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第一話(2)

 風に乗って、焦げ臭いにおいが漂ってくる。やっぱり山火事かな。まだ燃えているようなら大変だ、町の人に知らせないといけない。

 急ぎ足で森を進んでいくと、熱気と共に鋭い悲鳴が聞こえてくる。

「ヒトがいるみたい」

「急ごう」

 フラグの言葉に応じて、わたしは早足から駆け足に移行した。

 幸いにも熱気はすぐに収まり、代わりに焼け焦げたにおいが強くなる。木々の隙間を縫って、においが強まる方に駆けていくと、少し開けた場所に出た。

 そこにはびっくりするような光景が広がっていた。

 草むらが真っ黒に焦げている。煤が舞うなかに、とても大きな影がそびえ立っている。それは家ほどの大きさもあるトカゲのような生き物で、確か竜とか呼ばれる生き物だった気がする。

「シュクイ! あそこにヒトがいるぞ」

「えっ、どこ?」

「竜の足元だ!」

 フラグの声に導かれて、わたしはその姿を目にする。そこには三人の影があり、しゃがみこんだ女の人と、その人に抱き抱えられた小さな女の子、その二人を守るように、もう一人が竜の前に立ちはだかっていた。

 竜が大きく息を吸って、口から炎を吹き出す。

「あ、危ない!」

 わたしは思わずそう叫んで駆け出したけど、竜の前にいたヒトが何か手に持ったものを振りかぶり、炎は一瞬で消し飛ぶ。

 なんだかよくわからないけど、あのヒトは竜と戦える人みたいだ。後ろにいる親子を守っているんだな。

 わたしはパッとそう判断して、肩に担いでいたものを慣れた手付きで抜き出して構えた。

 フラグが肌身離さず持ち歩くように言っている、もうひとつの相棒。フラグが“アスンシオン”と呼んでいる、古ぼけた長剣がこれだ。

「竜は強いぞ、シュクイ。大丈夫か?」

「大丈夫」

 煤や煙が辺りに漂い、少し視界が悪い。竜は巨木のような尾をしならせて地を叩き、舞い上がる砂ぼこりでさらに視界を悪くさせてから、それを三人に向けて叩きつけようとしている。

 わたしはその導線に焦点を絞って駆け出し、思い切り地を蹴った。

 全体重を剣の先端に乗せる。ズブリと確かな衝撃を腕に感じたのと同時に、バリバリとひどい音がした。

 尾を地面に縫い止めようとしたけど、失敗したらしい。周りに竜の鱗が散らばっているのを横目で見ながら、わたしは竜の姿を追った。

 尾の先っぽが半分切れて、プラプラと垂れ下がっている。紫の血を撒き散らしながら、竜は突然現れた敵を血眼になって探している。

 わたしは身を屈めて竜から隠れながら、三人の姿を確認する。竜と戦っていた男の子が、親子を避難させてくれたらしい。わたしは竜に注意を戻して、フラグに問いかけた。

「フラグ、竜の弱点は?」

「剣で狙うなら首だな」

 “首元のヒレの付け根”と具体的な場所を聞いてから、わたしは竜の死角に向けて駆け出す。

 バタンバタンと振るわれる尾を避けながら、背中を勢い良く駆け上がる。

 竜は最後までわたしのことに気が付かなかったようだ。彼は怒り狂って天に向かって吠え、不幸にもわたしの眼前に弱点を晒してしまった。

「ごめんね。ちょっとだけ痛いよ」

 わたしは真横に構えたアスンシオンを、竜の首に突き立てる。わずかな狂いもなく直角に突き立てた剣は、柄のところまでズブリと埋まった。

 首の骨を支点にして、ぐいと肉を断つ。えいやと剣を抜いてから、わたしは近くの枝に跳び移る。

 竜は少しの間ドスンドスンと暴れながら咆哮をあげていたけど、急に力が抜けたように地面に倒れ伏す。

 わたしは枝の上にくるりと上がって、そのまま竜が静かになるのを見守った。

 焦げたにおいと、砂ぼこりのにおいに、血のにおいがブレンドされてしまった。あまり穏やかな環境ではないけど、脅威が去ったことは確かだ。

 わたしは木から下りて三人の元へ向かう。親子は岩影から竜の亡骸を不安そうに眺めていたけど、わたしが近付いてにっこり微笑むと、緊張の糸が切れたようにわんわんと泣き出した。

「ありがとうございます。ありがとうございます」

「こわかったよぉぉ」

「もう大丈夫ですよ。一体何があったんですか?」

 わたしがそう問いかけると、母親の猫獣人(フェーレース)さんがこれまでの経緯を説明してくれた。

 親子はエフィの町に住んでいて、近くの山でキノコや果実を採ることを生業としているらしい。いつものように山に入ったところ、突然あの大きな竜に襲われたのだそうだ。

「あちらのお方が助けてくださって、ここまで逃げてこられたんです」

 母親は近くにいた男の子に目を向ける。彼はペコリとお辞儀をしてから会話に参加する。

「ありがとうございます。助かりました。お強いんですね」

「あはは。そんなことないですよ」

 わたしは照れ笑いしながら、その男の子をまじまじと見てしまった。

 初めて見る種族のヒトだと思った。耳の辺りから突き出ているのは、先ほど倒した竜と同じヒレのようなもの。背中からは胴体と同じくらい太い尻尾が付き出している。ヒレも尻尾も赤い色をしていて、鱗に覆われていてキラキラしている。

 竜人さんかなぁ。すごく幼い顔をしていて、わたしよりも二つ三つ小さいんじゃないかと思うんだけど、何だか貫禄がある。黒くてきっちりとした服を着ているし、どこかの立派な組織に所属している偉いヒトなのかもしれないなんて想像をした。

「わたしはシュクイと言います。町外れのあっちのほうに家があるんです」

 木こりをしていますと言うと、親子も竜人の男の子も驚いていた。

「そんなにお強いのに、木こりをされているんですか?」

「ええ、まあ……」

「おねえちゃん、町の自警団のおじさんよりずっと強いよ」

「そんなことないよ」

 ララとミミと名乗ってくれた猫獣人の親子は、わたしをとても気に入ってくれたらしい。お礼がしたいから家にきてほしいと懇願されたので、わたしは親子と男の子について、エフィまで戻ることになった。


 竜人の男の子はオギと名乗った。旅の途中にたまたま竜を見つけ、追いかけていたら親子が襲われている現場に遭遇したそうだ。

「この辺りに竜はよく出没するんですか?」

 オギがそう尋ねると、ララさんはゆっくり首を横に振る。

「いいえ。初めてですよ、あんなに大きな魔物が出たのは」

「魔物?」

 オギと同じく、わたしもその単語に首を傾げた。

「ご存知ないですか? 魔物というばけものが、世界各地に出没しているそうです」

 エフィの自宅に着き、お茶やお菓子でもてなしてくれながらララさんは、世界の異変について色々と教えてくれた。

「動物に似ているけどどこか違っていて、ヒトを襲う狂暴な生き物を“魔物”と呼んでいます。数年前くらいから、小さな町や村を中心に被害がでているそうです」

 そういえばわたしも、エフィの周りが物騒になったとマーケットの人から聞いたことがあった。それはこの魔物出現を指していたのかな、と思う。

「他にも雨が降らなかったり、地震が起きたりと自然災害も増えていて……人によっては、“災厄(さいやく)”が訪れるのではないかという人もいます」

「災厄?」

 聞き慣れない単語だった。わたしだけでなくオギもそのようで、わたしたちは何かに怯えたように縮こまるララさんの言葉を待った。

「わたしも最近まで知らなかったんですが、古くからこのような言い伝えがあるそうです。『この地を守る大精霊さまの加護を失ったとき、人々に災厄が訪れる』……災厄によってヒトは滅びてしまうのだそうです」

 大精霊? また知らない単語が出てきてしまったのだけど、ララさんは自分の話にすっかり怖がっていたので、詳細を問いただすのは気が引けた。

「おねえちゃんは勇者さまなんだよね? 長老さまが言ってた。立派な盾と剣を持ったニンゲンの勇者さま」

「こら、ミミ!」

 突然ミミちゃんが、わたしを指差してそんなことを語る。

「ごめんなさい。長老が変な話を子供たちに吹き込んでいて……」

「いえ、いいんです。気にしてません」

「町の人たちも不安なので、色々な噂話が出てきては消えている状況なんです」

「なるほど……大変なんですね」

 ララさんがいさめても、ミミちゃんはキラキラした目でわたしをずっと見つめてくる。困り果てたララさんは、話題を変えるためにオギに視線を向け、明るくこう尋ねた。

「オギさんは、旅のお方なんですよね。どこから来られたんですか」

「えっと、海のほうからです」

「海? 港町モルカのほうでしょうか」

「えっと、すみません。あまり地理に詳しくなくて」

 オギの返事はなんだか歯切れが悪かった。この家に来てから彼はずっと口数が少なく、あまりおしゃべりが好きじゃないのかな? と思う。

 小さな男の子にしては、背筋がピンとして、キチンとした佇まい。硬い表情をして口を結ぶ彼には、何か込み入った事情があるのかもしれない。

「エフィにはあまり旅人はいらっしゃらないんです。泊まるところなどはあまりなくて……」

「いえ、おかまいなく。野営には慣れています」

「でも、あまり装備も持たれていませんよね」

「まあ、そうなんですけど……」

「私たちを助けるために、どこかに置いていかれたとか」

「いえ、そんなことはなくて」

 確かに、旅の人にしてはオギは随分身軽だった。先ほどの戦闘で振るっていた丸太のような太い棍棒の他には、小さなウエストバッグしか身に付けていない。野営をするなら、テントくらいは持っていないと辛いんじゃないかと思うけど……。

「どこに向かわれる予定なんですか?」

 ララさんのその問いに、彼は初めて活気のある目を向けた。

「実は、この辺りに有名な学者さんの家があると聞いてきたんです」

「学者さん、ですか?」

「はい。歴史を研究されているという方で、お名前はグラウスさんというそうです」

「えっ?!」

 わたしはつい大きな声を出してしまって、みんなから注目を集めてしまう。

 でも、驚いて当然だ。グラウスというのはわたしのおとうさんの名前であって、おとうさんは歴史を研究している学者さんなのだから。

「それはわたしの家かもしれない。わたしのおとうさんは学者さんなんです」

「そうなんですか?!」

 ガタッと音を立てて立ち上がったオギは、わたしに向かって思い切り頭を下げてこう言った。

「グラウスさんに会わせてください。お尋ねしたいことがあるんです」

「えっ、その、頭をあげてください、その……」

 あうあう、困ったな……。一生懸命な表情で見つめてくる男の子に、どう答えてよいかわたしは頭を悩ませた。

「おとうさんに何を聞きたいのかな? おとうさんは、仕事でずっと帰ってきていないんです。会わせることはできないんですけど、おとうさんの仕事関係の本とか資料とかはうちにあるから、自分で調べてもらうことならできるかも」

「そうなんですか……」

 オギはわたしの回答にしょんぼりとしていたけど、しばらく考えてからパッと顔を上げて言った。

「それでもいいです。よろしくお願いします」

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