表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/18

第二話(1)

挿絵(By みてみん)


「地図は~持った。水筒は~持った」

 昨日のうちに準備した旅の荷物を一つずつ点呼確認しながら、わたしは玄関で身支度を整えていた。

「アスンシオンは~持った。フラグは~持った」

「用意は万端か?」

「うん! 完璧だよ」

 全身鏡の前でくるりと回る。旅のために一日かけて綻びをお直しした一張羅。新品のようにピカピカとは言わないけど、普段より素敵に見える。

「あとは、お仕事道具だよね」

 薪を積んだ背負子を背負い、斧をぶら下げたところで、フラグが慌てた声を上げた。

「おい、そんな大荷物で行く気か?」

「だって。旅先で何か必要になるかもしれないでしょ」

「お前には剣の腕があるんだから、薪売りなんて効率の悪いことを考えなくてもいいだろう」

「そうかな?」

「そうだぞ」

 そう言われても、長年木こりとして暮らしてきたわたしは、他のことで生活できる自信がない。

 でもフラグはあまりにも強く反対してきたから、わたしは仕方なく背負子と斧を諦めて足を揃えた。

 玄関から少しはなれた場所で、家を見上げる。

 古ぼけてはいるけどとても大きくて立派なお屋敷だ。

 しばらく無人になってしまうことに申し訳なさを感じながらも、わたしはわくわくを胸一杯にしながら手をかざして宣言した。

「行ってきまーす!」


 しばらくは街道をひたすら進むことになる。エフィまでの銀杏並木を、いつもとは違う気持ちで眺めながら、わたしはスキップするような足取りで進んでいく。

「銀杏はいないかな? お別れを言いたかったんだけど」

 おととい出会った可愛い銀杏の妖精さん。黄葉した銀杏と同じ色をしているから、遠目では全く見つけられる気がしない。

 それでも諦めきれずに視線をぐるぐるさせていると、森のほうで何か動く影を見つけることができた。

「あれ? なんだろう」

 その影は、おとといわたしが山火事を見つけた辺りにあって、その山火事の方に向けて消えていった。

「どうした?」

「えっとね。誰かが山火事のあったほうに向かっているみたい」

「竜の死体があるほうか?」

 わたしは頷く。

 竜の死体は大きいから、わたしにはどうしようもない。ララさんが旦那さんに対処をお願いしてくれると言っていたから、お任せしておいた。

「お片付けしてくれる人かな」

「そうじゃないか?」

 面倒をおかけして申し訳ないな、と思いつつも、わたしに手伝えることはあまりないだろうと思ったので、気にせず旅路に注意を戻すことにした。

 わたしはエフィの町に立ち寄り、ララさんとミミちゃんに旅に出ることを報告した。

「そうなんですか。せっかく知り合いになれたのに、残念です……」

 ララさんは不安そうにそう言っていたけど、ミミちゃんは目をキラキラさせながら、

「おねえちゃん、世界を救う旅に出るの?」

と言ってくれた。

「そうだよ」

 わたしがそう答えると、ミミちゃんはさらに喜んでアメを餞別に渡してくれた。

「ご迷惑でなければ、お留守のお屋敷をお掃除させていただきますね」

「本当ですか? お願いします!」

 ララさんはとても優しい人だなぁ。ちょっとだけ心配だった家のこと、肩の荷が下りたような気持ちになる。

「それじゃあ、お元気で」

 ずいぶんあっさりしているけど、わたしはバイバイ、と手を振って二人と別れた。

 第一の目的地、港町モルカまでは徒歩で半日かかるから、あまりぐずぐずしていられない。

 エフィを出発して、モルカまでの街道を進んでいく。

 実はエフィよりも先の道に足を踏み入れたことがなかったので、わたしはものすごく緊張していた。

 風景はこれまでの道と大差なく、ポツポツと銀杏の樹があって、綺麗に黄葉している。

 初めて通る道に、最初のうちはドキドキしていたのだけど、代わり映えのしない風景が一時間、二時間と続くうちに段々と気が抜けてきてしまった。

「危険! 魔物注意、かぁ」

「この辺りにも出るんだな」

 脇道への分かれ道に、そんなことが書いてある立て札を見付けたので、ついつい興味を引かれる。

「退治してあげたら、みんな喜ぶかな?」

「そうかもしれないな。行ってみるか?」

「うーん……」

 世界を救いたいと意気込んで旅に出たけど。わたしの第一の目的はオギに追い付くことだから、寄り道はよしておこう。そう考えて、メインの道から外れないようにする。

 そう決めたわたしだったんだけど。

「うわぁ、おっきいねぇ……!」

 何気なく向けた視線の先に、見付けてしまった。街道の脇にある林に、一本だけ天高く突き出した見事な銀杏の大木を!

「フラグ! フラグ! 見て見て!」

 ピョンピョン跳ねながら、わたしは樹を指差す。

「うちの近くにあるやつより大きいよ!」

「わかった、わかったから、あまり跳ねるな!」

「ねぇ、見に行っていいかな?」

 側に脇道の入り口があったから、わたしはそちらに足を向ける。看板は立っていないので、特に危険なことはないだろう。

「まあ、お前が行きたいのなら、行けば良いじゃないか」

「うん! じゃあちょっとだけ見に行くね!」

 わたしは小走りで脇道に飛び込み、銀杏の大木がある方向を目指す。

「わー、すっごーい」

 その大木の根本にはすぐに辿り着けた。

 まるでお家のように大きな銀杏の樹だ。真横に伸びた枝葉が屋根のようにわたしの頭の上を覆っている。

 百人くらい余裕で雨宿りできそうだわ。

 わたしは屋根の下をゆっくり回って、キラキラと光る木漏れ日を楽しんだ。

 ずっと上を見ながら歩いていたわたしは、遥か高い枝で瞬く、赤い瞳に気付いてしまう。

 それは先ほどからずっと探していた銀杏の妖精さんのものだった。

「あっ! 銀杏がいるよ。おーい!」

 彼もわたしに気付いていたようで、目にも止まらぬ速さで近くの枝まで駆け下りてくる。

 みい、と鳴いて首を傾げる姿は、相変わらず身悶えするほどかわいい。

「か、かわいい。かわいい……」

「こら、力を込めるな! 割れる! 折れる!」

 フラグは大袈裟だな。手元でミシミシと音が鳴っているけど、わたしのひ弱な力であなたが割れたりするわけないじゃない。

 銀杏は再びみいと鳴き、わたしの方に向けて鼻を動かす。

 ああ、お腹がすいているんだわ。わたしが鞄から何か食糧を出そうと思ったとき、フラグが文句を言い始める。

「おい、忘れたのか。こいつはお前の食糧を根こそぎ食べてしまうのだぞ」

「そうだね。食いしん坊だったね」

「やめておけ! これからお前は旅に出るんだ。大切な食糧を無駄にするのは良くないぞ」

 まあ、確かに、そうかもしれない。

 わたしは鞄を漁るのをやめて、困り顔で銀杏を見つめた。

「ごめんね。今はあまりご飯を持っていないの」

 言葉が伝わったのか、銀杏は目に見えて落ち込んだ。

「ごめんね。今度はもっとたくさんご飯を持ってくるから」

 銀杏は納得したように頷いて、スルスルと銀杏の樹を上っていく。葉っぱの黄色に混じってすぐに見えなくなってしまった。

「ああ、なんだか、悪いことをしてしまった気がする」

「気にすることはない。賢明な判断だ」

 フラグはそう慰めてくれたけど。わたしは思いの外落ち込んでしまって、重い足取りでその場を後にする。

 落ち込んでいても仕方がない。メインの道に戻って、目的地を目指そうと思ったのだけど……。

「あれ? おかしいな」

 わたしは再び、大きな銀杏の根本に立っている自分に気が付いた。

「おい。どうしてまたこの樹に辿り着いたんだ」

「えっ、わかんないよ」

 この樹からもとの道まではたいした距離もなく、一本道だったはずだ。さすがのわたしでも、反対方向に歩いたりなんて間抜けなことをするはずがない。

 わたしはもう一度、もと来た道を歩き出す。

 銀杏の樹の他は名前も知らない低木が多い。道の脇にはすすきがたくさん生えていて、わたしの足をくすぐってくる。

 カサカサと草木が風で擦れる音を聴きながら、細い道を懸命に進んだ後、わたしは再び銀杏の大木の根本に辿り着いた。

「あれ……どうして?」

 もしかして、反対の道だったかしら。自分の記憶に自信がなくなってきて、わたしは逆の道に足を踏み入れてみる。

 でも結果はおんなじだった。わたしはまた銀杏の大木の根本に辿り着き、途方に暮れてしまった。

「どうしよう。わたし、迷子になっちゃった?」

 遠い山を見ると、日が段々と落ちているのが窺えた。暗くなる前にモルカに着く予定だったのに、このままでは林の中で野営しなくてはいけなくなる。

「どうしよう。どうしよう。あ、そうだ!」

 わたしは銀杏の樹を見上げ、ポンと手を叩いた。

「おい、何をする気だ」

「わたし、木登りが得意なんだよね」

 腕につけたフラグを外し、樹の根本に立て掛ける。

「まさか登る気か?」

「上から見たら、道がわかるかもしれないでしょ」

「ものすごく高いぞ、この樹。危ないからやめておけ」

「大丈夫。おととい登った竜の背中も結構高かったよ?」

 フラグの反対を押しきり、わたしは太い幹に手をつける。

 幹には凹凸がたくさんあるし、生え初めの細い枝も頻繁にあるので、わたしはスルスルと登ることができた。

「わ~いい眺め~」

 てっぺんまでは無理だけど、わたしは中腹くらいまで登ってまず景色を楽しんだ。

 眼下の木々は色とりどりだ。赤いのや黄色いの、緑にもグラデーションがあり、どこを見ても楽しむことができる景色だった。

「シュクイー! 道は見えたかー?」

「あっ、忘れてた」

 下から微かに聞こえた声のおかげで、わたしは本来の目的を思い出し、ななめ下に視線を向ける。

 もとの道はすぐ側にあるはずだ。ものの数分で辿り着ける程度の距離にあるはずなんだから。

 しばらく探して、それらしいものを見つけた。車輪の跡がつく平らな道。あれがモルカに向かう街道だ。

「あった。あっちの方角だね」

 それはわたしが何度も向かった方角で、記憶通りのものだった。迷うはずがないのに、どうして辿り着けないのかな。

 首を傾げながらわたしは、再び視線を遠くに向けた。すると、何かチラリと動いたものが視界に入る。

 そちらに目を向けて、わたしは驚いた。

 腕だ。ヒトの腕が動いている。

 こちらに手を振っている。わたしはすぐにそう理解した。

 誰かがわたしのほうに手を振っている。わたしと同じように樹に登ったヒトが、こちらに手を振っている。

 その樹が、わたしと全く同じ高さの銀杏の樹であることに気付いて、わたしは心底驚いてしまった。

「あれ? 同じような高さの銀杏が、近くにあったかな……」

 わたしは一応、相手に手を振り返したのだけど、内心かなり動揺していた。だからつい足を滑らせてしまい、気が付いたら体が宙に投げ出されていた。

 バキバキとひどい音と共に、全身に痛みが走る。

 いけない、わたしったら。樹から落ちちゃったんだわと思い、慌てて近くの枝に手を伸ばす。

 必死に体勢を立て直し、わたしはなんとか無事に地上に戻ることができた。

「いたたたた……」

 本当にフラグの言う通りだ。危ないからやめておけばよかった。

 わたしは後悔に苛まれながら、相棒の姿を探す。

 すぐさまお小言が降ってくると思っていたのに、辺りは静かだ。サワサワという葉擦れの音以外何も聞こえない。

「あれ? フラグ?」

 わたしは痛む体をさすりながら、幹の周りを回った。

 フラグがいない。どうして?

 フラグには足がないから、自分で歩くことはできないはずなのに。

「おーい。フラグー?」

 風で飛ばされちゃったのかな。それとも、動物が咥えて持っていっちゃった?

 辺りをうろうろしていたら、ガサガサと誰かが近付いてくる音がした。

 それは動物や魔物じゃない。ヒトの歩く音だったから、わたしは警戒せずにそちらを見た。

 すすきの草むらから現れたのは、先ほど遠目で見た、木の上で手を振っていたヒト。

「あっ、こんにちは」

 わたしが笑顔で挨拶をすると、そのヒトはピタリと足を止める。

 印象的な赤い瞳の、男の子だった。

 彼は大きな赤い瞳をウルウルとさせながら、わたしを見つめてくる。

「ど、どうしたんですか……?」

 あまりにも悲痛な表情だったから、わたしは不安になってそう問いかけた。

 するとそのヒトは突然声をあげ、わたしに駆け寄ってくる。

「ヒトだ~! ヒトがいたー!」

「?!!」

 わたしは頭が真っ白になった。

 なんとそのヒトは、そう叫びながら、わたしにガバッと抱きついてきたのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ