っ……斗喜のような人材は貴重なのですぞ。また見つけ育てるには時間がない……」


「そもそも狩人として稼ぐより繁殖の方がよほど稼げるのに何が問題だ?」


 右治は斗喜のことに納得がいっていないようだった。

 しかし牙禅にはそんなことどうでもよくなっていた。



(もう……もう、いい)



 幼い頃の記憶で牙禅を縛り付けていた重い鎖が切れる瞬間だった。



 牙禅は気配を殺すことを止め、裏口の前へと移動する。中では右治が声を上げているようだ。そのまま裏口の扉を思い切り蹴りつける。



 ――バキバキッ――



 老朽化した扉は一蹴りで簡単に破壊できた。白く埃と細かな土煙が舞い中の様子があまり見えない。

 それは室内からも同様であった。急に集会所の裏口が壊れたことにより、中での声が止む。

 一瞬の静寂のあと、埃と土煙が薄まり、落長や斑目、右治の前に牙禅の姿が現れた。

 牙禅は顔を俯けており、表情がよく見えない。


「んなっ……」


「牙禅?!」


「……なぜここにいる」


 それぞれが咄嗟に口を開く。牙禅はゆっくりと顔を上げて乱れた髪の隙間から3人の様子を見た。


 班目はいつでも逃げられるように足を後ろに引いていた。右治は驚きと焦りで右側の表情が潰れたような醜い顔をしている。

 そして落長はいつもと変わらない表情と姿勢のままだった。多少驚きはしているが動揺や焦りは見られない。


「落長」


 口を開く牙禅。


「弁明は必要ないな」


 牙禅は腰から刀を抜き、握り締めた刃の先を落長に向けて言った。腕の血管がひどく浮き出るほど強く握りしめていることに気付くが、力を緩める気はなかった。


「……いつから聞いていた?」


「はじめからさ。声がでかくてよく聞こえたよ」


「はぁ……斑目ぇ」


「ひいぃいっ?!」


「ふぅ……まぁそういうことだ。お前には我々と共に来てもらう」


「俺が従うと思っているのか?」


「従わないだろうな……。……?……お前八十神に会ったのか」


 落長は牙禅の右手が黒くなっているのを見て言った。


「なるほど?斗喜と一緒に向かったわけだ。そして、見た」


 牙禅は少し考えた後、落長を睨んだ。

 その瞳は翡翠色に変化していた。離れていても引き寄せられるような輝きも感じられる。


「ほぉ、翡翠の瞳とは」


 落長は関心したような声と口調で言う。


「ますます逃したくないな」


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