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第一話(4)

「仲間を探しているんだ。気が付いたら、仲間とはぐれていて……探しても、どこにも痕跡がない」

「仲間? 竜人さんってこと?」

「いや、おれは竜人じゃないんだよ。上級竜っていう竜なんだ」

「上級竜?」

 さっきも聞いた単語だった。彼はその上級竜という仲間を探して、おとうさんのところに来たらしい。

「どうしておとうさんが知っていると思ったの?」

「色々な町を巡って、物知りなヒトを紹介してもらっていたんだ。これで五人目くらいかな。グラウスさんってヒトがとても偉い学者さんだって。誰もが忘れてしまった遠い昔のことを調べているヒトだって教えてもらったんだ」

 オギは、仲間と一緒に悪い竜を退治するお仕事をしていたそうだ。仕事中に怪我をして、気を失ってしまったらしい。目が覚めたら周りに仲間はおらず、知らない土地が広がっていた。

「初めはどこか遠い土地に飛ばされてしまったのかと思ったんだけど、どこに行っても覚えのない場所だった。仲間はいないし、仲間がいたという痕跡すらない」

 あまりにも訳がわからないから、物知りなヒトを探して話を聞いてみた。誰も上級竜を聞いたことがないという。

 物知りなヒトというのは、歴史を調べているヒトが多く、歴史学者から違う歴史学者を紹介されるというのが続いたのだそう。

「きっとこのハックフォード先生というのも歴史を研究しているヒトなんだろうな」

「そうかもしれないね。おとうさんに古い言葉の解読をお願いしているくらいだし」

「この本の内容がわからなくても、どこで見つかったのかわかったら、なにか手がかりが得られるかもしれない」

「どうしてそう思うの?」

 わたしがそう聞くと、オギはミミズのような字が書かれた表紙を指差して言った。

「ここに、おれが読める字で知り合いの名前が書いてある」

「何て書いてあるの?」

「『親愛なるラグナへ。千年の平和を捧ぐ』……ラグナというのは、おれたちの仲間の長。一番偉い竜の名前なんだ」

 この文字が読めるんだ……。わたしにはニョロニョロした落書きのようにしか見えない。

「そっか。ボロボロなのが気になるけど、仲間の持ち物が見つかったってことだね。仲間の居場所が見つかると良いね」

「うん。ありがとう」

 窓からは赤みが帯びた日が差し込んでいた。秋なので、日が短くなっている。

 我が家には時計がないから、何時かはわからないけど、もうすぐ夜になってしまうのは容易に予想がついた。

 わたしはオギに泊まっていくように提案したけど、彼は固辞した。

「一時でもはやく、状況を把握したいんだ」

 そう言ってすぐに席を立ち、旅立ちの準備を始めてしまった。

「お世話になりました」

 彼は玄関の外まで見送りに出たわたしに、ペコリとお辞儀をする。

「なにも力になれなかったけど……」

「いえ。手がかりももらえたし、地図も食糧もわけていただけて助かりました」

 再びペコリとお辞儀をするオギ。またよそよそしい口調に戻っていたので、彼が二度とここを尋ねてくるつもりがないことを悟ってしまう。

 仲良くなれたと思ったけど、わたしたちは偶然会っただけの、なんの関わりもない他人だ。オギの態度は別に間違ってはいない。

 だけどわたしは、なんとなく寂しい気持ちになりながら手を振った。

「じゃあね。頑張ってね!」

 オギは最後にペコリとお辞儀をしたあと、一度も振り返ることなく銀杏(いちょう)並木の先に消えていく。

「さあて、晩御飯をつくろうかな」

 わたしは無理矢理元気な声を出し、キッチンに向かった。

 晩御飯は、大好きなミルクのスープにした。ニンジンとタマネギを、ミルクと煮込んでお塩を振ったスープ。優しい味で大好きで、毎晩食べても飽きない。

 本当はこれにバゲットを浸して食べるのが良いんだけど、今日もらったバゲットは全部銀杏に食べられてしまった。

 はあ……と、大きな溜め息をつく。

「どうした? 溜め息などついて」

「なんだかちょっと、食欲がなくて」

「なんだと?! 食べるしか楽しみのないお前が、どういう風の吹き回しだ」

「あはは。ほんとにねぇ」

 フラグのトゲのある言葉にも特に何も感じず、わたしはオギが残していった空っぽのティーカップを見つめた。

 わたしはどうして、この家にいるんだっけ。

 おとうさんの帰りを待っているんだけど、ちっとも帰ってこないのでつまらない。

 わたしは急に、目の前の風景が色褪せていくのを感じる。暖かくて気持ちが良いはずの我が家が、冷たくて味気のないものに感じられてきた。

 ろうそくに火を灯すのを忘れて、辺りは真っ暗になってしまう。

「大丈夫か? 風邪でも引いたか?」

「ううん。でもなんだかボンヤリするから、今日はもう寝ようかな」

 わたしの部屋は、二階の東側の一室だ。ベッドしかない小さな部屋。わたしは眠る準備を整えてから部屋に向かい、フカフカの布団に潜り込んで目を閉じた。

 今日は楽しかったな。

 こんなにもヒトと話したのは久しぶりだった。いつぶりだか思い出せないくらい、わたしはこの家に、フラグと一緒に籠っていたのだった。

 待てども帰ってこないおとうさん。

 オギはこれからもしかしたら、おとうさんに会えるのかもしれない。わたしが会いたくても会えないおとうさんに、偶然出会えてしまうかもしれない。

 なんだかくやしい。どうしてだろう。

 うちにいるのが一番会える確率が高いなんて、本当だろうか。わたしが勝手にそう思い込んでいただけじゃないの?

 悶々としながら、わたしはいつの間にか眠りについていた。

 夢を見たような気がする。

 ミミちゃんが魔物に追いかけられている。わたしはアスンシオンを抜いて、魔物を倒す。

 ミミちゃんはわたしに抱きついて、お礼を言う。

「ありがとう! おねえちゃんは、勇者さまなんだね!」

 勇者さま。勇者さまか……。

 実はあのとき、わたしはミミちゃんのキラキラした目が嬉しかった。

 わたしは必要とされているんだ。わたしには力がある。ミミちゃんのような、ちいさな子供を救うことができる。

 わたしはこの生活に、本当に満足しているの?

 わたしには、おとうさんを待つ以外に何かやれることがあるんじゃないかしら……。


 窓から差し込む優しい光。

 今日もさわやかな晴天だ。

 わたしはいつものように、ふっくら卵のオムレツを焼き、トマトソースで笑顔を描いた。

 手を重ね、今日もまたこの瞬間を迎えられたことに感謝を捧げてから、わたしは宣言する。

「いただきます……」

 朝になってもわたしは悶々としていた。大好きなはずのオムレツも、大して美味しそうに見えない。

「まだ元気がないのか」

 心配そうな声を上げるフラグ。

「フラグ、実はね。ちょっと考えていることがあるんだけど……」

「何だ?」

 わたしはスプーンを置き、フラグをじっと見た。

 昨夜から、わたしの頭に浮かんでいたある決意を、相棒に伝えないといけない。

 わたしはドキドキしながら、おもむろに口を開く。

「実はね、わたし、旅に出たいなと思っていて」

 笑われるかなと思った。平凡で無知なわたしみたいな女の子が、家から出ようなんて。無謀なことはやめなさいと言われるかなと思った。

 でも、本気だったわたしは、懸命にフラグを説得した。

「わたし、けっこう頑張れるんじゃないかと思うの。ミミちゃんも、自警団のおじさんより強いって言ってくれてたし。昨日は上手に竜を倒すこともできたでしょ?」

「…………」

 フラグは何も言わない。何故かブルブルと震え始めて、今まで見たことがない反応をした。

 怒っている? 笑いをこらえているの? 不安になったわたしは、フラグの言葉を待つことにする。

「あの、フラグ……?」

「…………」

「や、やっぱり変かな……わたし、こんなことを言って」

 わたしが怖じ気づいて、訴えを取り下げようとしたとき、フラグは突然大きな声を上げて、むせび泣くような音を立てた。

「うおおお! やっとか、やっとか、シュクイ!」

 わたしはとてもビックリし、続く言葉にさらに驚く。

「ずっとこの時を待ちわびていた! お前のような才能のある剣士が、引退した老人のような生活をしているなんて、間違っていると思っていたのだ」

「えっ、そうなの?」

 思ってもみない話をされて、わたしは思わず目をぱちくりした。

「そうだぞ! ずっと尋ねていたではないか。今日はなにをするのかと」

 確かに毎朝のようにその質問はされていたけど……それは要するに、わたしが旅立ちたいと自分から言い出すのをずっと待っていたってこと?

 わたしは気が抜けて、背もたれにズルズルと寄りかかりながら呟く。

「それならそうと、はやく言ってくれたら良かったのに」

「私は相棒に無理強いをしたりはしない。自らの足で進む相棒を、手助けすることしかしたくないのだ」

 そうなんだ……。確かに、あれをやれこれをやれと言われたことはあまりない気がする。彼がグチグチと怒るのは、彼らを持って行くのを忘れたときくらいだ。

「じゃあ、旅に出ても良いの? 一緒に来てくれる?」

「もちろんだ。何を目的とした旅にするんだ?」

「えっと、えっと、そうだな」

 そう尋ねられて、わたしは段々とわくわくしてきた。やりたいことがたくさんある気がして、頭の中がすぐにいっぱいになった。

「えっとね。オギのお手伝いをしてあげたいかな。あの本に何が書いてあるのかちょっと気になるし、オギがちゃんと仲間に会えたか知りたい。あとは、おとうさんに会いたいかな。どんな仕事をしているのか、この目で見てみたいし、一緒に旅をしてみたい」

「うんうん。良いんじゃないか?」

「それとね、災厄っていうのがちょっと気になっているの。ミミちゃんみたいに魔物に襲われて困っているヒトを助けてあげたいの」

「うむ。我々にふさわしい目的だ」

「わたし……笑われるかもしれないけど」

 少しだけ口ごもってから、わたしは心のうちを口にしてみた。

「勇者さまになってみたいんだ。ミミちゃんが言っていた、災厄(さいやく)からみんなを救う、人間の勇者さまに」

 わたしなんかが夢見るには、大きすぎる夢だと思うのだけど、フラグは馬鹿にしたりせずに、力強くこう言った。

「なれるさ。お前には才能がある。ともに世界を救おう、私の相棒よ」

「うん!」

 わたしは彼の言葉がとても嬉しかった。今まで狭かった世界が、一気に大きく広がった気がした。

 さっきまで色を失っていた周りの風景が、再びキラキラと輝き始める。

「ご飯を食べたら、さっそく準備をしよう。旅立ちは、明日かな」

「えっ、今日じゃないのか……?」

 ガッカリするフラグの声がおかしくて、わたしはあははと笑った。

 旅には何が必要だろう。おとうさんの倉庫にあれがあったわ。町にいってあれも買わなきゃ。

 色々と新しい悩みを思い浮かべながら、わたしは沸き上がる期待に胸を躍らせる。

 今日はいつもと違う、特別な日になる。

 きっと明日も、明後日も。

 たぶん、しばらく食べられなくなるよね。毎日食べていた大好物のオムレツ。

 わたしはいつも以上に、その優しい食感に幸せを感じながら、一口ずつ味わった。

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