■市場
四十国、娼館内――朝方。
甜に言われて移動した聖菜は、莉里に連れられ館内を移動していたが沈黙が続くことに居心地の悪さを感じていた。
「では聖菜様、あちらの部屋でまずは着替えましょう」
それを悟ったかのように莉里は聖菜に軽く微笑みながら言う。聖菜はおずおずと莉里を改めて見る。
透けるような透明感のある白い肌にうっすら赤みを帯びた唇が愛らしい。
(めっちゃ綺麗な人……)
聖菜がぼーっと見ていると、莉里は不思議そうに顔を少し傾けた。
「あっはい、よろしくお願いします……」
はっとした聖菜はお辞儀をしながら目線だけ莉里に移す。
(まつ毛めっちゃ長い。なんか目きらきらしてる。髪つやつやだし、私と全然違う……)
2人は部屋の中へ移動する。
「でも聖菜様に初めて出会った方が甜様で幸運でしたね」
移動しながら莉里は落ち着いた声で言った。
「……そうですか?さっきも結構怖かったしあんまりいい印象じゃないんですけど……」
「まだこちらに来て間もないですもの。そう思うのも仕方のないことです」
「まぁそれは確かに……。私、ただ歩いていただけなんですよね。いつも通りスマホいじりながら歩いてて……それで一瞬変な空気の歪み?みたいなのを感じて周りをみたらもうここだったんです
「そうだったのですね」
莉里の声は優しい声色だ。だが聖菜の言うことに対し深く追及はしない。
「あの……私自分の家に帰りたいんです。お洋服用意してくださるのは嬉しいんですけど、ここらでお暇しようかなーーと……」
莉里は何も言わず衣裳部屋の隣の部屋を開けて中に進む。そして衣類棚の中から落ち着いた色味の召し物をいくつか手に取った。
「聖菜様が甜様に買われたことは事実です。去ることは許されないでしょう。それに帰ることよりもここでどう生きていくかを考えた方がいいかと。甜様は役立つものにはお優しいですが、無償の愛を振る舞う方ではございません。貴方に価値が無いと判断されれば平気で捨ておくお方です」
(……やっぱりいい印象じゃなかったのは正しかった)
「ここには繁殖場がいくつかありますが、その内の1つは甜様が管理しています。そこに堕とされたくなければ求められることは必ずこなさなければ」
莉里は柔らかく静かに言うが言っている内容は恐ろしいものだった。
(娼館に繁殖場?あの人何者?)
莉里は完全に自分の味方というわけではないようだ。聖菜は莉里の言葉に若干棘が含まれているように感じていた。
「異邦人の方を無償で優しく受け入れて下さる方はここにはおりません。ですから甜様に役立つと思われた時点で聖菜様はとても……とても幸運なのですよ」
聖菜は莉里の言葉に少しだけ緊張を感じ取る。
(莉里さんもあの人に役立つ何かを持っているのかな……)
「今のお召し物は目立つのでこちらに着替えましょう」
「はいっ」
莉里は手慣れた手つきで聖菜の服を変えていく。
「動きやすい平服ですから…今とさほど変わりはないかと」
莉里が話している間に着替え終わった。白布地で作られた衣服は触り心地が良く、上質な布地で作られていることが分かる。
(来るときに着てたワンピースより動きやすいしなんか滑らか……!)
「すごい……さらさらで着やすいです」
「よかった。あとはこちらも着用してください」
莉里は最後に細い金細工に紅い石が施された首飾りを両手でそっと渡してきた。聖菜は首飾りを手に取り首を傾げる。
「すごく綺麗ですけど……これは?」
「甜様からお渡しせよと頂きました。聖菜さんの御身をお守りする大切なものです」
「御身を守る……」
難しい言葉が多く聖菜の頭はいっぱいいっぱいだったが、お守りのようなものだろうと解釈したようだ。預かった首飾りは細かな装飾が光が当たるたびに煌めき上品に見える。
「ありがとうございます」
聖菜は莉里にお礼を言い、自分の細首に首飾りの留め具を回して装着した。
(分からないことだらけで今自分が置かれてる立場もよくわかんないけど。悩んでても仕方ないし……とりあえず言葉は通じる。今のとこ殴られたり殺されたりする感じもなさそう……。今は『運が良い』という自分の状況を信じて、やれることをやるしかないよね……)
聖菜の頭の中は疑問と不安、自分への鼓舞の言葉でいっぱいだった。
自分で自分を鼓舞しなければ不安に押し潰されそうになる。そんな状況に一周回って開き直るしかないようだった。
「では移動しましょうか。身の回り品は新調した方が良さそうですので、市場までお連れ致します。それ以上は共に行けませんが市場付近に柳という若者がおりますので後のことは彼にお聞きください」
「……分かりました。いろいろありがとうございます」
聖菜は丁寧にお礼を伝え、莉里と一緒に市場に向かう。
―――――――――――――
聖菜は莉里に連れられ市場に到着すると、人々の活気に驚いた。
娼館はこの街の中心から離れた場所にあり、朝だったため街へと向かう人はいても娼館に来る人はいない。
人々の行き来する姿や娼館で働く人以外の姿を見たのは初めてだった。
(みんな思ったより普通だ……)
朝の市場にいる人々は老若男女関係なくそれぞれ目的のものを探したり会話していたり、忙しそうにしている。
皆奇抜さはなくほとんど麻で綿でできた簡素な服を着ており、髪は黒か焦げ茶で特別目を引くような人物はいない。
(あの人がかなり奇抜ってことね)
聖菜は甜のことを想像し思う。甜の見た目は白髪に赤眼で顔も綺麗な顔立ちをしている。聖菜が出会った最初の人物だったため、甜がこの世界の人物基準となっていた。
市場には屋台のような店がいくつも並び、食事に必要な野菜や干した肉、果物などが。食べ物だけでなく煌びやかな装飾が施された衣類や宝石なんかも売っているようだ。
主要となる通りから逸れた脇道にも店が並んでおり、小瓶に入った血液のような赤い液体や動物そのままの死骸――上から吊るされてぴくりとも動かないから多分死んでいる――など、聖菜とは関わりのなさそうなものが多くあるようだ。
脇道を軽く覗き込んで怪しい気配を察した聖菜はすぐに大通りに目線を戻す。
「四十国の第壱通りです。今日は休息日ですから賑わいがありますね」
「結構人が住んでるんですね。ここにいる人ってみんなあの人……甜さんみたいな見た目かと思ったけど、意外に普通なんですね」
「甜様は特別ですから。皆ここに住まう方達ですよ」
(これが異世界ものならファンタジー要素で獣人がいるとか、外国人だらけとか魔法を売ってるとかあるかと思ったけどそんなこともないみたい。ものすごく昔の日本だったらこんな感じだったのかな……?)
大通りの先は十字路となり更に先にも店が続いていた。物珍しそうに周りを見回しながら先に進んでいく聖菜は、通りの人々の表情が徐々に強張り多くの人に伝染し、みんな端に捌けているのに気が付かなかった。
「莉里さーーん、ちょっとこっち見ててもいいですかーー…あっ」
聖菜は十字路付近で莉里の方に振り向き声をかける。莉里の驚いた顔とどんっと何かにぶつかり声が出たのは同時だった。
「いった……すみません、よそ見してま……し……た……」
聖菜は背中を摩りながら当たった人物に謝ろうと振り返り、息を飲む。
こちらを見下ろす高い影。その表情は酷く冷めた目以外は見えない。その顔のほとんどは防毒面で隠れている。
(普通じゃない……全然普通じゃない)
異質なものが入りこんでいる――聖菜はそのような感覚を覚えた。しかもガスマスク防毒面を付けた人物は1人ではなかった。後ろに十数名が列をなしている。全員真っ黒な服に身を包んでおり、より異質な存在のようだった。
「我らの道を阻むとは死にたいようだな」
防毒面を付けた背丈のある人物がくぐもった声を発する。
捌けて様子を伺う人々がこそこそと小さな声で話をしているが、聖菜は目の前の人物に驚き気づいていない。
ぶつかった人物の横には同じ格好をした防毒面の人物がもう1人おり、刀に手をかけていた。その前に言葉を発した人物の手が遮るように置かれている。
「……ガスマスク……」
聖菜は驚いたあまり目の前に入った情報をそのまま口にする。
「……貴様異訪人か」
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