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第二話(4)

 精霊の力を借りる?

 よくわからないけど、なんだかスゴそうだ。

 パトリシアがなんと返事をするのかドキドキしながら見守っていると、彼女は軽く溜め息をつき、目を伏せながらこう答えた。

「星の家の一員として、協力したい気持ちはあります。だけど、私は歌をうまく歌えないの。ごめんなさい」

「そうですか。それは残念です」

 コーベールと呼ばれた男の人はそう答えたあと、わたしたちに興味を失ったようだった。周りのおじさんたちもこぞって興味を失い、仲間たちとの議論に戻った。

 漏れ聞こえる話によると、彼らは明日、山に落ちた竜を討伐しようとしているらしい。

 なんだか面白くないな。

 わたしだって竜を退治した経験くらいある。なのにひとつも手助けを求められないなんて。

 せっかく星の家の一員になったのに、仕事もせずにご飯とベッドを受けとるなんて、なんだかつまらない。

 晩御飯を終えて、わたしたちは部屋に戻った。相部屋の相手は女の子と聞いていたけど、その相手はパトリシアだった。

「おやすみなさい」

「おやすみ~」

 わたしたちはすぐにお互いのベッドに入って休んだのだけど、わたしは何だかそわそわして寝付けない。

 わたしだって役に立てる。わたしはミミちゃんに勇者さまと言われた女の子なのよ。

 モンモンとしていたわたしは、フラグに相談することもなく決意する。次の朝、まだ暗い時間にわたしはムクリと起きて支度を整えた。

「こんなに早くに、どうしたの」

「あ、ごめん。起こしちゃった?」

 できるだけ静かに発とうと思っていたんだけど、失敗してしまったようだ。

 わたしは心配そうなパトリシアに笑顔を向けて言った。

「わたしやっぱり、竜を退治しに行くよ。退治しないと船が出ないんだよね?」

「ええ。そうだけど……。支援団と一緒に討伐隊に加わるの?」

 支援団というのは、昨日のおじさんたちのことを指しているらしい。星の家から派遣される支援団と、町の自警団とが集まって、竜の討伐隊を結成するようだ。

「ううん。わたしひとりで行くよ。ひとりのほうが動きやすいし」

「危ないわよ。山には竜の他にも魔物が出ると言っていたわ」

「大丈夫よ。わたし、腕の良い剣士だから」

 わたしは背中に背負ったアスンシオンを示す。

 パトリシアはまだなにか言いたげだったけど、わたしは早く発ちたかったのでニッコリ笑って手を振った。

「じゃあ行ってくるね~! すぐ終わらせるから、待っててね!」

「あ、ちょっと、シュクイ……」

 止めないで、パトリシア。わたしはやればできる子なの。彼女の声を振りきるようにわたしは部屋を飛び出した。

 たぶんまだ眠っている、他の部屋のおじさんたちを起こさないようソロソロと星の家を出て、白み始めた山のほうに向け、意気揚々と歩き出す。

「また竜退治か。腕が鳴るな」

 反対されるかもしれないと思っていたけど、意外とフラグは乗り気だった。

「あのおじさんたちよりも先に退治しちゃうんだから!」

「当然だ。おまえの方が格段に強い。やつらの鼻を明かしてやろう」

「うん!」

 フラグにそう励まされて、わたしは嬉しかった。わたしにならできると自信満々で、山道に足を踏み入れた。

 後になって考えてみたら、この時わたしはどうしてこんなにも調子に乗っていたのだろうと不思議に思う。


「うう、どうしよう。全然見つからない」

 目の前には、くたびれた古木。その枝にはちぎれた赤い布切れが引っ掛かっている。

 わたしは、それを親の仇でもみるかのようなしかめ面でねめつけていた。

 すでに日は高く登ってしまっている。お腹のすき具合から見て、たぶんもうお昼頃になっていると思う。

「討伐隊が来ちゃうかなぁ」

 わたしは頭を抱えながら、固い岩に座り込んで、代わり映えのしない風景を眺めていた。

 昨晩、支援団のおじさんたちは言っていた。竜はこの東モルカ山道に墜落したらしい、と。

 この東モルカ山道。道という名前がついているのに全然道じゃない。急斜面には少しだけ石が並べられて、なんとか歩けるように工夫した形跡があるけど、それ以外はただの山だ。

 具体的にどこに墜落したのかもわからないし、墜落した場所にまだいるのかもわからない。

 とりあえず目印らしき赤いリボンが巻かれた木を辿ってここまで歩いてきたけど、果たしてこの方向で合っているのだろうか。 

「場所が違うかもしれない。情報を得るためにも、一度町に戻ってみたらどうだ?」

「うーん、そうだよねぇ……」

 そう思ってさっきから引き返しているつもりなんだけど、一向に景色が変わらない。

 わたしはまた道に迷っているんじゃないかと思い、途方に暮れてしまっていた。

「わたし、やっぱり方向音痴なのかなぁ」

 わたしは両ひじを膝につき、組んだ両手にあごを乗せて溜め息をつく。

 旅をするのは大変だわ。そういえば昨日夢の中で出会ったイーノスさんも言っていた。

 “迷うことはよくあることだ”と、あっけらかんと言っていた。

 イーノスさん、無事に森から出られたかしら。わたしは今更ながら、昨日見た不思議な夢のことが気になった。

 あれは本当に夢だったのだろうか。

 久々に人に出会えたと、涙を流しながら喜んでいたイーノスさん。わたしは無事に町に着けたけど、彼も無事に目的地に到着することができたのかな……。

「おい、シュクイ。大丈夫か」

「うーん、ちょっと眠いかも……」

「こんなところで寝るんじゃない!」

 そう言われても……。昨晩はあまり眠れなかったから、ついつい目蓋が重くなる。

「何かあったら起こしてくれるよね?」

 そのように頼みながら、わたしはすでに半分夢の世界に足を突っ込んでいた。

 固い石に座っていたはずのわたしは、いつの間にか誰かのひざの上にいる。

 大きな手がわたしの目の前でページをめくっていた。

 本には絵がたくさん描かれている。水彩で描かれた昔の建造物や装飾品。幾分美化して描かれてるんだろう、きらきらと輝くような色使いのその絵たちは、わたしの目にとても魅力的に映った。

 頭の上から、落ち着いた優しい声が聞こえる。

 お父さんだわ。わたしはすぐに気が付いた。

 お父さんは、こうして自分の研究成果を、自作の絵を交えてわたしに話して聞かせてくれた。

 わたしはちいさい頃の夢を見ているらしい。

『おとうさん』

 わたしは目を輝かせながら、お父さんを見上げた。わずかに伸びたおひげが目に入る。

『シュクイね、おとうさんみたいにおべんきょうできないし、絵もうまくかけないから……シュクイね、剣士さんになって、おとうさんの旅についていくの!』

 ちいさなわたしはおてんばだったから、そんなことを言ってお父さんを困らせてたっけ。

『シュクイ、おおきくなったら、おとうさんの旅につれていってくれる?』

 お父さんの答えを待って、わたしはおひげの顎をみつめた。

『………………』

 お父さんの顎が動く。おとうさんはなんと答えたんだっけ……。


「シュクイ!」

「!」

 手元でフラグの声がしたと同時に、わたしはまどろみモードから覚醒する。

 フラグに言われるまでもなく気が付いた。背後で何かの気配がする。わずかだけどガサガサとなにかが近付く音がして、わたしの中の警戒アラームがけたたましい音を立てていた。

 竜かしら、それとも魔物かしら。

 ドキドキするとともに、ちょっぴりワクワクしながら、わたしは気配がするほうを注視した。ガサガサとわずかな葉擦れの音と共に、茂みが揺れている。

 その隙間から、ひょっこりと二つの目が現れた。

 まんまるの黒い目。その周りには白い毛が覗いている。

 魔物? 竜ではなさそうね。

 わたしは首を傾げながら観察を続ける。

 わたしは魔物というものを見たことがないから、よくわからない。ただの動物かもしれないし、あまり刺激しない方がいいのかもしれない。

 わたしはソロソロとそちらに近付く。

 相手もわたしが近付いていることに気が付き、警戒を始めている。目が覗いた茂みごとジリジリと後退が始まり、背後にあった木の幹に衝突して動きが止まった。

「あの。こんにちは!」

 わたしは声を上げた。もしかしたら妖精さんとか、友好的な存在かもしれない。

「わたし、竜を探しにきたの。どこかで暴れまわったりして、困っていませんか?」

 茂みにいるのはひとりじゃないらしい。ポコポコと同じような目が現れて、わたしを警戒するように見た。あまり危険な生き物じゃなさそうとこの時のわたしは油断をしはじめていた。

 茂みに現れていた三対の目は、急に全てが茂みに引っ込む。しばらくガサガサと音を鳴らした後、再び一対が現れて言った。

「竜なんて知らないッス! 余所者は帰るッス!」

 話ができるんだ。これは魔物や妖精じゃなくて、森に住んでいる人なのかもしれない。

 わたしはホッとしながら口を開く。

「竜がこの辺りに墜落したって話を聞いたの。見かけていませんか?」

「し、し、知らないッス! 知らないッス!」

「帰るッス! 帰るッス!」

 優しく話しかけているのに、なぜだか相手は警戒を緩めない。わたしは何だか納得できなくて、相手に無用心に近付いてしまう。

「あの。わたし、竜を探しにきただけなの。別にあなたたちに危害を与えるつもりはなくて……」

「ち、近付くなッス!」

 彼らはパニックを起こしてしまったらしい。三体の影が茂みから飛び出したかと思うと、三方に向かってバラバラに逃げはじめる。

「あっ、待って……」

 わたしが追いかけようとしたとき、信じられないことが起こる。

 一匹の影が突然空高く飛び上がり、一匹の影が突然消え、一匹の影目掛けて何かが覆い被さった。

「ギャアアアア」

「オタスケ! オタスケー!」

 阿鼻叫喚の地獄と化した目の前の風景に、わたしはしばらく言葉を失ってしまった。

 キャーキャーと騒ぎながら頭上にぶら下がる一匹を、わたしはまじまじと観察する。

「ねえフラグ。あれって魔物かな」

「違うんじゃないか?」

 枝からロープが垂れていて、その先端に足が絡まってぶら下がっているらしい。その生き物はモコモコした白い毛に覆われ、真っ黒なつぶらな目をしている。くるりと巻いた角が頭に二本生えていて、上半身に黒いベストを着けている。

 あまりにも羊に似た、あまりにも可愛らしい獣人さんだ。

 そんな獣人さんが、一匹は枝からぶら下がり、一匹は深い落とし穴にはまり、一匹は竹でできた檻に閉じ込められて奇声をあげている。

「オタスケー!」

「お助けください! 美しいお嬢さん!」

「……どうしよう、フラグ」

「助けてやればいいんじゃないか」

 そうよね。状況はよくわからないけど。

 どう見ても人工的な罠にはまってしまっている彼らを、わたしはなんとか頑張って救いだした。

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