第六話(1)
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「星の家というのは、今では全ての旅人を支える大きな組織になっていますが、元々は小さな集まりから始まったものなのですよ」
コーベールさんはまず、星の家の成り立ちを語った。
星の家の前身となる組織は、人間族の数人が立ち上げた『記録者の集い』という集まりだったらしい。
「『記録者の集い』は正しい歴史を知りたいという、人間族の共通の願いから始まりました。ご存知のように我々人間族は非常に短命です。短命ですが頭が良く、一生を正しく有意義に過ごしたいという意欲が他の種族よりも強いのが特長です。
しかし人間族は長命のエルフや精霊と比べると、情報を保持できる期間が短いのです。彼らは我々に歴史を語ってくれますが、それが正しい歴史なのかを知る術は私たちにはあまり与えられていません」
――だからこそ、調べるのです。正しい歴史を知るために、皆で調べ、客観的な事実から正しい歴史を描き出す。そしてその正しさについて語り合い、我々のための正しい歴史を子孫に受け継ぐ。それが『記録者の集い』の役割であり、人間族の悲願です。
コーベールさんは拳を握りしめて語った。目がキラキラしていて、歳上の男の人なのに、ちょっと可愛いなと思ってしまう表情だった。
「わたしのおとうさんも考古学者なので、わかります。正しい歴史を知りたいというのは、人間族のなかでは当たり前の考えなんですね」
「その通りです。失礼ですが、シュクイさんのお父上のお名前を伺ってもよろしいですか?」
「グラウスと言います」
「グラウス……まさか、エフィの村の外れに住むグラウス先生のことでしょうか」
「はい、そうです! もしかして、父もクロニクスに入っていたんですか?」
「その通りですよ。お父上から聞いていませんか?」
コーベールさんは、おとうさんがとても有名な学者であることを嬉しそうに語ってくれた。
なんだ、おとうさんは人間族の間では有名人なのね。それじゃあすぐに会いに行くことができるんだわ。
わたしはホッとした心持ちで彼の話を聞いていたけど、急にコーベールさんは声のトーンを落としてしまった。
「ああ、でもグラウス先生は……」
「え? 何ですか?」
「いえ、何でもありません。話が逸れてしまいましたね」
わたしはもっとおとうさんの話を聞きたかったんだけど、確かに本題からはズレる。
また暇ができたらで良いかと思い、彼の話の続きに耳を傾ける。
「星の家はクロニクスの活動に呼応する方々によって、クロニクスを支援するために始まった組織ですが、今ではクロニクスだけでなく全ての旅人を支援する組織となっています」
「なるほど。すごく立派な活動だと思います!」
「ありがとうございます。それでですね、今回シュクイさんにお願いしたいことはクロニクスからのお願いになるんです」
コーベールさんは後ろを振り返り、背後の棚をごそごそとまさぐる。そして机の上に汚れた地図を広げて一点を指差した。
「ここが現在私たちのいるアストラリアです。この周辺に、森が広がっているのがわかりますか」
確かにそこには、森のようなモコモコの絵が描かれた部分があった。アストラリアの西の方は、ほとんどが森になっていて、あとは細い道がひょろひょろと不安そうに伸びているだけだった。
「アストラリアの西の森は、『朱の大精霊の森』と呼ばれています。古くから精霊のテリトリーとして尊重され、精霊以外のものの侵入を極限まで制限されています」
「朱の大精霊……」
わたしがその単語を復唱すると、コーベールさんはメガネを光らせて囁く。
「シュクイさんは、教会の創世記に出てくる、『大精霊フレイチャルド』をご存知ですか?」
それはさっきアイビー先生の授業で聞いたばかりだったから、わたしは頷いた。
「朱の大精霊とは、フレイチャルドのことを指します。光と火、昼夜の概念を作ったとされる世界の統治者のひとりです」
「そんなすごい精霊さんが住んでいるんですか?」
わたしの言葉にコーベールさんは軽く笑って、首を緩く横に振った。
「フレイチャルドはとうの昔にこの世界を去っています。西の森に住んでいるのは、かつてフレイチャルドの眷属であった精霊の残党です」
コーベールさんはひょろひょろの細い道を指でなぞり、森の中心を指でトントンと叩く。
「大したことがない精霊なのですが、精霊は精霊。私たちよりも長生きで、魔力が強い。そして彼らは横柄で、ひどく秘密主義です。我々は彼らに少し困っていて、どうにか情報を引き出したいと考えています」
「どんなことに困っているんですか?」
「シュクイさん、こちらにくるまでに魔物に会いませんでしたか? 赤い目の魔物です」
それには心当たりがあった。サクヤの船から陸に上がり、アストラリアに辿り着くまでにたくさんの魔物に遭遇した。そのどれもが赤い目の魔物だった。
「近年、気候変動や魔物の大量発生などが続き、災厄が訪れるという迷信を信じるヒトたちが増えています。大精霊への信仰が足りないからと教会のエルフたちが言っているからなのですが、どうにも不可解なのです」
「何故ですか?」
「我々は十二分に精霊に配慮してきたからです」
コーベールさんは窓の外に視線を向ける。そこには天に向かって三角屋根を付き出すアストラリア魔法学校の姿があった。
「アストラリア魔法学校には精霊術を学ぶ学科があります。精霊術を身に付けるために精霊と契約するものもいます。契約者は精霊を崇め、尽くします。契約者がいるアストラリアを精霊は尊重し守ってくれるという良好な関係が長らく続いてきました」
コーベールさんはゆっくりと視線をこちらに戻す。
「赤い目の魔物は、朱の大精霊の力を手にした魔物です。我々が何か精霊たちの意にそぐわないことをしたわけでもないのに、どうしてそのような物が発生しているのでしょう。精霊の側に何か不測の事態が発生しているのではないかと考えています」
「なるほど、そうですね。そうかもしれませんね!」
「そこでシュクイさんにお願いしたいのですが……」
キラリと光るメガネの向こうに、栗色の鋭い目が見える。
「朱の大精霊の森へ言って、精霊に話を聞いてきてもらえませんか」
「えっ」
どうしてわたしが?
わたしの頭にはたくさんの疑問符が浮かんでは消えていく。
「シュクイさんなら、精霊は正直に話をすると思うんです」
「どうしてですか? わたしは魔法も使えないし、精霊さんについて何も知りませんよ?」
「シュクイさんには、不思議なオーラがあります。おそらく精霊にもわかるでしょう」
不思議なオーラってなんだろう。良くわからないけど、期待してくれるのなら悪い気はしない。
「別に、森に行くのは構いません。精霊さんと上手く話せるかはわかりませんが」
「それで良いです。行ってくださるだけで助かります」
思ったよりも簡単な依頼で良かった。
二つ返事で依頼を受け入れたわたしは、精霊さんがいるらしい大体の場所を地図に書き込んでもらい、それを受け取る。
話は終わったと思ったのでペコリとお辞儀をして立ち上がろうとした矢先、コーベールさんはあ、と声をあげてわたしたちを引き留めた。
「実は、シュクイさんだけでなくオギさんにもお願いしたいことがあるのですが」
「えっ。おれですか?」
オギは蚊帳の外のような面持ちでずっと話を聞いていたから、突然名指しを受けてすっとんきょうな声をあげる。
「ええ。シュクイさんが森に行かれている間、少し手伝って欲しいことがありまして」
大した話ではないんですがと述べるコーベールさんに、オギは少し戸惑った顔をした。多分彼は、わたしに付いてきてくれる気だったんだろう。
「わたしはひとりでも大丈夫だよ」
わたしがそう言って笑顔を向けると、申し訳なさそうな表情をして俯いた。
「おれのせいで、面倒をかけてごめん」
「そんなことないよ。星の家に誘ったのはわたしだし。それにこのお仕事は、おとうさんの仲間の役に立てるみたいだからやりたいんだよ」
「そっか。それなら良かった」
コーベールさんがオギに依頼する仕事の話は、どうやら場所を変えて行うらしい。わたしたちは席を立ち、それぞれの目的地に向けて移動することになった。
「気をつけてね、魔物が多いみたいだし」
「うん、ありがとう。オギのほうも頑張ってね」
「もし精霊に会えなかったり、追い出されたりしても、深追いする必要はありません。そのまま帰ってきてください」
「わかりました」
わたしはペコリとお辞儀をしてふたりとわかれて、早速西の森を目指すことにした。
「ずいぶん胡散臭い男だったな」
星の家を出てすぐ、フラグがボソリと呟く。
「え? 誰のこと?」
「あのコーベールとかいう男だ」
「胡散臭い? そうかなあ」
わたしは彼にかなりの好印象を抱いていた。わたしに期待をしてくれているし、おとうさんのことも教えてくれた。同じ人間族であるし、キラキラした表情はとても魅力的だった。
「気を付けろよシュクイ。精霊はなかなか難しい存在だ」
「そうなの?」
「アイビーというエルフが語っていただろう。あの話は概ね私の認識と合っている」
「精霊さんは性格が悪いって話?」
「そうだ」
アイビー先生の話は、『再生体になるような魂はこの世にしがみついた怨霊だから、自意識過剰で被害妄想が激しい』とかいう話だったように思う。
サクヤも精霊さんのことを悪く言っていたし、ある程度その話は一般的なのかもしれないけど、それを鵜呑みにするのは気が引ける。
「でも、わたしは精霊さんには会ったことがないし。はじめからそんな目で見るのは良くないよ。ハーフさんのことを悪くいうヒトとなにが違うのかしら」
「まあ、そう言われると……私からは何も言えないな」
先入観を持つのは良くない。災厄教師と言われていたけど、コリウス先生もアイビー先生もわたしには良いヒトに思えた。
精霊さんだって実際に会ってみたら、きっと良いヒトのはずだわ。精霊さんが"ヒト"かどうかは良くわからないのだけど、まあ、似たようなものでしょ。
わたしはウキウキしながら道を歩む。
辺りは赤系の色に紅葉する種類の木が多いようで、進むにつれて段々と赤色に染まっていっていた。
道中に魔物はやっぱり多くて、襲いかかってくる小さな魔物を何体か退治した。
目に注目してみると、やっぱり似たような赤い目をしている。
「赤、あか、アカ……朱い森と関係があるのかな」
ボソリとそう呟いたわたしは、深みを増す朱い森の中に堂々と立っている金色の樹を見つけた。




