第四話(4)
祈るような気持ちで、再び港の入り口に目を向ける。
するとわたしの視界に、ふと白いものが写った。
警察隊の制服とは違う質感の白。
あれは、わたしたちがさっきまで隠れてた貨物置き場かな? そこにどこか見慣れた白いものがある。
目を凝らしてみると、動いた! あれは仲間のウォムシィだ。
「みんなだ! 来てたんだ!」
わたしが叫ぶと、甲板にいたウォムシィたちが集まってきて歓声をあげる。
「うおおおお!! 感動の再会でやす!!」
「いまなら戻れるでやす!」
「戻るでやすーー!」
陽動班のウォムシィたちを見つけて盛り上がるウォムシィたちだけど。だめだわ、港の入り口、そこに黒い服の集団が見える。あれはもしかして、討伐隊のヒトかしら。見たことがあるようなオジサンたちが、わたしたちに向けて指を指している。
「野郎共ーー!! サボってんじゃねーー! 前だけ見ろおおお!!」
サクヤは桟橋に戻る気はなさそうだ。今の状況だとたぶん、その方が良さそう。
ごめん、オギ、わたしにはどうしようもない。
黒い服の集団から隠れて、木箱の山の影にいる仲間の姿を見つめる。
オギ、ベーカーさん、ウォムシィ十匹、みんな揃っている。みんなで輪になってなにか相談しているみたい。
輪が崩れて、ひとりが歩み出てきた。
オギだ。
オギは、ひとり岸に立つと、こちらに視線を向けた。
わたしを見つけたみたいだ。なにかわたしに言っているように見える。
なんだろう? 口の動きから読もうとしたけど、わたしに読唇術は無理だった。
「!!!」
急に、視界が燃え上がった。
港のはじっこに大きな火柱が立ち上る。
一瞬の出来事に、頭のなかが真っ白になっていると、やがて火柱を掻き消すように一体の竜が現れた。
巨大な赤竜だ。
「りゅ、竜でやすーーー!!」
海に悲鳴が響き渡った。
陸でも混乱が生じているのがわかる。警察隊は小型船への乗船を諦めてわたわた逃げ出していた。
竜はぶるっと体を震わせてから、背中の大きな翼を広げる。
軽くはばたいただけで、すごい風圧。貨物や青い服の人たちがころころ飛ばされているのが見えた。
「こっちに飛んでくる気だわ」
「ええ?!!」
わたしの呟きに、全ウォムシィが震撼した。
「速度をあげるやすー!!」
「無理でやす、逃げられるわけないでやす!!」
「まだ死にたくないでやすーー!」
「落ち着いて! あの子は味方だから!!」
本物の竜を目の前にして、理性より恐怖が勝ってしまったらしい。オギにすっかり怯えちゃったウォムシィたちは、わたしの声なんて聞こうともしない。
「野郎共おおおーー!!」
怒声が響き渡る。サクヤだ。
ぴたりと静まるウォムシィたち。さすが船長だわ……。
「大砲の用意をしろおおおお!!」
「了解でやす!!! 撃ち落とすでやす!」
「だめーーー!! やめてーーー!!」
何を言い出すかと思ったら。危険すぎる流れになっているわ。わたしは慌ててサクヤに駆け寄る。
「だめよ、サクヤ! どうして大砲なんて用意するの? ウォムシィたちが混乱しているわ。このままだと間違えて竜を狙っちゃう」
「上等だオラぁああ!! 竜が敵だか味方だかは関係ない!! 我輩の船を壊す可能性のあるものはすべて排除するのだあぁ!」
「ええ?! どういうこと?」
サクヤの目は血走っている。サクヤはオギを撃ち落とすことも視野に入れているらしい。陸にいたときの冷静なサクヤはどこへ行ってしまったんだろう。
「あの巨体が船を壊さん保証がないだろう! 見ろあの水面のうねりを! あれが近付くだけでこの船は破壊されるぞ!」
ああ、なるほど、確かに...…。
船長モードのサクヤは、辛うじてウォムシィよりは冷静のようだった。
だけどやっぱり頭に血が上ってしまっている。
「落ち着いてサクヤ。オギだってそれはよくわかっているよ。だから彼の邪魔をしたらだめよ。味方だと思っているこの船が攻撃してきたら、オギはうまく飛べなくてわたしたちを危険に晒してしまうかもしれないでしょ」
「離れている今のうちに撃ち落とせば!」
「いやいや、だからどうして撃ち落とそうとするのよ」
わたしの言葉に、サクヤは口をへの字に曲げる。
「だってだって。今撃ち落とせば船が壊れないもん……」
ボソボソと返答してきたけど、彼女はなんだか泣きそうな顔になっていた。
急に自信を喪失したちいさな船長が可哀想になってきたわたしは、胸をどんと叩いて言った。
「わたしを信じて!! なんとかするから!」
高台からわたしを見下ろす大きな目は、ちょっとだけ涙ぐんでいる。
「大丈夫よ、サクヤは前だけ見て進んでいて!」
できるだけ堂々と意思を伝えたわたしに、サクヤは安心したようにこくりと頷いた。
よかった、同士討ちって最悪の事態は回避できそう。
「野郎共ーー!! 全速前進だーーー!!」
元気を取り戻したサクヤが、威勢のいい声をあげるのを背中に受けながら、わたしは船尾に向かった。
竜は、すでに陸を蹴って飛翔していた。
風圧で発生する波が、その速度を物語っている。すごく速い。
波しぶきを撒き散らしながら、オギはまっすぐこちらを目指していた。
「ここに乗り込むつもりかな?」
わたしは自問するようにフラグに語りかける。
このまま空を飛んで向こう岸に行くわけにはいかないだろう。向こうの港にいるヒトに見られたら、また大騒ぎになるだろうし。
「そうだろうな。海上でうまく変身できるのなら、無理ではあるまい」
船にはちいさなボートや浮き輪も積んである。船の近くまで来てヒト型に戻ってくれたら、なんとか救出できるだろう。
海賊をしているくらいなんだから、ウォムシィさんたちは多少は泳げるはずだ。溺れたりはしないよね。
うん、そうだよね。きっとそうだ。
わたしは頭の中で、救出プランを策定する。
だけど彼が段々と近付いてくるにつれ、そのプランに違和感を覚え始めた。
速度が速すぎる気がする。近くで着水する気があるとはとても思えない。
サクヤが案じたように、風圧で船が壊れてしまうかも。
そう思ったとき、オギは急に真上に進路をとった。風圧で船が揺れ、後ろでウォムシィの悲鳴が聞こえた。
「ど、どうしたんたろ、オギ」
「妙だな」
彼はそのままの速度で空中で旋回する。そして高度が高いままこちらに向かい……通り過ぎた。
「なんだろう、あれ?!」
上空を通過したとき、オギの背後になにかが付いてきているのが見えた。
鋭くとがった白っぽい塊がみっつ、オギの進路に合わせて駆け抜けていく。
「魔法だ、追撃するタイプか」
「追撃?!」
追撃って、追いかけていく魔法ってこと? じゃああれは、オギに当たるまで追ってくるの?
「あっちにはやっかいな魔導師がいるようだな」
数日前オギを撃墜した魔導師かな。
星の家にいた、支援団の誰かかもしれない。
オギは上空を大きく旋回していた。追撃魔法のせいで速度を落とせないから、どうしようもないんだろう。
でも少しずつ、塊は縮んでいっているみたいだ。氷だから、溶けているのかな。でも、このペースだと全部溶けきるまでオギの体力が持たない気がする。
「シュクイ! 陸を見ろ!」
フラグの鋭い声で、すっかり遠くなった陸に目をやる。
青白い光が立ち上がった。なんだろう、あれ?
「魔法だ! 二撃目がくるぞ!」
「えええええ?!」
だめ、なんとかしなきゃ!
わたしは、船尾の柱を掴んで、手すりに上る。
息を思いきり吸い、叫んだ。
「オギーーーーーー!!」
聞こえているみたい、正面上空に位置していたオギが視線を下げ、ばちりと目が合った。
「船に乗ってーーー! わたしに任せてーーー!!」
巨大な目を丸くして、竜はわたしを見つめた。悩んでいるみたいだったけど、悠長にしている暇はない。すぐに決心したような目に変わる。
気力を振り絞るように速度をあげ、氷の塊と少し距離が開いた。
そして、下方に進路をとる。まっすぐ、船のほうに向かってくる。
そのまま変身するようだ。港で見たのと同じ、赤い炎が立ち上る。わたしはそれを視界に捉えながらも、まっすぐ氷の塊を見ながら背中の剣を抜いた。
『俺様は、この剣の使い方を知っている。これは何でも切れる剣なんだ』
先日森の中で出会った男の子。ニカッと八重歯を見せて笑うその笑顔を思い出す。
そうよ。これは何でも切れる剣。いつも忘れてしまっていたけど、フラグがよくそんなことを言っていた気がするわ。
わたしは柄を両手でしっかり握り、柄の真ん中にある丸い宝石の装飾を額に近付けて、目を閉じる。
それは以前、森で出会った男の子がやっていたポーズと同じだ。
『いいか、シュクイ。イメージを伝えるんだ。この剣は二つにわかれる。何でも切れる剣と、何も切れない剣』
「何でも切れる剣と、何も切れない剣」
わたしはイメージを膨らませて、目を開いた。
神さま、お願い。あの魔法を切れる剣を、わたしに与えてください。
わたしが両手を引くと、アスンシオンはふたつに分裂した。
右手には、まばゆく輝く虹色の剣。左手には、ぐにゃぐにゃ曲がった真っ黒な剣。
それは一瞬の出来事だったらしい。
ものすごいスピードで迫るターゲットが目の前にきていた。夜空を映して怪しく光る、青白い氷の塊。思ってたより大きいけど、きっと大丈夫。
わたしは右手の虹色の剣を、空に向かって降り下ろした。
ギイン、と確かな手応えがある。ふたつは壊した。逃した氷塊のひとつも、返す刀で粉砕する。
やった! わたしが内心で安堵した瞬間、
ドオオオオオン!!
背後でものすごい衝撃音が轟き、船体が激しく揺れた。
あぶない、落ちるところだった……。
わたしは柱にしがみついて、ほっと息をつく。
後ろをそっと振り向くと……ありゃー……。
甲板に大穴が開いて、煙が出ていた。
あわあわと駆け回るウォムシィたちの真ん中で、サクヤが喚いていた。
「大丈夫っていったのにいいいい!! シュクイのうそつきいいいいい!!!」
ごめん。ほんと、ごめんね……。
わたしはひとまず見なかったことにして海に視線を戻した。二撃目が来るかもしれない。迎撃しないと、沈没してしまう。
「魔法…………来ないのかな?」
身構えていたのに、待てども待てども、なんの到来もない。海はしんとしていて、波すらほとんど立たない。
「射程圏外に出たのではないか?」
うん、そうかもね。わたしは一息ついてから剣をひとつに戻す。アスンシオン、不思議な剣だなぁ。魔法が斬れちゃうなんて、すごいわ。
この騒ぎの中、一瞬だけ現れたあの不思議な虹色の剣を見たヒトはわたししかいないようで、なんだか残念に思いながらも剣を鞘に戻した。
うー、あんまり見たくないけど、現実を直視しなきゃ。意を決して振り返り、手すりから甲板へ跳び下りるわたし。
甲板に開いた大穴の周りには、ウォムシィさんたちが群がっている。わたしは彼らに混ざって穴を覗き込んだ。
派手な大穴だけど、幸い、底までは到達してないみたい。浸水はなく、木屑が山積みになっていた。
「オギーー! 大丈夫ーーー??」
わたしは板の間から生えた、四本爪の赤い足に問いかけてみた。あれはオギの足だ。特徴的だからとてもわかりやすい。
足の周りの木片が揺れたと思うと、親指を突き上げた手がニョキっと現れた。
よかった、無事みたい。
「いま助けるからーー!」
そう叫ぶと、突き出した腕はくたりと倒れる。
はやく出してあげないと。
穴のそばでさめざめと泣くサクヤを後に残し、わたしはウォムシィをぞろぞろ引き連れて、船内に続く階段を下った。
「ったく、ひでぇめに遭った」
ウォムシイに包帯を巻かれながら、ベーカーさんがぼやく。
「ごめん、まさかまたあの魔法を撃たれるなんて思わなかったから」
しょぼん、と肩を落としてオギが応えた。
幸い、みんなの怪我は大したことはなかった。骨折したウォムシィもいたけど、命に別状はなさそうだった。
ただ、甲板はうめき声に満たされていた。手すりにもたれ、海に胃の中身を捧げている最中のウォムシィがちらほら。
「まあ、みんな無事だったからよかった!」
わたしは明るくまとめようとしたんだけど、背後に重い気配を感じてぞわっとする。
振り返ると、怨霊のような顔をしたサクヤがいてさらにぞわっとした。
「なあああにが無事でよかっただあああああ……?? 船、弁償してくれるんだろうなああああ???」
「えっ。で、でも、浸水もしてないし、航海に支障はないよね?」
「あるわーーーー!!」
や、やっぱりあるかなぁ……?
「払えねぇってんなら、体で払ってもらうしかねぇよなぁ……へっへっへ」
サクヤはそのかわいい顔からは想像できないような邪悪な笑顔を浮かべている。
こ、こわい。
「えっと……。な、何日働けばいいかな……?」
「一生に決まってんだろ!! 死ぬまでこき使ってやんよ!!」
「えー! やだー!」
かわいいもふもふたちと一緒に暮らすのは楽しそうだけど、ずっと船の中なんて窮屈すぎる。
それに海賊なんてやってたら、お父さんを探しにいけないよ。
「まあ落ち着けよサクヤ」
馬鹿笑いを始めた彼女の前に、ぐるぐる巻きの腕が突き出された。ベーカーさんの腕だった。
「オレたちの依頼内容は、船の奪還の手伝い。船の状態についてはなにも言及してない。船って機能が保ててる以上は無事達成されたと言えるだろ」
「……むぅ」
ベーカーさんの弁に、サクヤは否定しない。
「二人の協力がなかったら、お前らはずっと陸暮らしだったろうよ。こうして海に出られただけ感謝しろよ」
「むむぅ……」
「協力してもらった報酬をやらなきゃな。ネェちゃんたちは船に乗りたくてモルカに来たんだ。目的地まで送ってやろうぜ」
「……」
巻き込んで怪我をさせたのに、助け舟を出してくれるなんて。ベーカーさん、なんて優しいんだろう!
サクヤは俯いてしばらくうなっていたけど、耐えられなくなったように叫んだ。
「あーーーもう、仕方ねえなあ! わかったよ!! 船を無傷で奪還しろと言わなかった我輩の負けだあ!」
ぱあ、と明るくなるわたしたちの顔を見ないように、サクヤはぷいっとそっぽを向く。
「送り届けてやるよ、無償で、西の岸までな」
「ありがとう!!」
わたしたちのお礼の言葉を背中で受け止めて、颯爽と去るサクヤ。
彼女は船首への階段に足をかけたところで、急に振り返った。
「ただし、これは貸しだからな! また会ったときに返してもらうぞ」
「う、うん」
わたしの返事を聞いて、サクヤはニヤァと笑った。
こわい。完全に、極悪人の笑いだよ!
この人たち可愛いけど、やっぱり悪い海賊さんなのかもしれない。
関わっちゃってほんとに大丈夫だったのかなぁ……。
「野郎どもーーー!! 西だああ! 西に進路をとれええ!!!」
「了解ですぁーー!!」
元気なウォムシィたちが走り回り、船の向きが変わる。
怪我をしている船員たちの代わりに、わたしも船の操縦を手伝った。
そうこうしている間に、空はうっすらと明かりが差し始める。
本当に大変だったけど、わたしたちは大きな怪我も欠員もなく、無事に船上の夜明けを迎えられたのだった。




