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濃霧

「まずは印を探そう」


 斗喜は暗い裏森をちらっと見た後、足元に長く伸びた草を足で上手く避けながら言った。


「夜露液はほのかに青く光っているから近くを通れば分かるはず……あぁ、あった」


 斗喜や牙禅の周辺のみ照らす森を進んでいくと、1本の木の幹の一部がぼんやりと青白く光っていた。夜露液は夜露草を細かくすりつぶし、湯で溶いたもののことだ。すりつぶしてから約1日発光効果を持つため、忍んで連絡を取りたい際によく使われている。


 辺りを警戒しながら次の印を探し歩みを進める2人。途中で牙禅は気付いた。


「……やけに静かじゃねぇか?」


 夜とはいえ2人が歩く音以外は草木が擦れる音もせず、獣の気配も感じない。

 息を殺し、目を閉じれば本当に森の中かと疑うほどの静寂が訪れる。

 あまりにも静かすぎる森に牙禅と斗木は自然と冷や汗が流れ出た。


 牙禅と斗喜は互いに目を合わせ頷き、腰の刀に手を添えながら足音を消し、忍ぶように奥へと進んでいく。

 進んでいくとまた夜露液の印を見つけた。


 先に進めば進むほど道という道は無く、野草があちこちで空に向かって伸びている。

 2人はかなり歩いていたが、それでもまだ罠の場所には到達していなかった。


「いくらなんでも静かすぎる」


 牙禅も斗喜も互いに幼少の頃から狩りをして育った。

 獣の気配や息遣いはすぐに分かるものだが、今この森には生きているものがいないんじゃないかと思うくらいなんの気配も感じなかった。


 警戒しながら印を辿っていく2人。

 九つ目の印を見つけたとき、獣と鉄の臭いが辺りに立ち込めた。

 鼻の奥まで届く強烈な臭いに牙禅と斗喜は顔をしかめると同時に刀を抜いて構える。

 足を進めると、牙禅の足元を照らしていた光が草木の緑が赤黒く染まっている様子を照らし出した。


 そこには大量の獣の死骸が転がっていた。10匹以上いるだろう獣には黒い皮と細い四肢が見える。見た目からして恐らく狼だと牙禅は予想した......全て首が無い状態で死んでいたからだ。

 首から流れ出た血が辺り一面を赤黒く染め上げており、森内の異様な雰囲気の原因だと瞬時に理解する。


「時間が経ってはいるが今日狩られたな」


 牙禅は獣の死骸を近くで観察しながら言う。


 首は鋭利な刃物で切られたのか、傷口が崩れておらず首があれば元通りになれそうなほど綺麗な状態だった。


「それにこいつら……全部化獣だ」


 首から流れ出た血は乾いておらず、革靴の裏には濡れた感覚がある。


 化獣の血は絶命すると乾かないのだ。


「なんで化獣がこんなに……今日は狩りの命を受けてないぞ」


「理由がわからないが、日中森に化獣が少ない理由はこれだろう」


 首から上を持ち去っているあたり、化獣狩りで狩られたと想像できる。

 しかし大抵は死んだ化獣の身体にも使い道があるため、放置するのは珍しかった。

 さらにこれほどの数となると何か理由があるのでは、と牙禅は考えていた。


 普段人の前に姿を見せない化獣が、裏の森で大量に殺されている。

 身体ごと放置。

 牙禅と斗喜はこの状況の不可思議さに困惑する。


「……?牙禅、あれが落長の言っていた罠かもしれない」


 化獣の死骸周辺を探っていた斗喜が言った。

 死骸のさらに奥、最後の印が光っており、その光の近くに檻のようなものが見えた。

 檻は獣が入れるほどの大きさに見えたが、暗いため様子が分からない。


 牙禅と斗喜は檻の近くへとゆっくり進んでいく。

 近づくにつれ、檻の中に何かがいることに気付いた。


「?!なんでこいつが……」


 牙禅は檻に慎重に近づくと中にいる者が何か分かった。

 そこにいたのは斑に殺された異訪人だった。

 すでに死んでいる身体は鈍色になり、時間が経った身体を雑に投げ入れられたのか身体はぐにゃぐにゃと変な方向に曲がっている。


「なぜ罠の中に人が……まさか儀式にきた異訪人……?」


 斗喜が驚いた表情で呟いた。

 集落では見たことのない顔だったため異訪人と予想したのだろう。


(この男のために化獣の皮が必要だったんじゃないのか?!)


 牙禅の脈は速くなったが、落ち着きを取り戻そうと1度深く深呼吸する。そしてもう1度異訪人の様子を伺った。


 異訪人は体中に細かな傷が付いていた。履物もなく衣類もぼろぼろ――引きずられてきたと予想できた。


(四十国に返すつもりはなかったか)


 狩人や落長では絶対にしない雑な仕事ぶりだ。牙禅は運んできたのは狩りをしない人間だと確信する。


「牙禅。やっぱり変だ。この異訪人がいつからここに置かれていたのかは分からないが、しばらくいたとしても化獣や獣に喰われていないのはおかしい。」


「あぁ。それにあまりにも生き物の気配が無さすぎる……」


 耳は常に周辺に傾けていたのに何の音もしない。

 森の中から牙禅達を伺う様子の獣や化獣の気配も一切しない。

 そして目――牙禅は異訪人と化獣の死骸を捉えていたが、そこに突如濃い霧が立ち込めてきたことに気付いた。


(?!)


 霧はあっという間に広がる。目の前の化獣の死骸が見えなくなるほどの濃霧だ。


「斗喜!」


 牙禅は咄嗟に後ろに飛びのき叫ぶ。近くにいた斗喜の姿が見えなくなっていた。


「ここだ!」


 姿は見えないがすぐ近くにはいるらしい、鮮明な声が届く。


 濃霧はものすごい早さで辺りを覆い尽くし、すぐ目の前にあった木々も見えなくなる。濃霧が更に濃くなるように感じたときには腰元の灯りは消えていた。

 暗闇と視界の悪さが牙禅に嫌な恐怖心を与える。


「こっちへ来い!」


「どこにいる?!方向が!分からない!」


 ついさっきまでは牙禅の後方から聞こえていた斗喜の声が、次は前方から聞こえてきた。

 濃霧の中では音が反響するのか、2人は互いの居場所が分からなくなっていた。



 ーーバキッ……



 近くで木の枝が折れる音がした。



 バキバキバキ……



 太い幹自体が割れたかのような、大きな音が響き渡る。

 同時に一気に肌がひり付くほどの異様な殺気を察する。

 牙禅の毛穴という毛穴が開き、背中に汗がどっと出るほど威圧的で恐ろしい気配だ。


「牙ぜ……」


 濃霧の中から斗喜が手を伸ばし現れた。と同時に、現れた方向に猛烈な勢いで吸い込まれるかのように消える。

 牙禅は突然のことに驚愕の表情を浮かべることしか出来なかった。霧が濃すぎて斗喜の姿はどこにも見えない。



 ボキッ……ゴリッ……



 辺りから何かを砕くような音が聞こえる。

 牙禅の鼻は辺りに充満する化獣の血の匂いでやられていた。前が見えないのに、嫌な音と恐ろしい気配だけが残り続けている。


「斗喜っ!?斗喜どこだ!!」


 牙禅は刀を構え辺りを警戒するが、音が反響しどこから鳴っているのか、どこにいるのか全く分からない。



『オマ……ツ……ク……』



 牙禅の頭に直接、低く暗い声が反響したように響いて聞こえた。


 何かがいる。

 牙禅は全身を使い集中するも、気配もあちこちからしているため場所を特定できない。


 と、急に濃霧の中から何かに牙禅の右腕が掴まれた。


「……っ!」


 牙禅を掴んだのは人間の手だった。ごつごつと骨ばった手の力は異常に強く、骨がミシミシときしむほどの握力で掴まれている。

 牙禅は右腕に力を入れ引き離そうとするが、びくともしない。

 左手を使うも、濃霧から伸びた腕はその場で固まっているかのように少しも動じなかった。


「離せっ……!」


(これは……人間の力じゃねぇ……!!)


 しかし牙禅はこの腕が誰か分かっていた。


「やめろっ……斗喜!!!!」


 濃霧が急に腕の周辺に集まり、辺りの景色が見えた。と同時に牙禅の腕を掴んでいたモノの全体も現れる。


 そこにいるのは斗喜だった。しかし先ほどまでの様子とは明らかに違っていた。

 顔は真っ黒になり無表情。閉じたままの瞳。顔が黒いのは何かに浸食されているからのようだ。その黒色は徐々に首から牙禅を掴んだ腕まで染まっていく。そして掴まれた部分から牙禅の腕へも浸食していった。


「くっそ……!!」


 牙禅は斗喜を身体から引き離そうと斗喜を思い切り蹴り上げる。しかし、硬い岩を相手にしているかのような感触で斗喜は微塵も動きはしなかった。

 牙禅の右腕に侵食した黒い何かは、触れている部分から放射線状に広がっていき、手のひらから指先、そして肩へ到達しようとしていた。


(力強すぎんだろ……!!)


 苦悶の表情を浮かべる牙禅。黒い何かが牙禅の首へと進んだそのとき。



 バチッ!!



 激しく弾けるような音が鳴り、黒い何かは牙禅の肌から浮かび上がり瞬時に四方に飛び散った。

 それと同時に牙禅の中に急激に予期せぬ感情が湧き上がっていた。


(なんだ……?)



 苦しい悲しい痛い辛い。



 負の感情が一気に牙禅の内側に溢れる。牙禅の目からは自然と涙が流れていた。急に襲いかかってきた負の感情は止まらない。



 苦しい悲しい痛い辛い苦しい悲しい痛い辛い苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。



「くっ……がああぁあああああああああああああああ!!」


 牙禅の身体中に内側から身体を引き裂かれているような強烈な痛みが走り、思わず大声を上げた。


「俺からっ……出ていけ!!」


 牙禅は負の感情を振り払うように、右腕を上に向かって力を入れて振り上げる。先ほどまでびくともしなかった斗喜の手がばっと離された。

 斗喜に掴まれた牙禅の腕は手の形にへこんでいた。牙禅は咄嗟に左手で痛みのある右腕を押さえる。


 牙禅の前にいる斗喜は相変わらず無表情のままだった。ふと、閉じていた目が薄く開いていることに気が付いた。ゆっくりと開く目の瞳は白く濁り、黒目が見当たらず生気を感じられない。


(……斗喜……)


 牙禅は身体に残る苦痛の余韻に顔を歪ませながら斗喜を見る。


(もうお前は……)


 牙禅の視界は少しぼやけていたが、痛みに耐えきれず目をつぶる。そして再びゆっくりと開いた瞳は、元の薄茶色から光の透けるような緑の翡翠色へと変化していた。


 斗喜の濁った瞳が牙禅の瞳を捉えるのと同時に、斗喜は左腕を牙禅に向けて突き出し手をかざす。

 牙禅は急に目の前が真っ暗になり、身体が引き裂かれるように勢いよく後方に引っ張られた。そして急に放り出されたのか身体を地面に打ち付ける。


「うっ……」


 牙禅は突然のことで頭が揺れ痛んだが、打ち付けた部分の痛みが現実に引き戻す。

 呼吸を少し落ち着けた後周りの状況を確認すると、牙禅はなぜか森の入口に戻されていた。


「なん……で……」


 牙禅が先ほどいた場所から森の入口まではまぁまぁの距離がある。


(異能……?わけわっかんねぇ……)


 牙禅は立ち上がり、森の中を見る。もう1度先に進もうとするが、見えない壁のようなものがあるのか一定の場所から先に進めなかった。


 左腕を伸ばし、身体が進まないのを再度確認して牙禅はその場にとどまる。


「どうなってんだ……」


 明らかに異常なことが森で起こっているのは理解しても、牙禅の頭は拒否していた。


「……くっ……」


(身体中痛ぇ……それに急に変な感情が出てきて……今も残ってる感覚がする)


 先ほどのことを思い出しながら牙禅は右腕をふと見た。


「なっ……に?」


 牙禅の右腕は黒かった。指先から肩まで黒く染め上げたかのように黒く変色している。

 驚いた牙禅は襟元を引っ張り、肩から胸にかけて肌の色を確認した。肩から下の肌へは亀裂のような小さな筋がいくつもあるものの、胸元までは到達していなかった。


 牙禅は次に触って感覚を確かめる。左腕が触れた感覚も握った感覚も今までと何も変わらないようだ。


「落長に……聞かねぇと」


 痛む身体とときおり襲う頭痛を耐えながら、ふらつく身体をなんとか動かし集落へと戻る。


(一瞬、だった)


 ゆっくりと移動しながら牙禅は考える。


(何が起こった?斗喜は……)


 斗喜の形をした何かに腕を掴まれる前、音と共に臭いがしていた――鉄の臭いだ。

 音と臭いに様子のおかしい友人。牙禅は斗喜がどうなったか分かっているようだった。


(あれは……なんなんだ)


 頭の無い放置された化獣の死骸。突然の濃霧。身体の黒い斗喜のような何か。牙禅の身体に侵入してきた黒。牙禅の頭の中を同じ疑問がぐるぐると駆け巡る。


 気が付けば集落の中まで戻ってきていた。

 集落の夜は外出禁止命令が出ている。そのため、牙禅が集落へ戻っても人の気配はなかった。入口近くにいた夜警もなぜかいなくなっているようだ。


 牙禅は集会所の方を見る。灯りが漏れており、中に誰かいることを示していた。


(落長か……?この時間まで、集会所にいるなんて……)


 集落の集会所は日中は誰でも立ち入り自由だが、夜間は緊急時以外誰も立ち入らないよう施錠されている。


(昨夜……異訪人が死んだばかりだし緊急と言えば緊急だが……)


 牙禅は身体の痛みが徐々に引いてきたらしい。浅かった呼吸もいつも通りとなり、ゆっくり集会所に近づく。

 近づくにつれ、中から複数の話し声が聞こえてきた。小さな声で話す内容は壁のせいで何を言っているかよく分からない。


【作者から読者の皆様へ】


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