3どうしてこうなった
明華は僕を一瞥したのち、すぐにその『ナニカ』に目を向けた。乱暴に肩にかけていたカバンを地面に放り投げた、準備運動とでも言いたげに首を回しを肩を回し、静かに長く息を吐いた。
「あの、あれって一体……」
「あん?」
集中しようとしていた所申し訳ないのですが、どうしても訳が分からなくてですね、あの突っ立ているあいつ、そして今朝のあいつ。なんなんだ、生き物なのかそれとも、ファンタジーとかお得意のモンスターとかそういった類の物なのか、それとも妖怪とかそういったものなのか、もう何一つわからない。
不機嫌そうな目が一度僕に向けられた後、僕が指さした方向をにいるそいつを見ることなく、そしてつまらなさそうに言った。
「さぁな、私も知らない、ただこいつらは“エンコン”って呼ばれてるみたいだけどな」
エンコン?円根?怨恨!?こっわ!怨恨てことは誰かの恨みとかそういうものってことですよね、それが今日の朝にも、今目の前にもいるってこと?まぁ現代社会はストレス社会っていうくらいだし仕方ないね。そんなわけはない。
「お前、邪魔だけはするなよ」
明華はそういってそのエンコンに向き直った、僕の目がおかしくなければ、明華の胸の辺りに突如何かの数式が現れた、それはうっすらと発光しているように見えたが、それがいきなり赤く光る「0」とぶつかると、まるで崩壊していくようにして青く光る「0」に置き換わり空中に霧散していった。
そして、それが合図かのように2人が一気に距離を詰めた。それもたった1回のジャンプでだ、腕をぶつけ合い、着地その場で明華が足払いのように右足を回すとバランス崩されたエンコンの頭に当たる部分にきれいに半回転した後左足の蹴りがさく裂した。その時の音は本当に人間が鳴らせる音なのかと疑ってしまうような豪快な音だ。
商品棚をいくつか壊しながら吹き飛ぶエンコン、それをゆっくりした足取りで追う明華。エンコンが飛び掛かってきたのを背負い投げでもするかのようにして地面にたたきつける。そのまま人間でいうところの鳩尾に右手のこぶしを叩き込む。そしてその辺の小石でも蹴とばすかのような動作でエンコンを蹴り、再び二人の間に距離ができた。
尻もちをついた状態で見ている僕がいうのもなんだけど、明華が圧倒的に強く見える。表情一つ変えず、焦った様子も特になくただただ目の前の事態に対処している。そこにゴミが落ちていたから捨てただけとでも言いたげな冷たい目。
もうすでにエンコン自体も勝てないと踏んでいるのか、それともそれほどにダメージが溜まったのかはわからないけれど、倒れたまま明華に立ち向かっていく様子は見受けられなかった。
そして明華は今朝と同じように右腕が赤い靄に包まれたように光ると、首をはねるかのような動きで右腕をふるう。
そして恐らく、その右腕が頭を撥ねるのと同時だったんだと思う。僕が背もたれ変わりにしていた商品棚を突き破ってもう一体のエンコンの腕が僕の背中を貫く勢いで叩きつけられた。
「ガッ!……ッア!ゴホッ!!」
肺の中の空気が一気に吐き出された、痛いだけじゃない、苦しい。目の前も少し歪んで見える。サッカーのタックルとか比じゃないほどの衝撃。空気が、酸素が、酸素が欲しい!!
「ッチ2匹いたのかよ……」
明華がこの事態に気が付いて、手に着いた汚れを振り払うかのようにしながら近づいてきた。しかしだ。
「クソ!!まだいんのかよ!!」
こっちに向かってくる寸前で、またしても商品棚の影からエンコンの腕が付きだされたが、明華はすぐさま反応して上体をそらしてからその腕をつかみ、エンコンを引き抜くようにして引き寄せるとそのまま出てきたエンコンの背中を踏みつけた。
少し息が楽になってきたところで、僕はあたりを見渡してみた。まるでここがやつらの巣とでもいうかのように最低でも5体のエンコンが見えた。
対抗手段は明華一人、エンコン最低でも5体。「5-1=4」ということで4体のエンコンが残っていますね。すごい君は算数が得意なんだね!!あれ?これ僕死ぬのでは?
急に実感したのかぞわっと心臓のあたりが冷たくなった。緊張からか頭痛もしてきた気がする。今僕の目の前にはさっき僕の背中を叩いたエンコン、ゆっくりとこちらに向かっているが、明華の方も気になるのか、はたから見ればどちらに行くか迷っているように見える。幸いというか明華のほうに僅かに注意が向いている。他のエンコンもゆったり明華のほうに向かっていた。
背中はきしむような痛みがあるけれど、息も少し落ち着いてきた、当初と比べ、比較的この状況に慣れて来たのか頭も回ってきたように思える。ここで僕にできることは無いだろうから、いかに敵として認識されないかがカギ、こいつらにそんな知性があるのかはわからないけれども。
これなら今のうちに逃げて……
は???????
いやいやいやいや、まてまてまて、今僕は何を考えた?逃げる?え?逃げる?この状況で女の子を一人置いて?そりゃなんかファンタジーなことが起こってるけどもその状況で女の子を置いて野郎が逃げる?
この玉無し野郎が!!そんなんでラブコメラブコメ言ってやがってんのかあん!??そんな選択肢あるわけがねぇだろ!!せめて手の届く範囲の女の子は救うのがラブコメにおける主人公だっただろうが!!問題を抱えていてもヒロインには手を差し伸べていただろうが!!
どっかの漫画であったな、男が幸せになれると思うな幸せになるのは女子供だけだって。じゃあ、もう選択肢なんて1つしかないじゃないか。
僕はその辺に散らばった商品から、壊れた商品棚のパイプなのかそれを手に取り、足元にあったくず鉄のようなものを思いっきり近くのエンコンに蹴り飛ばした。
「ッ!??」
その反応が驚きを表しているのが分かった。すぐに距離を詰めて手に持ったパイプのようなものをエンコンの頭目掛けて振り下ろした。
「イッ!!ッタ!!」
なんで?僕の方が殴り掛かったはずなのに、僕の方がダメージを受けた気分なんだけど、手がしびれて仕方がない。その攻撃で僕に対して敵意を持ったのか近くのエンコンと目が合った気がした。
「おっほ、これはちょっと予想外ですなぁ」
割と覚悟は決めたはずなんだけど、こうも効果がないとは思いもしなかったな。僕はまたしてもその辺に散らばったものを蹴って目くらまらしに使う、背後をとるように立ち回る。そして今度は手がしびれることを覚悟して振り下ろす。
「いってぇなぁ!!」
だがさすが予測済みだったのか、ヒットはするもののそのまま腕をつかまれてしまった、それが思いのほか痛く、骨がきしむような感覚がした。
やけくそとばかりに左手に持ち替えて頭に振り下ろしてから脇腹あたり蹴り、そしてまるでお笑い芸人のツッコミかのように後頭部を叩いてやってからバックステップで距離をとった。
「あれ?」
何だろう、さっきは何も意味のない攻撃というか行動だったと思っていたんだけど、今回は何かいい感じにクリーンヒットでもしたのだろうか、少しうずくまるというか、片膝をついてダメージに耐えているように見える。
もしかしてこのまま続けてれば何とかなるのでは?
そう思った矢先そのエンコンの腹部から何かが突き出てきた。それは先ほども見た明華の手だった。赤い靄を纏っているのは相変わらずで、貫いた後すぐに引き抜くと邪魔だと言わんばかりに頭にハイキックで吹き飛ばすと、エンコンは吹き飛びそのまま赤い光芒となり霧散していった。
その霧散していったエンコンのほうへ近づく明華、何かを拾い上げるとそれを先ほど乱雑においたカバンの中にしまった。
「お前、バカだろ」
見下したような、あきれたような感じで言われてしまったが自分がバカというのは自覚しているので思いのほか傷つくことは無かったが。
「ったく、無駄に広いせいで時間がかかりそうだな」
明華はそれからあたりを見渡すと何かを見つけたのか、レジのほうに近づいていくと黒画面に赤い文字が表示されたものを眺めてから何度か頷くと右手をその画面にかざした。するとさっき見たように数式のようなものが現れた、そこに再び赤い「0」現れると今度はそれを徐々に溶かしていくかのように変化していった。先ほどのように青く変化することは無かったが黄色に変化していった。
「やっぱりか、おい、しばらく時間がかかるけどこれで元に……」
どうしてかはわからない、けれどその数式を見た途端だった。そうださっき抱いた感覚、僕がいつだったか、どこで感じたものだったかわからなかったけど、これ偶に僕が感じる数学のテストにおける違和感、答えがこの辺に着地しそうだという直感、そういった感覚に近いものがあって、ほとんど無意識だったんだけれども、僕はその黒い画面に表示された黄色い数式、それをなんとなくだった、ここをこう直せばきっときれいな数式になるはずだ。
「お前、余計なことはするなってさっき……え?」
明華も意外だったのだろうか、僕がなんとなしにこうすればいいんじゃないだろうかと思った式を書き加えるわけでもない、ただ明華がやったように手をかざしてみて、こうなんじゃないの?といった気持ちで指で式を描いてみただけだった。式が浮かび上がりその式は黄色から青色に変化した。初めはにらみつけていた明華も驚いているようで僕と数式を交互に見ていた。
「お前、いったい何を……」
「わからないけど、たぶんこれであってる」
何か確信があったわけでもないが、きっとこれであってる。これで終わる。これで完成する。
「まさかお前……いや、でも……」
隣で明華が何か言っていた気がするが、僕には詳細は聞こえてこなかった、ただ、目の前の『問題』を解いているような感覚に浸っていた。
割れるような音と砕けるような音があたりを包み込む、10秒にも満たない時間でその空間にヒビが入り、気が付けば僕が当初入ろうとしたコンビニの前に立っていた。「いらっしゃいませー」なんて店員の声が聞こえてきたが僕は何をしに来たのかも思い出せなかった。
「え、夢?」
そう思ったが隣には少し驚いたような表情をしている明華がいた。それから僕の視線に気が付くとすぐにいつもの様なキリっとしたというか不機嫌そうな表情に戻った。
「夢だとしたらお前のその手首のアザは何だよ」
そういわれてよく見ると確かにあの時エンコンにきつくつかまれた時のあざが残っていた、こりゃきっと背中にもアザとかできてるんだろうな。
すると明華はカバンを肩にかけなおすと僕の方を見ることなく、かといって別れの挨拶をすることもなくどこかに行こうとする。
「ちょっと待ってよ、さっきのことについて……」
「お前には関係ないし、説明する義理もない」
言い終わる前に強烈な拒絶をもらってしまった。いや、僕も巻き込まれたというか今朝もあってそしてさっきなんだから少しくらい説明あっても良くない??と思ったものの、しつこい男は嫌われるともいうし今日はこの辺で我慢するしかないのかもしれない。
まぁこの胸のもやもやと、まだ残り続けている恐怖心は今日のところは僕一人で何とかするしかなさそうだ。




